基本読書

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あなたの見ている多くの試合に台本が存在する by デクラン・ヒル

 邦題だけみるとすべての競技についての話かな? と思うが原題は『The insiders Guide to Match Fixing in Football』なのでサッカーで行われる八百長の話だ。あんまりいい邦題じゃないね。人間、別に堕落でもなんでもなく合理的な理由によって八百長をするものだが、それらがいかにして、どんな人々によって行われていくのかを様々な実例をもとに教えてくれる一冊。著者がいうところの極秘報告書によれば2010年のワールドカップ南アフリカ大会の開幕直前の試合、エキシビジョンマッチかな? で、日本も八百長をプレーしていたという。

 八百長は文化、人種的な背景には関係なく、合理的な理由によって行われる。たとえばグループリーグの最終戦、お互いが得失点差をうまくコントロールしあえば、両者とも駒を先に薦められるとしたら、そうなるように調整したところで不思議はない。はたまた、もう負けが決まっているが得失点さによって相手の進退が決まるとなったら、ただ負けるだけで数百万転がり込んでくる取引が持ち込まれてもおかしくはないだろう。ワールドカップのような大きな大会でも、給料として一円も受け取れない選手だっている。選手でなくたって、審判一人買収されることだってよくあることだ。その場合審判は一試合で何百万も手に入る。

 大きな試合になれば賭けも発生する、数十億ドル規模のサッカー賭博市場で勝つ方がわかっているならこれほどボロい商売はない。勝つとわかっているほうに有り金全部叩き込んで、八百長に関与してくれそうな人間を二、三人ピックアップして、そいつらにペナルティエリア内で相手選手を強引にブロックさせればいい。誰もそれが故意なのか、行き過ぎた行為なのかの判断なんかつかない。仮に手を抜いた、調子の出ないプレーをしたからといって観客にはそれが八百長なのかその時の調子が悪いのかなんてわかるわけがないからだ。キーパーが買収できていればなおいいだろう。キーパーが故意にボールと反対方向にとんだって、誰にもそんなことわからないんだから。

 もちろん八百長が起こってもおかしくないからといってそれはすなわち起こるということではない。実際著者は言葉を巧妙にぼかしながら「八百長はいたるところにある」と言ってデータを提示していくが、公表されるデータは古臭い1950〜2005年ぐらいまでの物がほとんどで、それ以後のデータはぜんぜん出てこない。それ以後のはFIFAの極秘報告書とか、インタビューしたいろいろな人の体験がごった煮になっていてどうもよくわからない。もちろん今現役の選手や、現役でフィクサーとしてやっている人らからしたらギャンブル必勝法をそうそう明かさないだろうという前提はあれど。

 かといってデータのすべてが怪しいのかといえばそんなこともなく、ほとんどは正しいのだろう。もちろん観客が試合をみていてこれ八百長じゃね? と噂するレベルのものをデータとして入力していくわけにはいかない。自白もある程度までは信用できるだろうが、完全ではない。もっとも確実性が高いのは、試合が裁判や法的手続きによって八百長であると認められたもの。その次にサッカー協会の公聴会などで八百長だと認められたもの。3番目が八百長に参加した人たちの自白、4番目が検察や警察の操作対象になったもの。と大別できるだろう。

 本書で扱っている八百長データベースには301試合登録されているが、その中でも有罪判決が出たケースが99、サッカー協会による有罪判決が59、加担した者による自白が67件とほぼ確定といってもいいものが過半数を占めているので、ある程度信頼できるのは間違いがない。で、実際八百長をやった選手へのインタビューや、八百長だと思われる試合であからさまに差のある情報の違い(PK数など)の情報は読んでいて面白いのだ。たとえば八百長に加担するのは判断力の甘さを問われる若い世代かと思いきやローンや子供の将来のために金を稼げるだけ稼いでおきたいベテラン勢だとか、買収されるのはキーパーが一番多く、キーパー以外でも試合を左右するようなスタープレイヤーに集中する傾向があるとか。

 そらそうだよな。出場できるかできないかもわからない選手に賄賂を渡したってしょうがないし。あとPKは八百長に加担しているのが選手の場合統計的違いは確認できないが審判が八百長に加担している場合、通常20パーセントのPK発生率が40パーセントになるというのは観客として見ているだけでも気がつくポイントではなかろうか。レッドカードの発生率も多少はあがっているものの、有意といえるかどうか微妙な差でしかない。まあ、目立つからね。PKなら出しても「この審判はPKを多く出す傾向があるなあ」ぐらいですむことがほとんどだろう。他には八百長試合の特徴としては通常の試合よりも序盤のゴールが多く、終了前の10分で得点率は下がる(通常の試合では最後の10分は得点率は増える)などなど。

 幸いワールドカップのような大きな舞台では、いくつかは報告されているものの大々的に行われている例はないようなのが救いだろうか。ワールドカップのような大きな舞台であまり八百長が見られないのは、抑止力もかかわっているだろう。ようは八百長が発生するのは八百長が発生する環境があるからなのだ。八百長が発覚しても大した罰則がない、あるいはそもそも調べる機関がほぼないのであれば八百長なんて発生し放題だし、そもそも勝ち点などのポイント制でトーナメントをやると確実にどこかで「取引をしたほうがいいタイミング」が出来てしまう。なので、八百長対策はいくらでも考えつくが主要なところとしてはまずは不正の動機を与えるトーナメント構造を直し、制裁をきっちり、法的措置までふくめて「発覚した時のコストを上げる」、給料の未払いが選手が八百長をする動機に繋がっている場合はまずきっちり給料を払う、といったところだろうか。

 僕はサッカーどころかスポーツ観戦をまったくしないので正直ワールドカップだろうがなんだろうが好きなように八百長してもらって構わないのだが、環境的に八百長が発生する仕組みの分析は素直に面白かった。またスポーツ観戦のファンからしてみれば自分が見ている試合が八百長かもしれないと疑いながら見るなんてあまり心地よい体験とはいえないだろう。一人、また一人と愛想を尽かしてファンが離れていけば、最終的にはリーグ自体が崩壊してしまう例もある。本書のような八百長への分析的アプローチが広まり、抜本的な改革に進んでいけばいいと思う。

あなたの見ている多くの試合に台本が存在する

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