息吹
- 作者:テッド・チャン
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/12/04
- メディア: 単行本
傑作揃いの短篇集
今年のSFでまず中心的に語っておきたいのは*1、素晴らしい短篇集が多数出たことだ。たとえばテッド・チャン『息吹』は著者一七年ぶりのSF短篇集で、『メッセージ』の題名で映画化された短篇を含む前作『あなたの人生の物語』を上回る密度を誇る傑作ぞろい。中でも表題作「息吹」は我々の世界とは仕組みが異なる異世界の生活や原理を緻密に描き出しながら、一人の科学者の脳科学・物理学の追求を通して世界の真実に至ろうとする物語で、三〇ページほどの中に世界を探求することの喜びが緻密に織り込まれている。この一〇年で読んだ中で最上の一篇である。
他、外せない短篇集としては、
グレッグ・イーガンによるSF短篇集『ビット・プレイヤー』。本格宇宙SF「孤児惑星」から、色覚を拡張することで我々生身の人間とは違った世界を見るようになった人間を描く「七色覚」まで、様々なテイストを持つイーガンの中から最良の部分が集積されている。意識と知性を問い続ける作家、
ピーター・ワッツの良さみが凝縮された傑作選『巨星』。AI、遺伝子操作、人工現実、人間強化など様々な科学技術が謎解きに密接に絡まりあってラスト一篇へと結実する
井上真偽『ベーシックインカム』。初出のほとんどが同人誌であるにも関わらず、毎年のように〈年刊日本SF傑作選〉に選出されてきた作家
伴名練による青春SF短篇集『なめらかな世界と、その敵』も、オールタイム・ベスト級の傑作SF短篇集だ。
三体
- 作者:劉 慈欣
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/07/04
- メディア: ハードカバー
長篇として今年記憶に残ったものとしては、
劉慈欣の『三体』は外せない! アメリカで翻訳作品として初めてヒューゴー賞を受賞し、中国で三部作累計二一〇〇万部を超えた化け物級の売上を誇る本作。一九六七年の文革が決定的に人生の行末を変えてしまった女性を物語の中核に置き、凄まじい勢いでスケールアップしていく世界観とそれを支える背景の理屈、理論も併せ持った作品で、読みながらあまりのおもしろさにワナワナと震えて何度も走り出しそうになったほど。
また、長年シリーズを追いかけてきた
小川一水による《天冥の標》が二〇一九年序盤でついに完結を迎えたのも非常に感慨深かった。間違いなくオールタイム・ベストな長篇SFシリーズだし、本作を読み終えたことで僕のSF者としての人生の第一部が完結してしまったかのような虚脱感を覚えた。小説は、どこまで人間の内面を揺さぶることができるのか。その境界を僕は毎年いろいろな作品によって拡張され、まだみぬ領域を発見し続けているわけだが、この天冥の標は、僕に小説とは、SFとは、どこまでのことができるのかという遥か遥か先をみせてくれた作品であった。
酉島伝法の初の長編作品である『宿借りの星』もとてつもない長篇だった。前作『皆勤の徒』から巧みだった言語世界創造能力はより洗練され、異形の殺戮生物たちが跳梁跋扈する惑星の様相が描かれると同時に、この奇怪な星の真実、歴史の背後に何が起こっているのかといった真相に近づいていく──といった感じの冒険☓世界探究型のSF長篇である。造語に加えて著者自らが挿画を描きあげた異形の生物たちやこの世界の風景がページの合間合間に敷き詰められ、この惑星とそこに住まう生物たちの日常──〝世界そのもの〟が濃厚な密度で脳に叩き込まれていく、異常な傑作だ。
話題性という意味では、複雑怪奇かつ太陽系人類の終末までが射程範囲に入った壮大なプロットがたまらない、
チャールズ・L・ハーネス『パラドックス・メン』も凄かった。一九五三年に刊行された原作の初の邦訳で、機知に富み、深遠であると同時に軽薄な作品としてブライアン・オールディスに〈ワイドスクリーン・バロック〉と最初に言及された作品で、SFファンの間では幻の傑作扱いされていたのである。
同じく竹書房から刊行の
ジャスパー・フォード『雪降る夏空にきみと眠る』は、人口の大半が冬眠をする世界で人々を魔物や盗賊から守る冬季取締官の活躍を描く冒険/恋愛SFで、ジョジョのようにアクの強いキャラクター陣が魅力。表紙からもわかるとおり、その幻想的な風景も素晴らしく、夢中になって読み進めてしまった。
他に長篇で取り上げておきたいものとしてはまず、周囲の人々の記憶に残らない特異体質の女性を描き出す
クレア・ノース『ホープは突然現れる』。記憶に残らない彼女のことを追い求める人たちの物語でもあり、「狂おしいほど求めているのに、どうしても忘れてしまう」という特異な関係性の描き方が素晴らしい。
最後に、SFミステリィを紹介しよう。
詠坂雄二『君待秋ラは透きとおる』は透明になるとか鉄筋を生み出すとかいった能力を科学的に検証していき、その情報が『HUNTER×HUNTER』ばりの能力バトル・推理合戦に活きていく鮮やかな逸品。続けて
筒城灯士郎『世界樹の棺』は、ヒトそっくりの〈古代人形〉が存在する世界で、殺人事件を推理する過程で、誰がヒトで誰が古代人形なのか? この世界を彼らはどう「認識」しているのか? という世界に対する認識そのものが問われ、謎に絡み合ってくる極上のSF×ファンタジィ×ミステリィ。ぜひ、お読み逃しなく!
番外編
番外編となるが、ゲームは『デス・ストランディング』と『十三機兵防衛圏』が共におもしろかった。デスストは小島監督の独立後第一作にもかかわらずこんな尖ったゲーム出すなんて正気か!? とビビっていたが、やってみたらプレイフィールが抜群によくおもしろい。徒歩ゲー、山登りゲーだと思っていたけど実際は最適な移動環境をひたすら構築していくゲームなんだよね。SF的には個人的にそこまで惹かれるものはなかったが、「あの世」概念のSF的・ゲーム的な扱い方や触れることで時間を進める時雨の設定などがいい感じにゲーム内演出に落とし込まれているのが好印象。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
『十三機兵防衛圏』については上記記事で好きなように書いたのであまり重ねはしないが、最高のアドベンチャー&ロボゲーであった。未来人、過去人、現代人(舞台となる1985年の)と様々な来歴を持つ13人のシナリオが錯綜していき、SFギミックが入り乱れ、そのすべてがシナリオの核に埋め込まれ、ラストへとなだれ込んでいく。とにかく、町中にロボが出現するカットがなあ、今世紀最高にかっこいい。