基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

夢幻諸島から by クリストファー・プリースト

随分へんてこな小説だなあというのが一読しての印象。夢幻諸島なる不可思議な事象が発生し時間の流れすら一定になっていないという驚異的な島々を舞台にした話でSFというよりかはファンタジー的な読み味を感じる。ワンピースのグランドラインに点在するへんてこな島を思い浮かべられるならだいたいそんな感じだ。相互に関連する話があれば単なる島のガイド的な掌編もあり、場所を変え視点の主を変えるといくらか一貫してみえてくるものもある、といった短編集。

思わせぶりな記述が乱立し島ごとの説明が他の説明に影響を与えていくので考える余地が広がってくる。不死技術がある島で生まれたというエピソードが語られたら直接的には言及されていないもののこっちの島で起こっているこの事象とかあの事象は全部不死技術が関わっているんじゃないか、とかとか。本文中で死んだとされている人間が序文を書いていたりというような謎がそこら中に散りばめられているが、どれも明示的にネタ晴らしされることはないのでほのめかしがそこら中にあるような感じ。

まるで無関係なように思える島のガイドの中にも何か繋がってくる要素があるかも……と思うとおいそれと読み飛ばせない。

ちょっとずつ情報が出され何らかのイメージが浮かび上がってくるあたりの構成は見事で、かつ特徴的なところ。浮かび上がってくるからなんなんだ、それの何が面白いんだと思うかもしれないが、画像のモザイクがじょじょにはれてくるアハ体験みたいなものでおおなるほどねという感覚はおもしろい。ミステリというのともちょっとちがうが、似たような感覚。まあその分受動的な態度ではなく能動的に情報を頭に留めていく必要があるから、できれば一気に読んだほうがいいだろう。

一方で、特に他と関連のあるわけではない舞台だけ共通しているものの、独立した短編が個人的にはお気に入りだった。どれもドラマ的に大して盛り上がる話ではなく情緒的にも平坦で淡々とへんてこな島で起こるラブロマンスとかを書いていくのだが、へんな島で起こることなので、どれもこれも変だ。投げっぱなしジャーマンのようによくわからないか爽快感もまるでなく終わるのも好み。

読んでいてびっくりしたのが、結構どの話でも性交をするんだよね。いや、濡れ場を延々と書くとかそういうのではないんだけど。村上春樹はともかくとしてストーリーが主軸だったり短編だったりするとあんまりセックスって描かれないものだ。物語上意味をもたせづらいからだろうけれど、本作では男女が出てきたら、たいてい性交している。「え、そんな簡単にやっちゃうの?」ってところだけは村上春樹感がある。

たとえばへんてこなアーティスト2人が出てくる短編がある。この二人は男と女だ。とにかくこの短篇集で出てくるネームドキャラはアーティスト率が高く政治家や経済に携わる人間は出てこないし、島ごとの説明でも産業などには軽く触れられる程度。その辺ちょっと島毎のツアーガイド的な掌編では弱いと思ったけれどまあ余談であった。

へんてこなアーティストと書いたが大雑把に説明すると一人は埋めたりなだらかにしたりするアーティストでひとりは山をひたすら掘っているアーティストなのだ。もちろん埋めて何かを作ったり山に穴を掘って風を通して楽器にしたりというそれぞれ壮大な理由があってやっていることなのだがようは「掘るアーティスト」と「埋めるアーティスト」の二人で、どちらがどちらをやっているのかは説明するまでもあるまい。「わたしのトンネル」とかいわれても官能的なイメージしか浮かんでこない。

私は穴を掘る芸術家だ! 俺は穴を埋める芸術家だ! ⇒性交 っていう展開になっていくわけだけど、凄まじくわかりやすいメタファーで思わず笑ってしまう。穴を掘る芸術家と穴を埋める芸術家ってなんだよとツッコミも入れたくなるが、その二人が出会って、理由がさっぱりわからないまま性交をしだすと「まあそういうもんかな」と納得してしまうものだ。そりゃ穴を掘る芸術家と穴を埋める芸術家が出会ったら性交するよなあという意味不明な納得感があるから。

まあ、そういう割合へんてこな話を随分と真面目に、詩情たっぷりに語っていくスタイルが読んでいて大変心地よいんだよね。それも「意味がわからなすぎて、読んでられない」ってよりかは、べたべただったとしてもメタファーが機能していてそれを「思わせぶり」に演出しているため「そういうもんなのかな」と納得させられてしまう力技が見事だ。

これじゃあ何も伝わっていないと思うけれどそもそも内容が簡単に伝えられるようなわかりやすい話ではないのだから仕方がない。というわけで、これは夢か幻かはたまた現実はどこにあるのだと考えこんでしまうような世界に迷いこんで行きたいのならばこれ以上におすすめの一冊はない。日本で似た系統の本だと森博嗣さんの赤目姫の潮解 LADY SCARLET EYES AND HER DELIQUESCENCE by 森博嗣 - 基本読書をおすすめする。こっちはこっちで凄まじい話なので。