基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

”神のお告げ”を聴く分隊長──『接続戦闘分隊: 暗闇のパトロール』

本書は『極微機械ボーア・メイカー』や『幻惑の極微機械』などで知られるリンダ・ナガタによるミリタリーSFである。ミリタリーSFというと有名ドコロの作家はほぼ男性で、それも元軍人も多い領域ではあるが、リンダ・ナガタは女性であり、軍経験もない。そのため元々は電子書籍の自己出版としての刊行だったようだが、きちんと評価され、紙でも出版され、こうやって海を超えてきたというわけである。

で、実際これが読んでみるとなかなかおもしろい。近未来の戦争、テクノロジー描写の書き込みが緻密なのもいいし、主人公は戦争に巻き込まれ、英雄としての活躍を成し遂げていくのだけれども、常にその裏ではさらに大きな陰謀が渦巻いており、戦争の背後にあるものを探求していく、せざるをえないという点で王道的なミリタリーSFから少し外れている点もおもしろい。その分純粋な戦争、英雄譚を求めている人には不向きかもしれないが、そのへんはここからもう少し詳しく紹介してみよう。

ざっと紹介する

舞台となっているのは近未来の地球で、いくつかの技術がアップグレードしている様がすぐに読み取れる。たとえば、主人公のジェームズ・シェリーは”接続戦闘分隊”と呼ばれる部隊の分隊長を勤めているのだが、彼らは戦闘服にボディアーマー、外骨格を着用し、頭上は”天使”と呼ばれるドローンが対空し、脳内には極小の生体インプラントが散布され、電子帽体(スカルキャップ)をかぶることで、感情や性欲、憂鬱な気分といったものが正常値におさまるように完全にコントロールされている。

外骨格は中の使用者が仮に死んだとしてもバッテリーが残っていれば回収のためにそのまま安全地帯まで自動歩行する。スカルキャップによる感情制御に依存性はないと言われながらも、ジェームズ・シェリーはもはやそれなしでは数十秒程度ですら耐えられないほどに依存しきっている。民間軍事会社は仕事のために戦争を起こし、アメリカは正義も志もなく民間軍事会社の株主を喜ばせるために軍事介入する。テクノロジーがもたらす陰鬱な戦争の情景は、伊藤計劃『虐殺器官』を思わせるものだ。

さて、そんなクソみたいな戦争に従事しているシェリーではあるが、彼が率いる分隊では9ヶ月間一人の死者も出ていない。安全な場所にいるわけではない彼らを守っているのは、シェリーが持つ特殊な勘だ。『「神のささやきが聞こえるんですよ」』『「軍曹、この人はダビデ王なんですよ」ランサムはジェイニーに説明した。「サウルもこの人には髪の毛一本ふれられないし、ゴリアテが放った銃弾も中尉のまえでは曲がって飛ぶ。なぜなら、ジェームズ・シェリーには神のご加護があるからです。中尉にしたがっていれば長生きして、フランクフルトにもう一度行ける」』

シェリーの脳内に具体的にああしろこうしろという声が降ってくるわけではないのだが、ドローンが気づくよりもさらに早く、彼らの居場所を叩こうと攻めてくる敵の存在を感じ取り、不安感となって押し寄せることで行動し、危機を脱することが出来るのである。それ自体は素晴らしい話だ、そういう不思議なこともあるかもね、で終わるかもしれないが、ある時シェリーは強烈な不安感に突き動かされ、部隊が全滅する危険を回避することで、その”特殊な能力”を上層部に説明する必要に迫られる。

そこで彼が問われるのは、不安感の正体は何者かによるスカルキャップを用いた感情・行動制御なのではないかというものだ。たしかに、スカルキャップ経由で感情をいかようにも制御できるのだから、強い不安感を感じさせることで防御行動をとらせるのは難しくないだろう。しかし、何者かがシェリーのスカルキャップを操作した記録はどこにも残っていない。高度なハッキングによるものか、はたまた内部の人間の犯行か。そもそも、”本当にシェリーが操られているのは、彼が危機に瀕する時だけなのか?"、”操られているのはシェリーだけなのか?”と無数の疑問が湧いてくる。

操られている語り手

仮に操られている可能性があるとしてもシェリーはスカルキャップを(依存しているのもあるし)手放すことができない。ミステリーなどではよく”信頼できない語り手”といって、語り手の情報の信頼性を下げることで読者をミスリードさせたりする手法があるが、この場合はそもそも語り手の言動や行動が操られている可能性があるので、”この人物を操っているのは誰なのか”、そして”この物語を操っている物語内作者(リンダ・ナガタではなく)は誰なのか”と問わずにはいられなくなっていく。

その構造を明確に表しているのが、仲間の窮地を勘で救い、その後もアメリカの各都市を襲いデータ交換拠点を停止させる即製核爆弾へと対抗するシェリーの活躍がリアリティーショーとしてアメリカ国内で人気になっていき、物語の進行に伴ってその話数も進んでいくところにある。彼らは何者かの筋書きに沿って動く”登場人物”なのだ。『「きみの頭にもいるんだぞ。わかってるはずだ。自分の選択なのか、物語の進行の都合で頭に吹きこまれたことなのか、たとえいやでも区別はつかないんだ」』

おわりに

とまあそんな感じでアフリカのダッサリ地区での反乱分子との戦いやアメリカを襲うテロリストとの戦いといった”戦争”の上位レイヤーで物語の主導権を握るのは誰なのかという戦いが行われている、なかなか凝った作りなのである。今のところめっぽうおもしろいが、続きものなのでいいところで”つづく”になってしまっている。

長大化するミリタリーSFも珍しくない中、三部作できっちり終わっているらしいので、続刊の刊行も期待して待ちたいところだ。

虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)