- 作者: Schilling Govert,斉藤隆央
- 出版社/メーカー: 化学同人
- 発売日: 2018/01/10
- メディア: 単行本
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重力波とは
まず最初に重力波について簡単に説明しておこう。
ふたつのブラックホールが両者の重心の周りを軌道運動する連星系になると、最終的には螺旋を描いてぶつかって一体化する。太陽の20倍以上のドチャクソな質量を持つ恒星が潰れてブラックホールになるので、その質量は凄まじいわけだけれども、そんなブラックホールがお互いに近づくと、周囲の空間が伸び縮みして広がっていき、いよいよ合体となった瞬間には、特大の重力波となりはるか遠くまで伝わっていく。
人類が地球上に建設した施設「LIGO」は、その揺れを検知する施設なのだ。とはいえ重力波によって起こる、地球上の物体への効果はおよそ原子核の一万分の一であり、あまりにも小さく、そうした振動を検知するのは著しく難しい。極端な話をすれば重力波が通過することによって身の回りのあらゆるものがわずかに伸び縮みするので、そのズレを検知すればいいだけだが、それを図るための道具自体もまた伸び縮みしてしまうので、そもそも普通のやり方では測ることさえ困難なのである。
LIGOとは
ではLIGOはどうやって重力波を検出しているのか。施設としてまず非常に特徴的なのは、一辺が4kmもある長大なL字型であること。単純化していえば、お互いに直行する二辺に注目してその変動を検知できれば、時空のさざなみを測ることができる。
問題は先にも書いたようにそれを測る定規自体が等しく伸び縮みしてしまうことだが、この世界には都合よく不変の速度を持つ光速度cがいる。時空がどうなろうが光は常に秒速30万キロメートルで進むから、時空がちょっとでも伸びたら、光速が同じ距離をいく時間も少しだけ長くなるので検知できる。それは途方もなく小さな変化ではあるけれども、ものすごーく検出の精度を高めれば検知する方法はあるのだ。
まあ、Lの片方から放射のパルスを送りもう片方で到着時間を計るのでは精度として話にならないのでLIGOのI(interferometry)でもある干渉計を用いるのだけれども、本書ではそうした技術的な部分の解説までぎっしりと書き込まれていく(最初の方の章では、話の核となる一般相対性理論からきちんと解説されるので安心安全)。
最終的には同期する二本のレーザー光の伝搬時間に生まれるわずかな差を検出するわけだけれども、それを検出する際に二点間の距離の長さが短いと検出できないので、Lの長さは長ければ長いほどいい。なので4kmと聞くと長いと思うけれども、本当ならさらに長くしたいのだ。そのため(少し用途が異なるのだけど)、宇宙で数百万キロにおよぶ長さの腕を持った宇宙重力波望遠鏡、LISAの開発計画も進んでいる。
重力波を検出したからなんだっていうんだ
そんな凄まじいものをつくってまで重力波ってのは検出しないといけないのかと思うかもしれないが、確実にいえるのは、”宇宙を覗く窓はひとつでも多い方がいい”。
いよいよ二月十一日。NSFの理事長フランス・コルドヴァが、簡単に前振りをする。コルドヴァは一九七八年にカルテクで物理学の博士号を取得しており、当時キップ・ソーンは彼女の論文を審査する委員のひとりだった。かつてコルドヴァは、LIGOは「思いつきの段階」にすぎない、と私に言っていた。それがいまや一変したのだ。「新たな観測の窓が開くことによって、私たちの宇宙や、そのなかで起きる最大級の激しい現象が、まったく新しいやり方で見られるようになるのです」と聴衆に向かって語る。
重力波観測が大きくもてはやされる理由のひとつは、これが「今までのやり方の延長線上で宇宙が見られるようになった」というよりかは、引用部にあるように「新しいやり方でみられる」からだろう。たとえば、宇宙はビッグバンによって生まれ、その後インフレーションによって極度に拡大したとする仮説が存在するが、宇宙誕生の瞬間の光を我々は観測することができず、その確証を得ることができなかった。
ところが、インフレーションは空間のあらゆるものを膨らませる現象のことだから、重力波と同じメカニズムで空間を伝わってゆくだろう。『そのため、原子重力波を検出できたら、インフレーションが実際に起きたことを強く示すものとなる。少なくともいくつかのインフレーションのシナリオが誤りだと証明できさえするかもしれない。』『インフレーションによるアインシュタイン波が起こしたCMBの偏光を測定すれば、宇宙の誕生からほんの一瞬のあいだの出来事について知ることができる。』
これは重力波検出によってわかることの一部ではあるが、”新しい観測の窓”が開くということは、これまでわからなかった/検証不可能だったことが検証可能になり、さらにはわからないとさえ思っていなかったことがわからないとわかるようになることでもある。無論、重力波検出以外にも、将来的には、チリ・パチョン山に建設予定の可視光赤外線望遠鏡、口径8.4メートルの大型シノプティック・サーベイ望遠鏡ができれば9.6平方度という広視野を見、これまでは無理だった何十億もの銀河の位置や形を記録することがでいると期待されているし、”様々な方角から”宇宙を観測するための天文学は発展、進歩しつつある。重力波はその一端なのである。
おわりに
重力波を発見した際のLIGOでのメールのやり取りなど、新しい時代を切り開いてゆく瞬間の興奮や、科学者たちの人間ドラマもしっかりと織り込まれてゆく本書は、既存の重力波関連ノンフィクションの中でも頭一つ抜けた質の一冊だ。ま、値段的にはそこそこするし、今後も観測が進み、新たな情報を盛り込んだノンフィクションも出てくるだろうが、しばらく重力波については本書を頼みとするといいだろう。