基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

グラン・ヴァカンス 廃園の天使1 飛浩隆

あらすじ
ネット上には無数の架空の世界が出来上がっていた。レジャーパークとして、生身の人間の意識を投影し束の間の休息を約束する場、区界。だが、大途絶によって1000年の間区界にゲスト(生身の人間)が来る事は無くなった。その間AIはゲスト不在の世界でグラン・ヴァカンス(永遠の夏休み)を楽しんでいた。だが、1000年の時を得て、修理するプログラムだったはずの蜘蛛が、突然区界を破壊しはじめる。こうしてAI達の生き残りをかけた戦いが始まる。

感想 ネタバレ有

凄い物を読んだというのが第一の感想か・・・。物凄いまでの表現力と、綿密なプロット、これだけの物を見せられると、本当に敵わないなと感じる。

たとえば、現実で感じた感覚を文章にしようとしても、なかなか的確な表現というのは出てきにくい、また無理やり書いたとしても、それはやはり伝わりにくい。だけれども、飛浩隆の文章は本当にそのまま理解出来る表現なのだ。

しかしここまで来るのに前作から10年かかっている。アニメ「スクライド」でストレイト・クーガーが10年かければ馬鹿でも傑作小説が書けると言っているが、本当にそうなのだろうか?(ジョークであるけど)

10年間隔が開いただけで実際には書いてない期間が大半だろう。まあ、それを差し引いても遅筆なのは間違いないけれども。

よくいえばこの作品世界は「異常」である。設定は明らかになるにつれより残酷さを増していくし、その筆者による圧倒的な表現の凄まじさは主に残酷性の描写にあてられていく。体を食われていくのを死なないで感じ続けるというのを表現するというのはどういう事だろう? 読んだだけで背筋を凍らせるような文章をどうやって書いたらいい?

一回ネーミングについても知りたいところだ。名前というのは非常に重要な要素だと自分は思う。名前の悪いものは絶対にいいものにならないと、ほとんど名前信仰と言ってもいいぐらいに名前には拘る。

例えばジョゼ・ヴァン・ドルマルの名前も気に入っている。一回見ただけで何故か忘れる事の出来ない名前となった。ヴァン・ドルマルなどという名前の付け方は、フランス?だと思われるが。

あとがきのようなところで、飛浩隆氏が新鮮味にかけるかもしれないと書いているが、確かに大まかな舞台設計は新鮮味にかけているだろう。架空のリゾートという案はすでに何人かのSF作家によって書かれている。

だけれども、凄いのはそれを煮詰めて、徹底的に自分流にアレンジしたその努力である。これほどの話は(もちろんどんな話でも努力というのは必要だが)努力なくして語れない。

架空リゾートという設定だけを用いて、表面の浅い部分の話を書くだけなら多分自分にでも書けるだろう。 だけれども、飛浩隆氏の凄い所は、もしこういう技術があったらどんな事が起こりうるかを、細かく細かく切り分けて、登場人物を配置し、役割を割り当て、ストーリーを作り出すその力である。単純に言えば、見えないほど深い。

それから自然に性というものを書けるのを尊敬する。フェミニストに陥らず、強い女性が書け、物語に違和感なく性と女性とを偏見の目なくしてからませてくるあたり、当然あってしかるべき事を書いているだけという感じなのだが、それが凄い・・・。

地味に気に入ったセリフもたくさんある。
ジョゼ・ヴァン・ドルマルの

「あわてずに、急ごう」

ジョゼ・ヴァン・ドルマルの思慮深さには舌を巻く思いだ。考えるというのは、こういう事なんだなと考えさせてくれる。今まで考えたと自分が言っていたのは、実は考えてたふりなんじゃないかという錯覚に陥るぐらい。


次に好きなキャラはイヴである。最初はおどおどした、だけど優しいキャラかと思いきや次第に狂ってくのが怖すぎる。

わたしの境界を定めるために利用してきたあのひとに、
わたしの境界を奪われる。
・・・・・・・・・。


相手の感情を利用して、自分を自分として保ってきた女の最後も悲惨なものであった。体の中から、精神を食われていくという残酷な仕打ちによって、また死んだあとも空間と空間の狭間で生き続けるという役目を与えられたある意味一番かわいそうな存在。

しかし一番のお気に入り。

他人の感情によって自分の輪郭を保つというのは、自分にとっては凄く理解出来る事なのである・・・。それはつまり他人とのかかわりと拒否する事であり、自分の殻の中に閉じこもる事でもある。ある意味ナルシストと言ってもいいかもしれない。自分にとって必要なのは、自分だけ。そんな考えによってこんな事が起こり得る。

     もうこの女には逢えないかもしれない
 それくらいなら殺してやりたい。一片も残さず完全に
破壊したいほどに、いとおしい。
 人生を変えてしまう一瞬というものがあるとすれば、
その瞬間にきっと生まれ落ちる、かけがえのない感情だった。


ここはやべぇ・・・。人生を変えてしまう一瞬のくだりは本当に、納得してしまった。

未来のジュールと過去のジュールの対話

「決めろ。『しかたがない』ことなど、なにひとつない。選べばいい。選びとればいい。だれもがそうしているんだ。ひとりの例外もなく。いつも、ただ自分ひとりで決めている。分岐を選んでいる。他の可能性を切り捨てている。泣きべそをかきながらな」

未来を知っているからこそのセリフかもしれない。もっとも同一線上の未来だとは到底思えないが。

しかしこの作品、完結する見込みが見えない。俺が生きてるうちに完結させてくれればそれで満足だけれども。

さぁーて完結に何年かかるかな・・・。