基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

アメリカの感染症対策の軌跡を追う『最悪の予感』からALSを発症した著者が自身をサイボーグ化する過程を描いた『NEO HUMAN』までいろいろ紹介!

はじめに

本の雑誌2021年9月号のノンフィクションガイド原稿を転載します。今回もいい感じの大作ぞろい。なんといってもマイケル・ルイスの『最悪の予感』は大作だし、ALSにかかった著者が技術で自分の身体をハックしていくさまを描いた『NEO HUMAN』もよい(ちょっともにょるところもあるんだけど)。『読む・打つ・書く』も科学書の書評を書くことが多い身としては参考になるところが多く──とみんなよい本だ。

あと今月発売の本の雑誌2021年12月号もよろしくね。12月号で僕の新刊めったくたガイドの任期(2年)が終わったので、次号からは担当を外れることになります!

本の雑誌2021年9月号

まず紹介したいのは、統計データに注目しこれまでとは異なる選手評価を確立していく過程を追ったノンフィクション『マネー・ボール』で一躍その名をはせた作家、マイケル・ルイスの最新作『最悪の予感 パンデミックとの戦い』だ。

アメリカは今回の新型コロナ対応において、対策が後手にまわり三四〇〇万人以上の感染者と六〇万人以上の死者を出している。失敗と言っていい結果だ。では、アメリカでは誰もこうした世界的なパンデミックを予想し、手を打ってこなかったのかといえばそうではない。十年以上前からパンデミックを予見し、孤軍奮闘してきた州の保健衛生官。科学研究コンテストのために、社会的ネットワークが病の拡散にどう影響するのかをシミュレートし、有効な対策まで試算した父娘。

ブッシュ政権下で型破りの異才と評価され、感染症の蔓延を抑えるための戦略を早期に策定してきた男など、未来の危機を見据え、動きの鈍い組織や政府の中で、システムの不備を補おうと疎まれながらも行動してきた個人が存在していた。本書は、そうした英雄的な個人を通して、アメリカのパンデミック対策の進展を多角的に描き出してみせる。結果的に彼らの行動は、今回のパンデミックを防ぐことはできなかったわけだが、失敗からは、機能不全に陥る組織の特徴など数多く学べるものがある。

現代を生きる我々にとっては、ウイルスだけでなく耐性を持った細菌も危険な存在だ。マット・マッカーシー『超耐性菌 現代医療が生んだ「死の変異」』は、抗生物質の乱用によって、薬に対する耐性を得た超耐性菌と、それに対して新しい薬を開発することで対応しようとする薬学の世界を追った細菌ノンフィクションである。

一九六〇年代には存在しなかった耐性菌が今では何種類も現れ、これに起因する死者はアメリカでは年間三万人以上、日本でも判明しているだけで八千人以上確認されている。危機が訪れればそれを乗り越えようとするのが人間というものだ。耐性菌にたいして、いかにして新しい抗菌薬を作り出すのか。新薬による回復を目の当たりにする喜びと、調整の難しい治験の過程を、本書は見事に描き出している。

ピーター・スコット−モーガン『NEO HUMAN ネオ・ヒューマン 究極の自由を得る未来』は、全身が感覚を残したままに動かなくなり、最終的には自発呼吸も不可能になる難病筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症した著者による、戦いの記録である。ALSは、症状が進行すると二四時間体制の介護が必要になり、多大なコストがかかる。

そのため、日本では約七割の患者が人工呼吸器をつけず、自発的な死を選ぶという。だが、著者はロボット工学の博士号を持ち、ALSという病に、諦めではなく自身をサイボーグ化することで対抗しようとする。たとえば、自分の声を保存して声帯を失った後も音声出力できるようにする。3Dアバターを作って自分の代わりに表情をとらせるなど。著者は、自身を通して、"人間である"ことの定義を書き換えることを目指しているという。病を通して人間と技術の可能性をみせてくれる一冊だ。

サイボーグ繋がりで紹介したいのは、生物由来のロボットたちの話が繰り広げられるバルバラ・マッツォライ『ロボット学者、植物に学ぶ 自然に秘められた未来のテクノロジー』。著者は植物の根に着想を得た世界初のロボット〈プラントイド〉を開発した、植物ロボットの第一人者。植物ロボットって何の意味があるんだ? と疑問に思いながら読み始めたが、植物には湿度や太陽の方角、石など周囲の環境を把握し、根や葉を伸ばす方向を制御する"知性"がある。

〈プラントイド〉もそうした特性を与えられていて、周囲をモニタリングしながら、内蔵の3Dプリンタを用いることで自分を最適な方向へと拡張することができるのだ。こうした高度な自律性と成長する仕組みは、他惑星探査や、地中のモニタリングをする際に重要な機能である。将来的には火星の地中で次世代の〈プラントイド〉が動き回っているかもしれない。

『読む・打つ・書く 読書・書評・執筆をめぐる理系研究者の日々』は、理系研究者であると同時に膨大な量の読書と書評、本の執筆を続けてきた三中信宏による読書・書評・執筆論である。日々の執筆量をツイートで公開するなど、著者の実体験からくる継続的な執筆術も興味深いが、個人的にはやはり書評論がおもしろい。日本の雑誌・新聞では短い書評が多すぎ、長い書評を読む機会がほとんどないと嘆き、一万文字を超える書評を発表してきた著者がその意義を熱く語っている。理系研究者である著者の経験に基づく語りで、一般論というわけではないが、だからこそ意味がある。最後に文学教授が六人の自閉症者らと読書会をした記録である、ラルフ・ジェームズ・サヴァリーズ『嗅ぐ文学、動く言葉、感じる読書』をご紹介。自閉症者は他者の内面を類推する能力に欠けていると言われることが多いが、彼らと一緒に本を読むと、驚くほど豊かに登場人物の内面を想像してみせる。自閉症者の中には、本を読むときに文字に実際に触れ、匂いを嗅ぎ、と物語を「感じながら」読むことができる人もいる。それが神経科学的にどのように説明できるのかにまで触れ、自閉症者の内面に深く潜ってみせる。『白鯨』や『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』といった定番書を通して、文学の新しい読みを提示してくれた。