先日ネズミやネコといった小型の襲撃者が狩りを繰り返し絶滅を引き起こし続けている状況を書いたねずみに支配された島 by ウィリアムソウルゼンバーグ - 基本読書 を紹介したので、同著者の前著も合わせて紹介しておこう。こちらは捕食者がいない世界で何が起こるのかを描いた一冊で、あっと驚く内容になっている。とりあえず話の前段階として、ひとまずなにも手持ちの情報がない状態で「基本草食動物だけで、捕食者がいない生態系はどうなるか」と想像してみよう。緑が豊かで草食動物や虫が跳梁跋扈している生命に満ちた世界を思い浮かべるかもしれない。だが実際にはそうはならない(ことがある)というのが本書でみていく事例だ。
本書で見ていく仮説は、シンプルなものである。たとえば北太平洋沿岸の豊かな藻場では、ウニを食べるラッコが周辺にたくさんいれば、繁茂している環境をみることができる。海面へと伸びる葉の間には魚が泳いでおり、海底にはサンゴやイガイ、フジツボが生息している。魚たちは藻を食べ、その魚を狙いにまた別の捕食動物、より大きな魚であったり、鳥であったりがやってくる多様な生態系が築き上げられる。一方でラッコがいないが、それ以外の条件がほぼ同じ場所では、トゲだらけの巨大な碧色のウニがそこかしこに転がっていている。ウニが藻を食べるばっかりで減らないので、結果的に藻は食べつくされ、ウニだらけで藻がもたらしていた他の生態系は消えてなくなってしまっているのだ。
つまり捕食者がいることでウニの増加が抑えられ、それにより生態系に多様性が生まれていたのだと考えられる。世界が緑に覆われている(いた)のは捕食者が存在しバランスを整えていることの恩恵によるものだというのが本書を貫く主張だ。生態系は下から決定されているのではなく、上から決定されているという大胆な仮説は今をもってなお科学的な証明を経てはいない、仮説の段階にすぎない。それでも見つかっている事例もウニとラッコの例だけでなく、オオカミとその周辺の草食動物、捕食動物がいなくなった場所でのシカの異常繁殖などで類例をいくらでもみつけることができる。
生態系というのは複雑な相互作用によってなりたっており「邪魔な種がいるからそいつを食べる種を導入しよう」といって簡単に調整できるものではない。あっちを立てればこっちが立たず、風が吹けば桶屋が儲かるといった感じで一つの要因が連鎖して別の事象につながっていくことがある。ある場所から緑が消えてなくなったことが、実はそれを食べる動物や環境とはまったく関係のない捕食生物側の事情だという発見には純粋に「そこにつながるのか!」といった驚きがある。
狩りだとか、食料だとかで、人間は大量に捕食動物を殺す。飼っている羊が殺されたら、迷惑だからオオカミを殺そうとする。たとえ羊を襲わなかったとしても、捕食動物が生活圏の中でうろうろしていると怖いからあらかじめ殺しておく。都会に愛玩動物として生き残っている犬やネコを除けば、捕食動物が見当たらないことからもわかるとおり、日常生活から排除されがちだ。そして捕食動物がいなくなったところで、生態系は草や葉、草食動物たちで豊かになるだけだと思っていると、被食生物は際限なく増え続けその後資源がなくなり勝手に絶滅する。じゃあ捕食生物を保護しようといったってそう簡単でないことは以上のことからも明らかだ。
「結局、生態系はどうしたらいいのか?」という問いに、答えなんてないのだろう。元々あった状況なんか、とっくに変わっている。「元通り」なんてありえないし、「元」がどこかすらわからない。仮に人間が独善的に、自身らによる「多様な生態系が良い」としてもどのようにしてそんな環境をつくりあげるのかという問題はまだまだ答えが出ない分野だ。「多様な生態系はいかにして成し遂げられるのか」、その為に「捕食者が多様な生態系にとって重要だ」「生態系維持の為に重要なキーストーン種となる捕食者がいるのではないか」という重要な仮説を紹介しているのが本書である。
ウナギが絶滅しかけているだとか、気候変動によってシロクマが消えるだとかネコとネズミによって鳥がガンガン絶滅しているなど、とにかく絶滅の話題が絶えない昨今である。興味があるならばまず読んでおくべき一冊なのは間違いがない。
- 作者: ウィリアムソウルゼンバーグ,William Stolzenburg,野中香方子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2014/05/09
- メディア: 文庫
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