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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

母になる、石の礫で by 倉田タカシ

SF

第二回ハヤカワSFコンテストの最終選考まで残ったもの。ハヤカワSFコンテストは応募総数がめっぽう少ない割に(他の小説賞とくらべて相対的にどうかまでは知らないが)、最終選考まで残ったものの出版される確率が高いから単純にデビューしたいだけならオススメなような気もする。ただ最後まで残ったものはどちゃくそレベルが高いのでそういう問題ではないな。

何はともあれ『母になる、石の礫【つぶて】で』である。第二回ハヤカワSFコンテストで出版されたものは一通り読んだけれども、どれもそれぞれ違った方面に尖り切っている作品で読む方としては大変楽しませてもらった。第二回までは選考委員がSFマガジン編集長の塩澤さん、小島秀夫さん、東浩紀さん、神林長平さんと個性ある面子で、当然のように選考結果が割れるので、受賞を逃した作品でも期待値が落ちないんだよね。

たとえば受賞作である『ニルヤの島』は主観時間も場所もスポットの当たる人間もバラバラにして最後にキチッとピースをあてはめるように展開してみせるハードなパズルSFだしhuyukiitoichi.hatenadiary.jp
架空の世界戦を辿った江戸末期を扱った妖術vs科学のごった煮アクション小説である『鴉龍天晴』は様々な要素を凝縮した密度の高さとそれを成立させる文体の構築まで含めて凄まじい出来で次作以降が楽しみな作家だ。最終的に出版された形としては優劣付けがたい三作の中で、個人的に一番好きなのがこの作品だったりする。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
最後に出版された『母になる、石の礫【つぶて】で』は一番コンセプチュアルというか(わけわからん横文字だよなこれ)、ワンアイディアから世界観と物語が派生していくのが楽しい物語だ。人によっては一番SFらしいSFと捉える向きもあるだろう。世界観も特異ならあらすじも特異なので、ひとまずそのあたりの事を説明していこう。

世界観とかあらすじとかそういうの

現代では3Dプリンタと呼ばれている高価なおもちゃがあるが、プリンタと名付けられていることからもわかる通り三次元立体をその場でお手軽に出力してくれるすごいやつだ。おもちゃなどと若干バカにして書いてしまったが実際にはビジネス含め広く利用されていて、大量生産には向かないものの「こんなかんじでできまっせ」みたいなデザインやコンセプト部分のたたき台として使われることが多い。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
↑この辺の記事が詳しい。別に読まなくてええけど。この3Dプリンタが超絶進化した世界はどうなるんだろうという世界を描いている。たとえば三次元物体を出力できる機械が進化したら当然ながら「なんでも出力できる」ようになる。そのうち家だってできるし、宇宙船だってできるし、兵器だってできるし、動物だって人体だってポン! と出力できるようになるだろう。

そんな進歩した文明はどのような社会を築き上げているのか──? と疑問に思うところだが、本作はそこをあえて最初は避けて通っている。じゃあどこを書いているのかといえば、地球で生命倫理的な制約が嫌で飛び出して独自の実験を繰り返すようになったラディカルな科学者達が生みだした小さなコロニーである。科学者達は二世代目の人間とさらにその次の世代の人間を生み出しているが、物語はこの第二世代三人と新世代の生き残りの一人を中心として展開される。

ややこしいので記号的に処理すると 科学者達⇒地球から脱出 第二世代・新世代⇒科学者共に出力される。科学者共を始祖と呼ぶ。 ⇒ 第二世代・新世代いろいろあって始祖から決別し、別の場所に小さな巣をつくってある意味ではのんびりと暮らしている。それでめでたしめでたしとなれば良かったのだが、地球から謎の巨大構造物が飛んできて、そうも言ってられなくなる。小さな巣で暮らしている四人は始祖から逃れているわけで、かといって母星とも別段友好関係にあるわけではない(無関係である)。はいはいとやってくるのを待って捕まるわけにもいかないのでいったん検討の為始祖たちのコロニーに戻ることになって──というあたりまでが話の導入部

3Dプリンタから広がっていく世界観

面白いのはこの世界観から必然的に人間の概念が拡張されていること。わりかし自由に何でも出力できるので、身体も人間そっくりに出力する必要はない。無重力状態に適応するために足の先は手の形とおなじになっているし、骨細胞の構造も変わっている。手が四本あったり身体が二つあったり「それは本当に便利なのか」といいたくなるようなものまで含めて、人間の身体的な概念をずいぶんと広く射程として捉えている。移動時は重たい身体を取り去って旅先で身体を出力すればいいという考えまでありえるのだ。

あと描写がえらく生々しく鮮明なのも特徴的で、たとえば下記引用部は出力装置・通称「母」を生み出す実験をしている、特に印象的な描写。

「卵割の段階で四つ子にしてるの。すぐに一つ削除して三つ子にして、しばらくそのまま育てて胚子期まできたらまた介入して、阻害子の段階的な投入をやって、一種の無脳症にする。でも、視床下部と下垂体だけは残しとく。遺伝子からいじるアプローチは、いまはもう全然やってない。やっぱり、発生の側で操作するほうが色々やりやすいし、予想外の影響が出にくいから。発育の促進と抑止を使い分けて、必要なところだけが育つようにして、二〇日目ぐらいで胎児期に入るから、そうしたら、いらない部位を削除して、中の母で予備出力しておいた機械系のコンポーネントを神経端に接続して、全体の組み上げをやる。ここで鉗子を出力しすぎるとあとで癒合しちゃって面倒だから、気をつけないといけない。でも出すんだけどね。必要だから。」

描写はまだ続いていくのだが全部引用してもわけがわからないだろうからいったん切る。「何でも出力してくれる魔法の装置」にSFとしての一線を引くのはこういう具体的な描写だよなあと個人的には思う。引用部は生み出す時の具体的な描写だが、建築に特化した母があらかじめ設定されたとおりにコロニーを拡張し続けていたり、あらゆる物体をぽんぽんと生み出していく描写は情景的にも美しく展開されていたりする。

テーマ的な部分

プロットはその後、母星からやってきた構造物はいったい何を目的としてきたのか、始祖達と二世及び新世代の確執はどのような展開を迎えるのか、そしてその両者は母星側に対してどのようなアクション──交渉・戦闘・退避を起こすのかなどなどを軸にして展開していくことになる。でもそれと同時に駆動していくテーマ的な部分が面白かったな。それはこういう世界観であれば当然思いつくものではあるが「だいたい何でも出力できるんだったら、その人達はいったい何のために生きているわけ?」というもの。

始祖たちは強烈なビジョンを持ったからこそ地球から逃げ出してきた人間達だった。重力からも社会的な制約からも逃れて自分たちのビジョンを追求する。一方で彼らに生み出されて結果的にコロニーに逃げ出しただけの存在である二世達にはそのような強烈なビジョンはない。ただ好き勝手に実験として生み出され、ぽいされただけの存在である。何の意図もなく、実験としては既に用済みの使い捨ての人間ども。彼らがだいたいなんでも出力できる世界で、あえてどんな生き方を選択するのかを模索していく旅はまるで青春小説のようにも読める。

この問いかけはいかようにも展開できるだろうけれども、「ほぼ何でも出力できるようになった3Dプリンタで出力できない(あるいはしづらい)ものは何か」という問いかけに繋がっているのもテーマ的に面白かったな。それは──というところはもちろん秘しておくけれども、なかなか納得の行く話でもある。たとえば宗教とかは出力できないよね。いやもちろん「宗教をつくろう!」っていう話になるわけじゃあないんだけど。

ディスコミュニケーション

テーマ的な部分ともプロット的な部分ともあんまり重ならないんだけどグッときたのがディスコミュニケーション描写。とにかくどいつもこいつも閉鎖環境下で自分の好きなように暮らしてきたせいか我が強く協調性がなくて自分の意見を喚き散らしていて統合されない! 二世達の間にも始祖達の間にも明確な上下関係がないから十人以上の子供が暴れ散らしているみたいだ。こんなに出力装置が発展してるのにこいつら自体の能力が何一つアップデートされてねえ! という地獄さを感じる。

でもそれは一人一人の背景からくるロジックが通っているということだし、現実でよく見かける光景でもある。キャラクタ的にはおいしく、意見が食い違ってまるで咬み合わない喧噪の描写は現象としては「あるある」的な面白さがある。何よりそれぞれの人間が各個でテーマを持って分散して生きていくのは物語をプロットとは別軸で複雑にしているけれど、その分物語を豊かにしている。3Dプリンタが、大規模な生産工場や人員などなくても一人一人が生産者になれる個の力を強める装置だと捉えるならば、こうした一人一人が独立性を強く保ち別個の生き方を規定していくこともまたテーマ性のうちに回収できるかもしれない。

まとめ

難点がないでもない。状況も世界観も特異すぎて最初何が何やらさっぱりわからない。いくつか何のためにあるのかよくわからない設定と、アイディアがふんだんに盛り込まれているばっかりに全体を通した整合性の部分で疑問点もある。が、全体的に面白く、特異な小説である。充分に次作に期待させてくれる出来だ。個人的に倉田タカシさんは短編小説やツイッタなどいつも楽しく読んでいるので、長編というフィールドで作品を発表されることに何の不安もなかったのだけど、期待通りである。

母になる、石の礫【つぶて】で (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

母になる、石の礫【つぶて】で (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)