舞城王太郎による中・短編集。本書は表題作のイキルキスの他、鼻クソご飯とパッキャラ魔道の二編を加えた合計三編によって構成されている。どの短編も、恐ろしくとがっていて、文体もキレまくっていて、要するにいつもの舞城王太郎だった。傾向としてはどの作品も性を扱っているのかな、と思いつつも同時にいつものように人生と向き合っている。以下、各短編の感想/紹介
イキルキス
突然中学校の2年A組の女生徒がひとり外傷も内傷もなく死んでしまい、その後次々とまったく同じように2年A組の女生徒が死んでいく。主人公はそのクラスの男子で、「同じクラスの女生徒が死んでいく」という状況の中を漂い、介入しようとする。
恐ろしい話だ。もし僕が2年A組の男子であったら、もう2年A組の女子はみんな全員死んでしまうんだと考えて心の中でお別れを言うだろうし、2年A組の女生徒が自分自身だったらこれはもう目も当てられない。ただそういう劇的な状況は同時に劇的なドラマを生む。
まったくもってそれが現実であっても、現実であるからこそむしろリアルに物語的な醍醐味を感じることが出来る。911の映像は世界で最も繰り返し流された映像でなんでそうなったかというとそれが映像的に凄く凄く面白かったからであるといってめちゃくちゃに叩かれた人がいたような気がするけど、そんな感じ。
そんんで、なんだかよくわからないけれど現実を生きていても「おお、このシチュエーションなら僕はこう動かなければなるまい」というような、物語的な考えをすることはよくある。たとえば白雪姫が毒りんごをたべてアヒャーって寝ころんでそこに王子様が現れて一目ぼれしてキスしたら生き帰ったというが王子様がなんでそこでキスをしたのかといえば、それはもうそういう流れだったのだろう。
どう考えてもキスをしたから人間が生き返るなんていう発想は頭を逆さにしても出てこないはずだが、でもなんとなくキスしたら生き帰ってしまったんだからそれはそれでいいのだ。身も蓋もないようだがそれでいいのだ、そんな内容だった
鼻クソご飯
ひどいタイトルだ。ひどいひどい。想像するのもためらわれる。鼻クソご飯。そういえば小学生の時には周りの男子では数人、鼻クソを食べている奴が居た。そいつは女子からはゴミのように嫌われていて男子もみんな影では鼻クソ野郎とその男子の事を呼んでいた。
とまあそれはまったく関係がないのだけど……。主人公の弟は主人公が書17歳で弟が小学3年生の時にホモのショタ野郎にレイプされて首を絞められて殺されて何人もの同じような年齢の被害者と一緒に地面に埋められてしまった。
犯人が捕まってから主人公はこの世のありとあらゆるホモとロリコンが許せなくなり弟を葬った性欲と精液が許せなくなり自分の性欲に自分で当たり散らし彼女とセックスするたびにその全部が許せなくて彼女をボコボコにぶん殴りホモとロリコンも許せないので町に存在するホモというホモをぶん殴り、たまり場に火をつけて速攻で捕まる。
詳しい内容は特に書かないけれども、これも凄い短編。ロリコンとホモと自分自身の性欲と精液さえも存在を許せないというぶっ飛んだ価値観というのはぶっ飛んでいるおかげでなんだろう、多くの共感を生んでしまうような気もする。
どうしようもないこと、というのはある。たとえばホモとぶち殺したいと思って自分の性欲が憎くて憎くてしょうがなくて、しかもそれは弟がホモショタ野郎に犯されたのが関係していて、だったらそれはもうしょうがないだろうと言う気がする。
しょうがないことをある程度はしょうがないといって受け入れていく小説、と僕は真正直にそう受け取ったけど、まあ色々読めそうな短編であった。
パッキャラ魔道
一家の二男である慎吾を主人公とした家族の物語。父親はFateの士朗のような正義漢で周りに居る人を助けずにはいられないが母親はそれが嫌で嫌で仕方がなくて父親とは相いれない。家族は崩壊して長男の直規と慎吾もばらばらになって二人とも結構グレる。そんでなんか色々ある。ううむ、家族がばらばらになる話というのは読んでいて、僕の個人的な感性として結構つらいものがある。家族には仲良くいて欲しいと思う。まあでも親と子にもたくさん種類がいるのでどんな家族も仲良くするというわけには当然いかなくてそういうどうしようもなさみたいなのがこの短編にも良く表れている。文章と場面的にキレまくっている部分があって、そこが読めただけでこの本読んでよかったーと思ったぐらいなので色んな人に読んでもらってこの本についていえば感想を聞いてみたいと思った。
あと最後に引用しておきたいところがあったのでちょっとだけ引用します。でもネタバレなので読まないでくださいね。
前は母の陳腐さや薄っぺらさや通俗的な感じを嫌悪したけれど、結局のところ、人生で起こるすべての本当のことは、陳腐で薄っぺらで通俗的なのだ。そうじゃないことは小説の中にしかない。だから小説の中で、つまんないなあと思うとき、わりとそれが人生の本当のことを書いているってのがあって、だから小説って難しい。本当のことをそのまま書いたところで陳腐で退屈なだけだから、それに嘘を混ぜて小説的な虚構を作って伝えたいけど、あんまり虚構が過ぎても、伝わりにくくなって、たぶん小説としては良くない。嘘と本当の複雑なもつれに時にパッキャマラードと歌いたくなるけど、まあ歌わずに小説を書き、バイトの面接に行く。p217-パッキャラ魔道
- 作者: 舞城王太郎
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/08/17
- メディア: 単行本
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