基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

GPSもインターネットもここから産まれた──『ペンタゴンの頭脳 世界を動かす軍事科学機関DARPA』

ペンタゴンの頭脳 世界を動かす軍事科学機関DARPA (ヒストリカル・スタディーズ)

ペンタゴンの頭脳 世界を動かす軍事科学機関DARPA (ヒストリカル・スタディーズ)

  • 作者: アニー・ジェイコブセン,加藤万里子
  • 出版社/メーカー: 太田出版
  • 発売日: 2017/04/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
DARPA(国防高等研究計画局)をご存知だろうか。秘密組織というわけではないし、ロボットコンテストなど人目を惹く企画もいろいろやっているし、成果は表にでてくるから名前を聞いたことのある人も多いだろう。その成果のもっとも有名なところとしては、インターネットの原型をつくったり、全地球測位システムのGPSをつくったりなどしている。ようは最先端の技術を用いて軍事技術を開発する機関なのである。

その目標とするところは、軍事科学に革命を起こし、アメリカの科学技術力の絶対優位を守ること。1958年に議会により発足して以来、その実態の多くは謎につつまれてきた。軍事関係だからただでさえ機密が多く、基本的には技術開発が主、その特殊な組織形態も相まって関係者が少ないことも重なっているだろう。予算は年間30億ドル、一箇所に集まっての研究は行わず、局内のプログラム・マネージャーが防衛関連請負業者、政府組織に研究を委託し、DARPAはその成果を軍事技術に転用する。

DARPAは毎年、一流の科学者ら平均120人のマネージャーを約5年の契約で雇う。凄いのはこのマネージャーらの権限の大きさで、外部からの介入をほぼ受けずに研究を開始し、続行も中止も自分の判断で行うことができる。その為、DARPAの研究は突拍子がなかったり、バカげていたりするように見えるものもある。それでも研究は進行し、大きな失敗を招くこともあるが、時にものすごい成果を出したりする。

そもそも採用の仕方からしてぶっ飛んでいる。たとえば再生生物学分野の研究をしている研究者のもとにやってきて、「素晴らしい、それをもっとスケールアップできるかね?」ようは、人間を再生できるか? と問いかけ、イエスと答えが返ってくれば資金を提供してみせる。『そこがDARPAの素晴らしいところだ、とガーディナーは思っている。「あの機関は、答えがわからないことに資金を出してくれるんだ。」』

本書はそんな謎多き組織DARPAの関係者らにインタビューを重ね、その実態を描き出していく一冊である。機密は多く、詳細はよくわからんことも多い。しかし、第二次世界大戦終了後、ベトナム戦争、湾岸戦争、対テロ、そして未来──と時系列順に沿って、これまでDARPAが何をしてきて、これから何をしようとしているのかを出来る限り教えてくれる。DARPAが開発に挑戦している領域はあまりに幅が広く、また失敗のスケールもデカイので、読んでいる分には滅茶苦茶おもしろい一冊だ。

発足、防御フィールド、ベトナム戦争

DARPAの前身であるARPA創設初期の最大のプログラムは、弾道弾迎撃技術の向上だった。何しろ時は1950年代後半。核の恐怖は身近なものであり、当時の計算によるとICBMがソ連からワシントンに撃ち込まれた場合、発射から全滅まで26分しか必要としないと算出された。そこでARPAで推し進められた防衛システムの一つは、アメリカ上空に防御フィールドを構築し、ICBMを阻止するという突飛なものだった。

なんとも奇怪な話に思えるが、技術的には妥当性があった。大気圏のすぐ上の地球の磁場にあたる電子をとらえ、それによって防御シールドが構築できるのではないかという理論があったのだ。凄いのはこれを実際にかなりの費用をかけて実験したこと。南太平洋の真ん中に陣取り、数千人の兵士を動員し、ロケットを発射したが結果は不発。少しの効果はあるようだったが、成功させるためにはさらなる実験が必要とされた。だが、核実験停止の日は目前に迫っておりあえなくお蔵入りとなった。

その他にも多くの研究・実験を進めながら、戦争はジャングルのゲリラ戦(ベトナム戦争)へと移行し、直接的な攻撃力よりも"情報収集"の重要性が増していく。たとえばベトナムでは、ベトコン戦士と農民はほとんど区別がつかなかった。そこでARPAが開発したのは、犬にしか嗅ぎ分けられない匂いを持つ化学物質である。あらかじめ航空機から敵地に化学物質を散布し、そこで匂いをつけられた者が軍事基地の外などに移動して市民に紛れ込んだ場合でも、犬で見分けをつけられるようにしたのだ。

着眼点は良いような気がするが、実際には犬が37.8度の暑い環境下では仕事をする気をなくしてしまい、失敗した。失敗例ばかり挙げていると、失敗しかしていないように見えるかもしれないが、成功例も多い。M16自動小銃はベトナム戦争時にARPAが開発したものだし、その後の戦争に与えた影響としては、センサーを用いて敵の動向を監視し、コンピュータがそれらの情報を統合し分析する、無数のシステムを統合したシステム、システム・オブ・システムズの概念が産まれたことが大きい。

テロとの戦い、未来の技術

ベトナム戦争後、ARPAに国防という言葉が加えられDARPAと呼ばれるようになる。DARPAはその後も痛覚を麻痺させるワクチン、小型ドローンの開発など多くの技術開発を行っていくが、状況が大きく変わるのは、2001年の911テロ以降だ。

テロ以後にDARPAが何を開発したのかについてはまだ明らかになっていないことも多いが、社会ネットワークの分析に関して機密扱いの巨額な予算が申請されていたり、自然言語処理分野に相当する分野の研究で、曖昧なことばのメッセージから「実用的な情報」を引き出すための技術開発に向けた予算要求など、特に情報分析・監視システムについての予算計上が増えている。スノーデンによって暴露された市民監視システムのPRISMも、原点はDARPAの〈全情報認知〉プログラムなのだ。

これから先、未来の戦争においてDARPAは何を開発していくのだろうか。判明している限りでは、ドローンはさらに小型化を目指し、甲虫型のドローンからニューヨーク・ロサンゼルス間を12分で移動できる高速ドローンなど、地球のどこにいても(屋内であっても)急襲が可能になるとしている。軍事的には衛生へのアクセス頻度が高まっているため、宇宙への迅速かつ低コストの定期的なアクセス手段も模索されている。13年には宇宙ドローン実験機として極超音速の低起動ドローンも発表された。

ロボット技術も発展著しく、どんな立地でも物資を運べるロボット、あらゆるセンサーを備え3キロ先から敵を抹殺できる武装ロボット、群れで行動し、破損した場合は相互に再構築しながら隠密行動するLANドロイドなど、まるでSFが現実化している過程を目の当たりにしているようだ。『DARPAで研究中の科学者たちにインタビューをすると、かつてSFの領域にあったさまざまなプログラムが、ものすごいスピードで、"現実の科学"になりつつあることが感じられる』とは著者の弁。

おわりに

人工知能に人体改造までなんでもござれのDARPAの開発プロジェクトに「すごーい!」とただ興奮できるわけではなく、扱われている技術のどれもが大惨事を招きかねない危険物だ。そうした危険物をどう取り扱うべきなのか──本書はそれを問う本ではないけれども、少なくとも何が行われているか、その一端を知ることはできる。