基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

10年代SF傑作選から『サハリン島』まで、多数の傑作SFが刊行されたてんこ盛りな2020年を振り返る

アンソロジーが記憶に残った年

今年を振り返って記憶に残ったのは、やはり10年という区切りの年だったこともあってか優れたアンソロジーが多数刊行されたこと。たとえば、『なめらかな世界と、その敵』の伴名練が編者に入った『2010年代SF傑作選1・2』(大森望・伴名練編)は野崎まどの笑撃作「第五の地平」から小川一水による数学SFの傑作「アリスマ王の愛した魔物」、ベテランから新鋭まで幅広く取り揃えたアンソロジーだ。

今年は海外編も前回の年代別傑作選から十八年ぶりに『2000年代海外SF傑作選』、『2010年代海外SF傑作選』が刊行されたのは喜ばしい。この20年の海外SFを語る上で中国SFは外せないが、そのあたりもきちんとカバーしつつ、10年代は11篇収録のうちなんと7篇が初訳! 00年代篇には楽観的にGoogleの善性を信じている短篇が収録されていたりして、合わせて読んで時代の空気の変化を感じるのも良い。他にも、イスラエルのSFを集めたアンソロジー『シオンズ・フィクション』はイスラエルの歴史や文化と複雑に絡み合ったレベルの高い作品が集まった、個人的に今年一冊海外SFを買うならこれ! なオススメ作。中華SFアンソロジーも盛況で、『時のきざはし 現代中華SF傑作選』は日本未紹介の作家が数多く含まれており、ケン・リュウ編の中国SFアンソロジー第二弾『月の光』は、始皇帝が実はゲーム・マニアだったら……というバカSF「始皇帝の休日」など、前作よりも変化球を増やし、『時の〜』と合わせて現代中国SFの書き手の豊穣さを伝えてくれている。アンソロジーは最初に名前を出した伴名練編による『日本SFの臨界点』の恋愛篇、怪奇篇の二冊が出たのも忘れがたい。「これまで日の目をみなかった作品を世に出す」ことを目的とし、「個人短篇集収録作を一編も入れない」縛りプレイをしているおかげで読んだことがない作品がかなりはいっていて、こんなおもしろい短篇が収録されてないのか! と驚きっぱなし。各短篇の前に入っている伴名練による作家・短篇紹介も3ページ以上あってこれを読むのもアンソロジーの醍醐味のひとつ。

短篇集

オクトローグ 酉島伝法作品集成

オクトローグ 酉島伝法作品集成

アンソロジーから続けて短篇集の話をすると、まず取り上げておきたいのは酉島伝法の短篇集である『オクトローグ 酉島伝法作品集成』(早川書房)。BLAME! の小説アンソロジーに収録された作品だったり、ウルトラ怪獣アンソロジーに収録されたりで統一感も何もあったもんじゃないだろう、と思ったが、何を描くにしても一回酉島語、酉島世界に変換されてから出力されているせいで統一感はある。

どれもおもしろいが、個人的にはウルトラ怪獣アンソロジーに収録された「痕の祀り」が好き。科学特捜隊が加賀特掃会に置き換えられ、巨大な怪獣の死骸の後始末に紛争する人たちの話であり、今でいうと『怪獣8号』の初期パート(そのまんま怪獣の死骸の後始末をするパートがある)に惹き寄せられた人にはぶっ刺さる内容になっている。入り組み複雑な匂いと感触を感じさせる臓器の生々しさを文章で感じさせたら酉島伝法の右に出るものは日本どころか世界にもいないだろう。傑作短篇集である。

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

人間たちの話 (ハヤカワ文庫JA)

もう二つ、日本SFの短篇集で触れておきたいのは『横浜駅SF』の柞刈湯葉による『人間たちの話』(早川書房)。気候変動によって気温がだだ下がりした世界をゲノムデザインされた特殊な生物たちが跋扈する状況を描き出す「冬の時代」。オーウェルの『一九八四年』パロディだが、皆が監視されていることを楽しみ、画面映えを考え同時視聴者数を増やそうとする人々を描き出す「たのしい超監視社会」など、SFの多様な側面が味わえる短篇集になっている。表題作がまた凄いんだわ……。
アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

柴田勝家初の短篇集『アメリカン・ブッダ』も外せない。物語が国に流れ込むことを阻止する物語検疫官の苦闘(物語をとどめるのは難しくすぐ入ってきてしまう)を描き出す「検疫官」、民間信仰研究を行っていた著者の背景を活かした、一生を仮想のVR世界で生きる中国南部の少数民族を中心においた文化人類学SF「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」もいいが、流行病と大災害によって世界が荒廃し、国民の多くが仮想世界に移り住んだ米国を舞台に、仏教徒のインディアンがすべての厄災は去ったから帰ってきても良いんだ! と語りかける仏教×SFな表題作がやはり圧巻。

長篇とか

長篇の紹介に移ると、今年は海外SFに話題作が多かった。N・K・ジェミシン『第五の季節 破壊された地球』は、史上はじめて三年連続でヒューゴー賞を受賞した三部作の第一部。数百年ごとに天変地異に襲われ、大半の生物が死滅してしまう大陸スティルネスを舞台にした本作は、特別な力を持つがゆえに差別を受ける能力者や、定期的に破滅する世界独特の社会システムを描き出していく、凄まじい破滅SFだ。もう一つの話題作は、ヒューゴー、ネビュラ、ローカスとSF関連賞を総なめにしたメアリ・ロビネット・コワル『宇宙へ(上・下)』。こちらは一転、一九五〇年代にありえたかもしれない宇宙開発史を描き出す長篇SF。アメリカ合衆国ワシントン沿岸の海上に巨大な隕石が衝突し、死者が何百万人も出ただけではなく環境が激変し、拡散した水蒸気のせいで近いうちに極度の温暖化が進行する事態に。人類は、地球外への入植を迫られ、現実では冷戦後下火になった宇宙開発が、ここでは切実な理由から加速することになる。女性が自分たちをパイロットとして認めさせ、宇宙開発史の初期から女性が参画していたら──というIFを描く物語でもある。
荒潮 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

荒潮 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

  • 作者:陳 楸帆
  • 発売日: 2020/01/23
  • メディア: Kindle版
『三体』の劉慈欣をして「近未来SF小説の頂点」と言わせた、陳楸帆『荒潮』も外せない。中国南東部の、電子ゴミが集まる島を舞台に、中国の国際社会での立ち位置、環境問題、底辺層と富裕層の対立についてが、義体や電動人工筋肉繊維で作られたメカ、AIによる監視網など、近未来のテクノロジーと共に描かれていく、ポスト・サイバーパンク長篇だ。陳楸帆はGoogleや百度といった先端IT企業での勤務経験があり技術描写はさすが。ゴミのリサイクリングという現代的なテーマを扱いながらも最終的には人類の行末とは……な壮大な話にスケールしていくのも魅力のひとつ。
透明性

透明性

サイバーパンク的なテーマを扱った物としては、「人類の不死化技術」を握った企業は、不死を約束してほしければ環境に良いことをして善行ポイントを詰め、と人類を従わせることができるようになり、事実上の神となるのではないか、といったテーマを扱ったデュガン・マルク『透明性』も珠玉の出来。
サハリン島

サハリン島

年末ギリギリで刊行されたエドゥアルド・ヴェルキン『サハリン島』は、ロシアのメディアで「この10年で最高のSF」とまで評された終末SF。北朝鮮発の核戦争が世界で勃発し、同時に人為的に操作されたウイルスによる移動性恐水病(MOB)と呼ばれる致死的な感染症が蔓延し世界は一気に終末へ。しかし日本は鎖国を行い工業国としては唯一まともに生き延びた国となり、自衛隊幕僚幹部は〈維新〉を宣言し、日本は自らを〈帝国〉と宣言……という世界観で、大日本帝国と化した日本から犯罪者らが寄せ集められるようになった地獄のような「サハリン島」の有様を描き出していく。最高のロシアSFかどうかはともかく素晴らしい終末物なのでぜひ読んでほしい。
タイタン

タイタン

  • 作者:野崎まど
  • 発売日: 2020/04/21
  • メディア: Kindle版
国内作品としては、野崎まど『タイタン』(講談社)はAIの発展によって仕事が必要なくなった世界を通して、「仕事」とはなんなのかをあらためて問いかける、AI×お仕事小説。プロットはシンプルで力強く、イメージは豊穣で、ラストに至るまで物語の結末は予測不可能。最後に、『半分世界』で奇想短篇の実力を見せつけた石川宗生の『ホテル・アルカディア』(集英社)は、引きこもってしまったホテルの支配人の娘のために、滞在中だった芸術家らが技術を競って物語を語り聞かせるという枠組みを持った奇想短篇集。個々の短篇もすばらしいが、時代を経てさまざまな物語が集まる〈物語の聖地〉と化した、アルカディアという場所の物語として鮮やかな出来だ。
【PS4】サイバーパンク2077

【PS4】サイバーパンク2077

  • 発売日: 2020/12/10
  • メディア: Video Game
SFといえば忘れちゃいけないのがウィッチャー3の開発スタジオが送る大作オープンワールドRPG『サイバーパンク2077』も昨年12月にようやく出た! バグが多い、返金騒動などいろいろあったが、ゲームとしてスペシャルなのは間違いがない。街行く人の誰もが体を義体化し、体に入れ墨が入っている雑多な都市に足を踏み入れた時、自分はサイバーパンクの世界に入ったんだ! と凄まじい感動に襲われた。不満点もあるけど、これ以上のサイバーパンク・ゲームはもはや二度と出ないだろう。

他にもいろいろ

100文字SF (ハヤカワ文庫JA)

100文字SF (ハヤカワ文庫JA)

新しい潮流を生み出しつつあるという点でマイクロノベルの北野勇作『100文字SF』も良かったし、日本の近年のミリタリーSFの最大の成果の一つ林譲治『星系出雲の兵站』『星系出雲の兵站-遠征-』が完結したり、海外SFだとアジア文化を取り入れたスペース・オペラ『茶匠と探偵』、世界的ディストピアSF『侍女の物語』の正統続編である『誓願』が出たり、時間旅行者の精神的な病を描き出す時間SFの注目作『時間旅行者のキャンディボックス』も…とあれもこれもと言い始めたらきりがない。諦めが悪く作品を最後に羅列してしまったがここでいったん締めとしよう。

2021年の話

最後にひとつお知らせを。2020年、ずっとSFについての本を書いていて、これが今年の夏前にはダイヤモンド社から刊行される予定。SFって何の略? というぐらいにはSFファンではない人も対象としたSF入門書にしようと、SFの歴史、サブジャンル解説、初心者向けのオススメを10冊+それぞれから派生する形で+3冊で40冊、数万文字紹介していたり、現実の科学や文化とSFについて両面から語る章があったり、『ニューロマンサー』『闇の左手』『一九八四年』といった名作の歴史的意義や現代に読む意味を詳細に解説していたりと相当てんこ盛りの内容。ご期待ください。