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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

幼児教育の経済学 by ジェームズ・J・ヘックマン

これは128ページしかないのだが、その分コンパクトに論点がまとまっていてなかなかおもしろい。元になっているのはたぶん40ページぐらい? 電子書籍で読んだのでページ数がわからないが、30パーセント分ぐらいのヘックマンによる論文で、その後この論文に様々な形で識者がツッコミや補足を数ページかけて行い、最後にヘックマンが再登場し再度その反論に再反論したり、指摘を受け入れたりする。

幼児教育の経済学

幼児教育の経済学

内容は書名にある通り幼児教育が後の人生に永続的に与える効果が高く、ようはコストパフォーマンスが高いという実験結果が出ている、であるならば、十代以後の育成・教育に金をかける再分配制度よりも、事前に徹底的に教育を行ってしまう事前分配制度の方が、効率的なのではと問いかける。実にシンプルな論点で、それ故に検証するべき部分も限られてくる。本当に幼児教育の効果は、その後の教育よりも効果が高いのか? そんなものどうやって判断するのか? また幼児教育の効果が一時的ではなく永続する実験結果は本当に正しいのか? などなど。

人生は平等ではない。生涯年収についても、学歴についても、情動や社会性についても両親の学歴と大きく相関している。親が高学歴なら、子供も高学歴になる可能性が高い。そして高学歴であれば就労率は高くなる。身体や顔が大きく親の遺伝子に依存しているように、頭も遺伝しているのか? といえば、双子実験などから確かに相関があることは認められるのだが(双子実験は何かとか、どの程度の相関があるおかは適当にぐぐってくれい)もちろんそれは90%相関があるわけではなくどんだけだったかな。55〜70の間ぐらいだったような気がする。ようは遺伝子だけでなく、環境の要因も大きいということだ。

実際、家庭内暴力や虐待やネグレクトといった幼児期の悲惨な体験は、成人してからの病気や医療費の多さ、うつ病や自殺の増加、アルコールや麻薬の乱用、労働能力などなどに大きく相関していることもわかっている。幼児期に虐待を受けて育った子供の脳と、受けずに育った子供の脳は大きさからして異なっている。恵まれた両親(と、もちろん恵まれた国家)に産まれるかどうかでいきなり人生は大きな分かれ道に遭遇してしまう。それじゃあ、一般的な意味合いにおいてあまりよくない(虐待とかをする)親にあたってしまったらその時点で人生オワタなのかといえば、だからそこをなんとかすればその後の人生まで含めて全体的に改善されるんじゃないの? というのが本書が提出する主題である。

それを実験で確かめた例がある。一つはペリー就学前プロジェクトだ。1962年から1967年にミシガン州で行われた、低所得アフリカ系58世帯を対象に行われたこの実験は、午前中に毎日2時間30分ずつ授業を受けさせ、週に一度は教師が家庭訪問を行い個々人に沿ったプログラムを提供した一群と、何も受けなかった対照グループを40歳まで追跡調査している。もう一つより徹底した形で子供に教育と知識の提供を行ったアベセダリアンプロジェクト(111人を対象)も合わせて、どちらも実験グループは対象グループとくらべて良い結果を得ている。

最終的な追跡調査(ペリー就学前プロジェクトでは四〇歳、アベセダリアンプロジェクトでは三〇歳)では、就学前教育を受けた子供は、受けなかった子供よりも学力検査の成績が良く、学歴が高く、特別支援教育の対象者が少なく、収入が多く、持ち家率が高く、生活保護受給率や逮捕者率が低かった。

ちなみに「相関がある」とか「高い」とか「低い」とかは全て数値がグラフとして本書には貼り付けられているから、単に印象操作を狙った言葉の羅列ではないことは一応書いておく。当論文ではこうした結果を元に、教育として後に介入するのではなく出来る限り事前介入を全体的に行なうことが良いとしている。所得格差が起こる原因の大きなものの一つに「学歴」の格差があり、学歴の格差がどこからきているのかといえば幼少時の家庭・学習環境からきているのだから、その格差是正や学力を多くの人間に行き渡される為に、根本的な部分として幼児教育に力を入れようとする理屈は筋が通っていて充分に理解できる。その後に各分野の専門家が反論や補足を提出する。

たとえば幼児教育が効果あるっていうけど、58世帯とか111人とかサンプルが少なすぎない? とか、実際には10代に至ってからの教育介入も充分な効果を上げているのでは? とか、成績が良くなったとか収入が多くなったとかいうけど、実際の数字から言えばそれほどでもなくね? とか。僕が疑問に思ったのはそもそも家庭環境によって大きな差異(たとえば、ネグレクトとか)が出てしまうんだったらまずそれを防止するのが先で、週1の家庭訪問なんかはそれを多少押しとどめるかもしれないがそこまで現実的ではないんじゃないかなあ(全体に敷衍させるにはコストがかかりすぎる)。「そりゃ、それができたらいいが、現実的じゃなさそう」というのが正直なところだ。こうした費用面について具体的に一人あたり何ドルかかっているのか──という試算からの問いかけも含まれている。

でも日本だとほとんどみんな幼稚園や保育園にいってるからあんま関係なくねと思ったが、その点については解説の大竹文雄さんからフォローが(実は関係がある、と)入っているので、まあ興味ある人は。短いけれども教育についての重要な論点の一つが提出されている本だ。