基本読書

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ロボコン イケてない僕らのイカした特別授業 by ニール・バスコム

 アメリカには数々のスタープレイヤーがいる。アメフト、野球、バスケットボール、サッカーは……それよりは劣るか。有名なIT起業家はいるが、有名なITエンジニアというとどうだろうか。アメリカにはっていうか、世界的にいってもスーパースターといえば基本はスポーツ選手だろう。エンジニアの大会なんて「クールじゃない」と思われるかもしれない。本書はロボットコンテストである高校生のエンジニアリング競技大会FIRSTに挑む高校生と熱血先生を扱った本だ。彼らのロボコンでの戦いはスポーツに劣らない白熱を魅せる。だからこそ原題は「THE NEW COOL」、アメリカに新しいクールを持ち込む内容になっている。

 FIRSTの発起人はアメリカの年々低下する科学学力の低下へ疑問を抱き、実践を旨とする競技会を発足させた。実際教育系のランキング(これらがどの程度あてになるのかは別として)で、アメリカの成績ときたらひどいものだ。教師は生徒の成績が上がることで自身の成績も上がるように動機づけを行われているため、生徒の成績を不正に底上げ、ようはテストの前にテストの答えを教えてしまうなど──も多くの調査からわかっている。より有効的な、実践的な科学教育を。教育の抜本的な改革はアメリカが抱えている多くの問題のうちの一つといえるだろう。

ロボコンとは何か

 ロボコンといえば「相手をダウンさせたら勝ちとか?」と思うかもしれないがFIRSTはルールが違う。基本は点取りゲームだ。各ロボットの後部につながれる七十一センチ、六角形のカゴに、それぞれのロボットは自分で球を拾って相手のカゴにシュートする。それがそのまま得点となり、多ければ勝ちだ。特徴的なのは3vs3のチーム戦であること。相手の妨害を狙ったり、ひたすら球を入れることに専念するシューターがいたりと作戦も多岐に渡る。最初はランダムに割り振られるチームで予選を行い、最終的に残ったチームが上から順に次の試合でのパートナーを2組、指名することができる。なので予選の段階であまり良い結果が残せなかったとしても、単体でその力を示すことができれば「上位チームからパートナーとして指名される」かもしれない。

 ルールには他にも細かいことがいろいろあるのだが、ここではそれぐらいでいいだろう。高校生たちは基本的に部品のキットを与えられるだけで、その他の機構、球の汲み上げ装置、球の射出装置、移動や射出、すべての動作を行うためのプログラミングなどはすべて学生が自分たちでやらなければいけない。もちろんコーチがつくのも認められてはいるが、あくまでも学生の大会なのだ。通常は時間をかけて挑戦するこのFIRSTだが、本作で主軸として書かれるチームは毎年毎年高校生活の総決算として、FIRSTへの挑戦を行っている。それはつまり準備期間が他のチームよりずっと少ないことを意味している。期間はわずか6週間、いやせめてもっと時間を与えてやれよと思うのだが学校の授業の一貫としてやっているので限界もあるのだろう。

高校生がロボットを造りあげていく過程

 プログラミングから射出装置、設計から製造、デザインにプログラミングから組み立てまでやらないといけないのだから簡単ではない。6週間じゃそりゃ無茶だろ、と思うが無理矢理、がむしゃらに進めていく。日付が変わるまで作業するなんてザラで、朝の3時までやる。当然徹夜はあるわ、トラブルは続出する。まともな状態に持っていくだけでてんやわんやなのだ。それでも本作で描かれる面子にはADHDだが空間認識には天才的な冴えをみせるチェイス、5歳からプログラミングをしていたというスーパープログラムのゲイブ、ロボットのデザインを行うマックス、それぞれ親もエンジニアから大学教授、農家と多彩な才能を持つ個性的な面子が集まっており、それぞれの能力を活かしてロボットをなんとかかんとか造り上げていく。

 徹夜で作業とか、毎日のように24時まで仕事をするなんてのは、正直言って効率性の観点からいっても、健康的な観点からいってもよくないだろう。チームでやっているんだからやりたくない人間がいたっておかしくない。なんとしてもいい結果を残す、なんとしてもこのチームでロボットを完成させる、なんて熱血の先生がいたら僕は即離れているだろう。大嫌いだ。でも僕も普通に会社に勤めていた時、当時の上司から「お前はまだ体験していないがこの業界にいれば毎日徹夜で帰れないという時がくる。でもそういう経験をしているのもまた力になるんだ」といわれて「自分の過去の体験にとらわれてそれを正当化しようとするバカだなあ」と思いながら「はあ、そうですか」と流していたのだが、実際にそういう経験をすると一理あるとかんがえるようになった。

 長時間労働なんてしないほうがいいに決まっているが、寝る時間が最低限確保されただけ、昼も夜もなく一つのことにエキサイトしているときに、人は打たれて、形を変えることがあるのだ。とにかく次から次へとやることがふってきて、延々と一つのことに触れ続けているとそれについてのいろいろなことがわかるようになってくる。手も打てるようになってくる。慣性の法則みたいなもので、延々と走り続けているとランニングハイとでもいうべき状態になっていくのだ。寝る間も惜しんで少しでもロボットの勝率をあげようと苦闘する高校生たちと、先生であるアミールの苦闘をみているとがむしゃらに何かを打ち込んで成し遂げた経験がある人間は強いと思う。

 「これしかない、これをやるしかないんだ」と決めて突っ走る人間は、それが達成できなかった時ひどく脆い。が、もしその目標が達成できた時の喜びの大きさは「できないかもしれないが仕方ないだろう」とニヒルにかまえている人間は永遠に経験できないことだろう。アミールという教師に僕は近づきたくないが、それでも彼と彼に率いられた高校生たちはその後苦心して作り上げたロボットで快進撃を続けていく中、本当に嬉しかったし、人生で絶対に忘れられない日々になっただろうと思うとちょっとだけ羨ましい。それはきっと参加した人たちの人生を大きく変えたはずだ。

 しかしここで取り上げられているチームが快進撃を続けられたのはプログラミング班の力が大きかったんだろうな。なかなか専門の工業高校でもないのに5歳からプログラミングをはじめて高校生時点で1万2000時間もプログラミング経験があって、なお家で毎日3時間もプログラムしているようなヤツはいないんじゃなかろうか。コントローラから入ってきたインプットを毎秒三十回確認させ、ボタンと動作を連動させ電力を供給させ、砲塔の制御には位置を感知させるセンサーを備えたシステムがなければこんがらがってしまう。

 そうした基本的なことに加え、このチームのプログラミングの天才ゲイブがすごかったのは砲塔に取り付けたカメラがターゲットであるトレーラーを自動的に追跡して狙いをつけるプログラムをつくったことだ。これがあったからこそこのチームの快進撃があったのだといっていいだろう。実際、大会が終わった後企業の人間がこれをどうやったのかゲイブに話を聞きに来たぐらいだ。カメラでの画像認識、色の識別による敵味方の判別、判別結果にあわせた砲塔の制御と困難はいくらでもあるが、ゲイブはこれをやってのけた。しかも先生は物理には詳しいがプログラミングはからきしで、一人でやったのだ。

THE NEW COOL

 エンジニアリングを競う競技は、現実のスポーツと同じぐらい面白い。いまだに影が薄いこうしたエンジニア競技大会だけど、重要性はどんどん増しているのだから、今後はもっと注目されていくようになるのかもしれない。それも4〜5年のうちに。なにしろスポ根的な要素もあるのだから、何か大きなきっかけがあって、存在さえ広く認知されるとあっという間に広がるかもしれない。本作は途中からスラムダンクを読んでいるような気分になったものな。

 ルールがあり、逆転もある、戦略もある、その場にいたるまでの準備作業が大半を占めるが、それはスポーツだって同じだろう。エンジニアときたらその才能があればあるほど、人と関わりを持たなくなっていくものだ。プログラムもデザインも、一人でやったほうが集中できるし。ある能力値に時間を割り振った結果、コミュニケーション能力不足になったりする。それでもそうした「これまでの価値観からいったらちょっとダサい」ヤツラは「NEW COOL」になりつつある。

ロボコン イケてない僕らのイカした特別授業

ロボコン イケてない僕らのイカした特別授業

近未来を舞台にしてロボコンに出場したり巨大ロボットを作ったりするお話もある。ゲームだけどこっちも面白い。
ROBOTICS;NOTES ELITE (通常版)

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