『当事者の時代』は佐々木俊尚さんが書いた最新の著作だ。テーマとしては日本における言論の危機について語っている。奇しくもほとんど同タイミングで発売された押井守の『コミュニケーションは、要らない』も日本の言論空間の空洞生を指摘していた。まあだから「今こそ言論について語る時である」とかどうというつもりもないのだけど。でもせっかくだからこれを機に考えてみるのも面白い。
どちらも本質的なところから「現状の言論敵劣化、危機はどうして起きたのか」を語ろうとしているが、結構言っていることが違うのが面白い。もちろんどちらかが間違っていてどちらかが正しい、という話ではない。恐らくどちらも正しい、というよりかは、問題は深く様々な分析の仕方があるだけの話だろう。ただし、結論は両者共に一致している。
しかしそもそも問題点はどこにあるのか。佐々木俊尚氏の方にのっとって書くと、こちらでは「マイノリティ憑依」という概念が提唱される。これはようするに、抑圧されているアウトサイダーたる少数派に、インサイドの側から勝手に立場を思いはかって代弁するような行為のことだ。そして被害者の立場から加害者を一方的に言論で叩く。
あまりにざっくりとしたまとめだが佐々木俊尚氏の著作に書いてあるのはこの「マイノリティ憑依」を主軸としたメディアの言論が今すでにうまくいかなくなっているとある。当然だろう。だってこの人達は徹底的に「代弁」しているだけなのだから、どうとでもいえるし、「あなたはどう思っているんですか」という問いに答えなくて良い。
責任を負わなくて良いのだ。これ程楽なことがあるだろうか? 同様の言論の劣化を押井氏も言っているが、こちらは原因を日本のこれまでの歴史と、言文一致運動による書き言葉の衰退による論理構築能力の消滅だと大まかにしている。根拠としては書き言葉は元々論理構築能力を必要とする物であり、これを書き言葉で書くことで能力が培われてきたのだとする。
この辺はもう少し勉強したいところではあるなあ。で、話はマイノリティ憑依に戻るが、これはその言葉からでは想像できないけど結構広い意味を持っている。
たとえば「がんばろう日本」もマイノリティ憑依の一種だといえる。がんばろう日本と言っている人間は普通に今までの生活を続けていて、ほとんど関係がないのだ。同様に原発反対と叫んでも「原発を廃止して変わりのエネルギーをどうするんだ」という建設的な議論をする人はほとんどいない。
首都圏にいる人間は首都圏にいる人間として、福島で起こったことにどうコミット出来るのかを具体的に考えるべきなのだ。「福島の人頑張って」といったって何も生まれないし前に進まないんだ。まあ、同情や何かをやったつもりになって自分の気持ちは満たされるのかもしれないけど。自分は当事者ではないのに、当事者の気分になっているだけ。
マイノリティ憑依はメディアだけじゃない。広く個人的なやり取りにまで広がっている。押井氏と佐々木氏で共通しているのは、こうした責任感なき意味のない言論がここまでの社会を蝕んできたということだ。まあでも当たり前の話で、誰もが「他者の代弁」をして「わたしには関係ない」という態度だったらどこにも実際の行動を起こしてくれる人はなくなってしまう。
それが今の状況なんだろうな。でも、当然このままでは破綻してしまうだろう。だからこそ今「当事者」たるべきが求められている、というのは容易く導き出せる結論だ。しかし難しい。責任を逃れたいから誰もがマイノリティ憑依してきたのである。
どのようにして当事者たるべきか。押井氏は過激だ。当事者たる為に死と対峙せよ! という。これは別に本に書いてあったことではないが、死と対峙した時に初めて自分が本当に何をやりたいのか、自分の人生でやっておきたいと自分が考えて、何を大切にしているのかがわかるからだろう。そうして初めて「わたしがどうしたいのか」がわかる。
逆に言えば、そこまでしないとなかなか「自分がどうしたいのか」「何を思っているのか」なんてわからないものなのかもしれない。良い絵の見分け方を思い出す。身銭を切って100万円で絵を買うと考えたらどれを買うか、と考えることで自分にとって良い絵がわかるという。100万円は大金だ、それだけのお金を払うのだから自分が納得して払える物を得たいと真剣に考えるだろう。
僕は自分の発言については無責任にならないように気をつけているつもりではいるけれど、結局は本の内容を紹介するという体で、他者の代弁をしているだけだ。変えていこう。まず、自分は何をどうしたいのかからだな……。離れようとしてわかる、他者の代弁の気軽さよ。
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