基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ホワット・イフ?:野球のボールを光速で投げたらどうなるか by ランドール・マンロー

僕も書いているHONZというサイトでたいそう話題になっていていてもたってもいられずに買って読んだが、これがまあ滅法面白い。HONZは訳者解説などをサイト上で公開することがよくあるのだけど、この作品は訳者あとがきだけでなく内容の一部紹介を入れているのが当たった感じ。イラスト付きの本だから、本書の中でも飛び抜けて面白いイラストを載せるだけでぐっと惹きつけられる。honz.jp
著者はもともと大学で物理学をやってNASAでロボット工学者として働いていた筋金入りの物理系・工学系の人間。あらゆる分野へ理系的アプローチを適用し、読者が寄せるとんでもな質問に返答していく読者投稿サイトが本書の元になっている。一項目あたりが短く数ページから十ページぐらいで切り替わるので、興味があるものだけをぽんぽんと読んでいくスタイルも良いだろう。大本のサイトであるxkcd: Team Effort は元々日本でも大いに話題になっていた人気サイトで、アメリカでもベストセラーリストに34週載り続けるなど大ヒットをとばしているようだ。

ホワット・イフ?:野球のボールを光速で投げたらどうなるか

ホワット・イフ?:野球のボールを光速で投げたらどうなるか

回答のレベルは勿論質問のレベルも高くて面白い。たとえばFacebookで死んだ人のほうが生きている人より多くなることがあるとすればいつ? とか。ありきたりな質問からは当然ありきたりな答えしか殆どの場合返ってこないのだから、こういうのは質問のセンスが大事だ。ただ本書もたまにはありきたりな質問を取り上げている。たとえば「太陽の光が突然消えたら、地球はどうなりますか? ──ものすごく大勢の読者」なんかはそれ。さすがに二回転半ひねりぐらい加えた回答で、太陽を失った地球にどんな利点があるのかをずらずらと並べ立てていくなど結果的に斜め上へボールを返すような内容になっている。

ちなみに架空の想定をしてそこに物理的な解を求めるってそれ、日本でいうところの空想科学読本でしょう? と思うかもしれないが、アニメや漫画や特撮や小説のような「フィクション」を多くの場合元ネタにする空想科学と比べると、読者からいろんな質問を集めるという点では間口も発想も広くなっている。その広さを実感させるものとして、ちゃんと答えているものとは別に変な(そしてちょっとコワい)質問というのも載せられていて、笑えるけど確かにコワイのがあって質問自体が面白いのだ。『質問. アメリカでは毎年何軒の家が全焼していますか? その数を大幅に増やす(たとえば、少なくとも15パーセントとか)一番簡単な方法は何でしょうか? ──匿名』⇐燃やす気だろお前!! 

『質問. もしも人間に車輪があって飛べたなら、どうやって飛行機と区別したらいいでしょうか? ──匿名』⇐こいつ頭は大丈夫か? 『質問. アメリカ合衆国を完全な廃墟にしてしまうには何発の核ミサイルを打ち込まねばなりませんか? ──匿名』⇐Civilizationでもやったらどうだ? 『質問. 仮に僕が胴体をナイフで刺されたとします。そのとき重要な臓器には刃が当たらなくて死なない確率はどれぐらいですか? ──トーマス』⇐うーん……ハリウッド映画で、君が主人公なら90%ぐらいじゃないかな……サブキャラなら40%ぐらいじゃ…… ⇐の後のコメントは全部僕のものだが、まあよくもこんなくだらない質問を送ってくるものだな。

魂の伴侶が決まっていたら?

くだらない質問ばかり取り上げてしまったから、僕のお気に入りのやつを幾つかピックアップしてみようか。それ以外に紹介の仕方を思いつかないし。たとえば「もし魂の伴侶が決定されているとしたらどうなりますか?(偶然に決まり、世界のどこにいるかもわからない。さらにソウルメイト以外とは付き合うことはできないとしたら)」という質問への回答。まず過去の人間と未来に生まれてくる人間が伴侶である可能性を排除し、歳が離れすぎていないこと(2,3歳しか違わない)ことを前提にする。その前提の上で制限をかけると、ソウルメイトでありえる相手は約5億人いることになる。ここでは異性愛か同性愛かを区別していない。

 あなたは1日に平均2、30人の人と初めて会い、目と目を合わせると仮定しよう(かなり内向的な私にすれば、これはずいぶん多めの仮定だ。)その2、30人のうち10パーセントがあなんたとほぼ同年齢とすると、一生に出会う「ソウルメイトでありうる相手」は、約5万人となる。あなたには、「ソウルメイトでありうる相手」が5億人いることからすると、本物のソウルメイトを見つける可能性は一生かけて1万分の1となる。

これはかなり厳しい。1万分の1の確立でしか伴侶が見つけられない。人類はたぶんあっという間に滅びるだろう。この章ではこのあとそれじゃあつらいから目と目を合わすのをWebCameraでもなんでもつかって、機械的効率的にこなすとしたらどれぐらいの時間で全人類をマッチングできるかを計算しだすがそこまでしないと結婚できない世界はディストピアそのものだ。

迷える不死の人々

SFっぽいクエスチョンも面白いものが多い。たとえば2人の不死の人が、地球に煮た誰も暮らしていない惑星の、互いにちょうど真裏にいたとするとこの2人が出会うにはどれぐらいの時間がかかるだろうか? という質問。お互いがお互いに気がつくために1キロメートル以内に入らないと仮定し、1日12時間でたらめに歩きまわった場合の時間は3000年とまず簡単に算出している。とても出会えない笑 もちろん1キロメートル以内に入ったからといってお互いに気がつくわけがない。スタンド使いじゃあないんだから。

共通の目印を決めておけばもちろんいいだろうが、ここでは地球ではないどこか煮た惑星と限定されてしまっている。著者はそこで一つのアルゴリズム……というかただの方法だが、を紹介する。でたらめに歩きながら、歩いた跡がわかるように、目印になる石を置いていく。1日歩いたら3日休み、石には時々日付を記すこと。これなら相手がいる現在地にぶちあたらなくとも、相手の過去に通った場所にぶちあたればいつかは遭遇できるだろう。不死なんだから3000年でも10000年でも別にいいだろとは思うが、不死になって別の惑星に放り出されたら参考にしたい情報だ。

他にも「DNAがなくなったら?」とか、よくそんなこと思いつくよなと褒め称えたくなるような質問が目白押しだ。すぐ現れる変化は体重が150g減ることだが、その後腹痛、吐き気、めまい、免疫系の急激な崩壊が起こって数日か数日間のうちに死ぬ(当たり前だ)。とまあ、こうやってずらずらいつまでも紹介してもいいのだがキリがないのでやめておこう。イラストが豊富だからイラストだけ見ていっても充分に面白いし、くすっと笑いながら数々の「答えが見いだせそうにない難問」に「数学的な道筋をつけていく」ロジックの構築方法まで学べる、存外に深くて広い本でもある。