今まで「経験」だとか「直感」で決められていたことに対して、数学を突きつけ戦略を決める時代が来ているというような内容。その背景にあるのは言うまでもなく年々増加している「データ」の圧倒的蓄積であり、そこから導き出されるパターン分析である。同様の本は、たとえば運を数学的に解説して見せた『科学する麻雀』やショッピングをパターン分析した『なぜこの店で買ってしまうのか ショッピングの科学』など色々あるけれども、本書はざっくばらんに多業界を斬って捨てている為に割と気持ち良い半面、「ほんとうかよう」と思わざるを得ないような胡散くささも漂っている。
たとえば本書では映画プロデューサーに代わってどんな脚本が興行収入を極大化するかを最新のモデルにしたがって決定する事例が出てくる。このモデルさえあれば、実際に撮影を一分だって始める前に脚本を見ただけで映画の興行収入の予測がある程度成り立つと言う。同時に問題点もみせてくれるとか。たとえば「舞台が多すぎる」とか言う風に。「アクションを一つの都市に絞れば、費用も抑えられるし観客も混乱しなくなりますよ」と、こういうことだ。
「ほんとうかよう」と思わざるを得ないのはこういう部分で、映画を取るたびに「あなたの映画には主人公にパートナーが足りませんね、このタイプの主人公にはひょうきんなパートナーを入れましょう。」「濡れ場がありませんね、塗れ場を最低でも4分間入れましょう」などと言って映画が創られ始めたら、それはもはや創作でも何でもなく工業製品を作っているのと変わらない。まあ、今でもそうなっているところは多いだろうけど、拍車をかけるのに間違いはない。
一方で、企業戦略を決める上でこのような数学的要素がいかに重要かと言うのも、よく伝わってくる。映画以外の例だと、たとえばカジノ。お客の平均年収と年齢を元に、「痛みポイント(どれぐらいスったら怒って帰ってしまうか)」を判定し、痛みポイントがたまったお客のところにはスタッフがかけつけていき、サービス券なりなんなりを渡して心地よくお帰りいただく。知ってしまえばはなはだ不愉快な話だが、いくらでも利用できそうな話だ。最悪数字をイジってちょっとかたせてやればいい。
また題名の受け入れられ方を判定するのにも、数学が役に立つ。たとえば本書のタイトル案は最初「The End of Intuition(直感の終わり)」だったけれど「Super Crunchers(絶対計算者たち)」のほうが良いかな、と思い実験にかけたという。そこでWEBページに、「データマイニグ」「数値計算」といったことばで検索する人達には、上の二つのうちどちらかの広告を提示し、どちらのクリック率が高いか調べたと言う。
結果は絶対計算者たちの方が63%上で、本書のタイトルは「Super Crunchers」に決定した。ちなみに僕がこの本で一番笑ったのは、このお話の最後につけられていた訳者注である。編集者に向けて凄い毒が向けられているのだが、これをこのまま載せて、しかもさらっとスルーしてしまう編集者もそれはそれで凄いと思う。これを引用してとりあえず終わりにしておこう。以下引用
(訳者注:ちなみに本書の邦題『その数学が戦略を決める』は絶対計算を使わず日本版の編集者の直感だけで決めている)。
- 作者: イアンエアーズ,Ian Ayres,山形浩生
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2010/06/10
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