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多彩な顔ぶれが揃った年刊日本SF傑作選──『行き先は特異点』

行き先は特異点 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

行き先は特異点 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

本書は東京創元社にて出されている《年刊日本SF傑作選》の第10集目である。ここ最近国内SF短篇(長篇も)のレベルが上がり続けているな、という実感があるけれどもそれを反映させるかのようにして非常にレベルの高い傑作選になっている。

近年は、個人的には"SF作品のレベルが上がった"だけではなくて、"作品の顔ぶれが年々多彩になっている"という特色があると思う。たとえば藤井太洋さんが現実のテクノロジーとその延長線上にある未来をクリアに描き出し、円城塔さんが奇想と歴史とSFが入り混じった作品を続々発表、酉島伝法は独自の世界観を強烈な文体で築き上げ、新人でも黒石迩守さんが『ヒュレーの海』で現代伝奇とサイバーパンクが融合した作品を刊行しともう"一作家一ジャンル"とでもいう状況なのではないか。

どんなジャンルでも成熟が進むにつれて「まだ過去のクリエイターがやっていないこと」あるいは「先人がやったことを更に先鋭化させて」やろうとするもので、現在のような"一作家一ジャンル"傾向は(僕が勝手に言っているだけだが)その踏破のはてに出現する自然状態のような気がしないでもない。何が言いたいかというと今回も多彩な顔ぶれで大変おもしろいです。収録作は小説17篇に漫画3篇。分厚い文庫本だが、気になる作家、気になる短篇をつまみ読みしても充分楽しむことができるだろう。

では、全部は無理だが下記で気になったものをピックアップして紹介していきたい。

全体をざっくりと見渡す。

まず3篇しかない漫画作品から。一作は人工天体内部の極寒の地を舞台にした弐瓶勉「人形の地」。同タイトルの長篇の前日譚となる。ビジュアルの荘厳さ、相変わらずの巨大建造物も初っ端から最高だが、またとてつもなく過酷な世界と物語になりそうで今からワクワクが止まらない。短篇としてみても、よくまとまっている。

石黒正数「性なる侵入」は何故かいつも部屋に落ちている陰毛の起源に迫った一冊であまりにもバカバカしいがそれがまた石黒正数の作風によくあっているし、おもしろい。もう一作は、週刊少年チャンピオンで連載の山田胡瓜『AIの遺電子』から「海の住人」が収録。この漫画、良質なSF短編マンガを一話完結で載せていて非常におもしろいのでオススメ。よくそのスタイルで行こうと思ったよなと感心してしまう。

小説に移行すると、まず表題作の藤井太洋「行き先は特異点」は19年の近未来を舞台に、グーグルの自動運転車、アマゾンのドローン配送など無数の"近未来テクノロジー"が小さなバグによって一斉に狂ってしまった特異な状況を描く。プロットだけじゃなく、とある理由で大挙して押し寄せるドローンの絵的な爽快感が最高。煙状の異星生物によって、死にかけの人間が病院から失踪する宮内悠介「スモーク・オン・ザ・ウォーター」。上下動が崇高とされる縦籠家、水平方向の移動を重視する横箱家という二つの名家が、それぞれの世界観に基いて抽象的な議論を連ねる円城塔「バベル・タワー」あたりは年刊傑作選常連組の作品で当たり前のように質が高い。

ある密度、ある個数を超えると種としての絶滅に向かうと言われるポイントを人類は超えつつあると告げられる老人小説眉村卓「幻影の攻勢」、プロ作家による書き下ろし官能小説同人誌からとられた、二人の少女によるエロティックな短篇小林泰三「玩具」、BMIの感覚や感情を疑似体験させる技術をとある刑罰に応用した山本弘「悪夢はまだ終わらない」などベテラン勢の作品も相変わらずおもしろい。

本書収録の中でも特にお気に入りの作品を取り上げる

まず『月世界小説』と同じ世界を舞台にした牧野修「電波の武者」はメタ/言語SFとして一級品。『月世界小説』を読んだ人はマスト読むべし。

高山羽根子「太陽の側の島」は戦争中、日々を決死で生きる男女の手紙のやりとりと両者の奇妙な経験を通して、この世界の"驚異的な"側面に触れる幻想的な一篇。戦場に赴く者も、日常の中で日々の爆撃、またはその気配に耐える者も、常に"自分は明日にも死んでいるかもしれない"という、"生死の境界線上にいる"といえる。本短篇はその切羽詰まった緊張感、その"不可思議さ"をあらゆる描写に詰め込んでおり、特別なシーンでもなんでもない場面で自然と涙が溢れるような傑作だった。

上田早夕里「プテロス」は短篇集『夢みる葦笛』に収録された一篇。『夢みる葦笛』はSFが読みたいで国内編一位をとった評価の高い作品だが、僕もこの作品が一押しだったので収録されたのが嬉しかった本短篇は、異星の地へと降り立った宇宙生物学者が、スーパーローテーションと呼ばれる風の流れに乗って空を飛び続ける"プテロス"への知見を深めていく宇宙生物学SFだ。生態への描写もさることながら、風が吹き続けるという特異な惑星の描写も素晴らしく、全てが合わさって"知性"への考察に繋がっていく流れも見事で──と、とにかく完璧な作品。

続いて酉島伝法「ブロッコリー神殿」。孚蓋樹(ふがいじゅ)、思繍(ししゅう)、万史螺(ましら)などいつにもまして造語が多く、独自の世界観をゴリゴリと作り上げていく植物生態系SF。もうとにかく読んでいるだけでたまらなく心地がよく、観たこともない世界を強制体験させられ、わけのわからない感覚に襲われる。酉島伝法さんの作品、毎年毎年洗練され、その凄みを増していると思う。はよ短篇集を出してくれ。

第8回創元SF短篇賞受賞作、久永実木彦「七十四秒の旋律と孤独」

「七十四秒の旋律と孤独」は、空間めくりという事象によって宇宙のどこにでも瞬時に移動できるようになった世界が舞台の宇宙/アクションSF。移動時、人間は0秒しか体感していないが、実際は朱鷺型の人工知性だけが感知できる74秒間があったという発見から、その74秒間を狙った海賊行為が発生することに。朱鷺型人工知性による海賊行為に対抗するには、防御側も朱鷺型人工知性を配備するしかない。

というわけで防御側の朱鷺型人工知性を語り手に据えた本短篇は、世界観の作り込みがやりすぎず足りなすぎずで良し、アクション良し、人工知性が思いをよせる"メアリー・ローズ"に対してもきちんと驚きあり、と高水準で全てが纏まっている。いわば作風としての新しさ、特異性は一切感じないが、今後が楽しみな作家である。

七十四秒の旋律と孤独 -Sogen SF Short Story Prize Edition- 創元SF短編賞受賞作

七十四秒の旋律と孤独 -Sogen SF Short Story Prize Edition- 創元SF短編賞受賞作

おわりに

とまあ、一部の作品にしか触れられなかったがそれ以外も傑作揃いなので是非どーぞ。枚数に限りがある都合上、「なんでこれが入ってないんだ!」とか「なんでこんなもんが入ってないんだ!」とかいろいろあるだろうけれども、そういう文句を言いながら読むのもまた楽しいだろう。結構あぶれている作品も多くなってきたし、中篇傑作選とか、むしろこの傑作選を二分冊してしまうとかついつい希望したくなってしまうが、「そんなもん出せるならとっくに出しとるわい!」という感じだろうな。