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市場経済に組み込まれたヒーローたち──『ザ・ボーイズ』

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にこやかな顔で写真にうつるホームランダー
AmazonPrimeで配信中の海外ドラマ『ザ・ボーイズ』(全8話)を観た。舞台となっているのは、凄まじい力を持ったスーパーヒーローたちが正体を隠して人助けをする──のではなく、営利企業に雇われているタレントとして活動をしている社会。

彼らはその巨大な力を使って強盗やテロリスト、災害救助などを行う「正義の味方」なのだが、彼らが所属しているのは営利企業なので、「金を儲ける」ことが役目である。イベントにも出演していって市民たちと交流をするし、Tシャツ、フィギュアなど売れるものはなんでも売る。無論適当に人を助けているわけではなく、都市ごとに莫大な金の動く契約を結び、認可されたヒーローだけがその地域で活動できる「市場経済に組み込まれたヒーローたち」のいる社会なのである。彼らは人を助けるが、評価されるのは何人を助けたかではなくどれだけの金を稼ぎ出すかだ。

で、そうはいってもヒーローたちがDCやマーベルのヒーローたちのように何があっても正義を諦めない不屈の人間であればいいのだが(DCやマーベルのヒーローが必ずしもそうかといえば諸説あるが……)、この『ザ・ボーイズ』のヒーローたちはあくまでも「特殊な能力を持ってしまった、普通の人間」なんだよね。だから普通に名誉欲におぼれるし、自分がしてしまった失敗は隠そうとするし、自分の力に酔いしれ、「これは経済活動だにすぎないから……」と正義の心を捻じ曲げていく。

たとえば冒頭、無能力者である主人公の彼女はAトレインという高速移動するヒーローに轢き殺されて目の前でバラバラになるし(ごめんごめん、でも急いでるから、といって去っていく)、ヒーロー側の主人公、ヒロインであるアニー・ジャニュアリーは憧れのセブン(選ばれしヒーローたちのチーム)に過酷な競争を経て入ったと思ったら、先輩ヒーローであるディープ(水棲動物と会話が可能な能力者)と二人っきりになったとき、フェラチオを強制されてトイレでえづくことになる。

「クズなヒーローの話なのね」といえばそれはそのとおりなのだが、ただただ悪意的、現代のヒーローに対する風刺的にしているだけでなく、きちんとヒーローを等身大の人間として描き出していく様に好感が持てる。たとえば最初の所業をみているとAトレインもディープもクソ野郎だし、実際それはそうなのだけれども、Aトレインは「軟派な男」としての偶像があるから彼女との交際を表向きにできない、とある依存症に苦しんでいるなどの問題を抱えているさまが描写されていく。

ディープはディープで「水棲動物と会話できる」という微妙な能力と人気から、ヒーローたちの所属する企業であるヴォートでの扱いは悪く、自分自身の理想の実現──水棲動物たちの安らかな生活──と、実際に自分が任される仕事との乖離に苦しんでいる。彼らは「ただただ悪意のある存在」ではなく、経済や承認に飲み込まれた「アイドル、偶像としてのヒーロー」であり、「偶像と乖離した等身大の自分」との葛藤が(Aトレインやディープ以外のキャラクタでも)描きこまれていくのである。

ヒーローを殺す者

とはいえフェラをさせられたり彼女を目の前でバラバラにされた側としたら等身大の人間? クソくらえや! となるのも当然で、物語は主にこの「ヒーローを殺そうとする者たち」を中心として展開していくことになる。

たとえば、ヒーローチーム「セブン」のリーダーであり、星条旗柄のマントを羽織ったキャプテン・アメリカとスーパーマンを足したような、ヒーロー・ホームランダーへの殺意を秘める元FBI捜査官のブッチャー。ブッチャーに釣られ、彼女をバラバラにしたAトレインへの復讐を決意するヒューイ・キャンベル。他裏社会の人間が続々集まってきて、無能力者たちがヒーローを殺すために行動を開始する。

ヒーローって別にただすごい能力を持っているわけではなくて、基本的に身体能力のアップとセットなので、普通のやり方じゃなかなか殺せないんだよね。たとえばこの無能力者らが最初に戦う(というか盗聴器を仕掛けたのがバレて襲撃される)のは透明化能力者のトランスルーセントなんだけど、皮膚を炭素系メタ物質に変化させ光を捻じ曲げて透明化しており、実質的に体の硬化能力と同義なのである。

だから電気を通すことで気絶させ、檻に閉じ込めることに成功するのだけどどうやっても殺せない。どうやって殺せばいいのか? はやく殺さないとホームランダーがやってきて(ホームランダーはめちゃくちゃで、目から何でも破壊するビームを出すし透視能力もあるし空も飛べるし攻撃を一切通さないので、見つかったら最後)自分たちが殺されてしまう──! と焦る場面など、「最強の能力者を無能力者らがどうやって殺すのか」という「能力者殺し」系列のおもしろさに満ち溢れている。

その作戦が炸裂するのが2話のラストで、音楽も相まって最高のシーンなのでこれから見る人は、ぜひそこまでは見てほしいなあ。

選ばれしヒーローは、どうやって選ばれているのか?

彼らは無論ヒーローを闇討ちし全滅させようとしているわけではなく、ブッチャー、ヒューイそれぞれには自身の大切な人を奪った「カタキ」がいるわけだが、ヴォートは莫大な金と権力を持つ企業で国の中枢に深く絡んでおり、米軍の作戦への関与も認められようとしているので、まっとうなやり方では罪の告発すらできない。

だから彼らがとる手段は、まず敵の弱みを握ることで──と様々な手段で情報収集を続けるうちに、「ヒーローはどうやってうまれるのか?」というこの社会の、ヒーローの根幹に至る部分の大きな謎が明らかになっていく。このあたりのメタ的な問いを本筋の事件に絡めて自然に取り込んでいく手際がまたいいんだよなあ。

ホームランダーの素晴らしさ

透視、飛行、無敵の体、ビームのスーパー能力を持つホームランダーが放つ圧倒的な存在感が、このドラマではとにかく素晴らしい。常に陽気に振る舞い、市民の間では清廉潔白な非の打ち所がない「完全無欠のヒーロー」。だがしかしひとたび市民の目がなくなれば、その圧倒的な力と立場をひけらかし、邪魔になりそうな人間、歯向かった人間は容赦なく殺し、自分の評判が悪くなりそうな要素があれば、たとえ人命を見殺しにしてでも精神的ダメージを受けることがない。

どれほどの敵がいても薄ら笑いを浮かべながらビームで片っ端から人間をバラバラにするなど、その「完全無欠のヒーロー」の偶像と「人の心の痛みを一切感じないサイコパス」の実像の乖離があまりにも強烈。シーズン1のラストである第8話は正直この『ザ・ボーイズ』全体の話としては終わってないんだけど「ホームランダーの成長と卒業」を集結点として描いていて、裏主人公として成立している。

おわりに

「誰がヒーローを見張るのか?」という、現代にアップデートされたウォッチメン型ヒーロー物としても、無能力者たちが能力者をいかにして殺すのか、というジャイアント・キリング物としても傑作なので、オススメしておきやす。

ちなみに本作のヒーローのモチーフは明らかにDCの面々(ワンダーウーマン、フラッシュ、バットマン、アクアマンなど)なんだけど、原作漫画の脚本であるガース・エニスは15年以上DCcomicsで仕事をしていて、それがどのように作られていくのかよく知っていたから──というのもあるようだ。
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ザ・ボーイズ 1 (G-NOVELS)

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