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監督稼業めった斬り―勝つために戦え! (徳間文庫カレッジ) by 押井守

この本については五年前に単行本を読んで記事を書いているんだけど、文庫化して改めて読んでみるとやっぱり面白い本だ。しかし五年前の記事って読み返すの恥ずかしいな。念のためちょっと開いてみたけど何かバカなこといってやしないかと怖くて読めなかった。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
この「勝つために戦え」シリーズは僕が物を考える上でずっとやってきたことについて明確に言葉にしてもらったという意味で非常に感謝し、今でも思い返すことの多い本である。書きおろしではなく、インタビュー形式で話が進んでいくが、インタビュアの方(映像作家の野田真外氏)がけっこうガシガシ突っ込んでいってくれるので随分情報量の多い本に仕上がっている。今回は監督編の文庫化ということで、押井守さんがキャメロンについて語り、三池崇史について語り、手塚治虫について語り、樋口真嗣について語り、北野武について語り、とまあいろいろな映画監督について「勝敗論」に基づいて語っていく内容だ。

増補分に現在のジブリについてだとか、今の映画興行における金銭的な限界などについて語っておりこちらも滅法面白い。まあメルマガをずっと読んでいるからそう目新しい話もないのだけど、何しろパトレイバーの実写をひと通りとって、ガルムも完成させてと大仕事を完遂させつつある状況だからその総括の意味でもちょうどいい刊行なのだろう。本書で語られていく監督への言質で面白いものをピックアップしていくだけでもいいんだけど、面白い所だらけなのでそれは読んでもらうとして。

僕がこの本を随分と評価しているのは「何について語るか」ちうよりもその「どこに注目して語るか」の部分で、それが要は押井守さんの「勝敗論」に当たる部分だ。これ、ものすごいシンプルな考え方で、だからこそ応用範囲も広いし、誰にでも適用できる物の考え方でもある。最初に読んだ時「これだ!!」とびっくりしたんだよね。「うまく言葉にできなかったけど、こういうことなんだ!!」って。その肝は、「自分にとっての勝利条件は何かを明確に決めなさいよ」ってこと。

たとえば映画監督で言えば、まあもちろん興行的にいえばかけた金の分だけ全体としてペイすれば勝ちだよねと一般的には思われる。しかしそれは結局のところ金を出した人間であるとか、プロデューサーであるとかの立場にいる人間が勝ったということにすぎない。アニメーター一人からすればその作品が売れようが売れまいが関係がなく自分のやったシーンが素晴らしい物に仕上がっていることが「勝ち」かもしれない。監督にとってもそれは同じ。監督の勝利条件が「映画を作り続けること」「映画で新しいことを試みること」であるとすれば、興行的な成功は別に絶対条件ではない。ペイしなくても、あるいはトントンでも依頼されれば映画をつくれるのが監督というものだからだ。

押井守さんの良いのは、それを完全に自分で体現しているところだ。たとえば彼が監督について語ったり、自分の仕事のやり方やスタッフへの接し方、自分のつくってきた作品について語る部分は「それはどこまで本当なんだろうな」と疑問に思う。他所の監督語りも面白いが、事実性については割り引いて考えるべきだ。それでも話のロジックの肝の部分はきちんと達成しているのが信頼に値する。たとえば映画をつくりつづけること。毎度映画に発明を入れていること。やりたいことと、自分がそこに対してどれだけのリソースを投入できるのかを判断して、できることで最大限効果を発揮するのは何かをよく把握している(ように見える、としか素人にはいえないが)。クレバーだなと思うし、非常に効率の良い仕事と、生き方をしていると思う。

裏がどれだけどろどろしているにせよ、表に出ている部分については充分目指すに値する人生だ。※下記幸福論で生きる決心をしたから、映画を心中する気はないと語りファンが聞いたら悲しみますけどねと返されたことへの返答

押井 いや、全然OKでしょう。僕はべつにファンのために生きているわけじゃないもん。僕にはもはや何の義務もないんだから。娘は僕より稼ぎのいい亭主(小説家・乙一)と結婚したし、奥さんは僕が死んだって一生困らないだけの貯金もしてる。ガブ(押井家の愛犬)も死んじゃったし。そうすると個人の幸福に生きるしかないじゃん。一日三時間でそれなりにキレたいい仕事して、同じぐらい一所懸命に空手やるぞっていうさ。それが今の自分の勝敗論だもん。依然として僕が健康でいる限り、僕は映画を作り続ける条件を持ってるもん。大ヒットしなくたってOKだから。

でもこういうのって、結構難しいんだなと最近他人をみていて思うようになった。「自分は何をやっていたら幸せなのか」「何がやりたいことなのか」「それを達成するためには何をしたらいいのか」というのを、あんまりみんな厳密に考えていないみたいだ。僕は自分の幸福、やりたいことについては10段階ぐらいで、最低限これだけあれば幸せであるというラインと、これだけあれば最高に幸せであるというレベルを細かく分けている。そして自分の能力と積み上げていける物を自堕落さも含めて計算して、ある程度の部分は達成できるように日々を過ごしている。

今まで自分がやってきたことについて、失敗も含め何一つ後悔はないし、毎度毎度とり得る最高の選択肢をとってきたと思うし、どんどん幸せになっている。どれだけ失敗しても最低限の幸せさえ担保できると思えばある程度のチャレンジもできるし、そういうリスク判断は瞬時にできる。どこまでが自分がリスクをとれる範囲なのかって、別に金銭的な物じゃあないよね。ホームレスになったって図書館があれば幸せに生きていけるんだって言う人がいるんだったらその人がとれるリスクは随分と大きいし、家があって配偶者がいて子供がいなきゃ人生は幸せじゃないっていうんだったらその人がとれるリスクは相対的に小さい。

それだって物凄く細かく勝利条件というか、「幸福のレベル」を考えているからできることだ。自分にとっての勝利条件が何かわからなければ自分の勝利条件とは関係のない、他人の勝利条件に言われるがままに付き合うハメになる。自分が持っているリソース(どれだけ努力できるのか、あるいは努力できないのか。特定分野においてどれだけの能力があるのか、あるいはないのか)を把握できていなければ無謀な計画を立ててそのたびに失敗する。ようは「身の程を知れ」その上で「最大の戦果を獲得できる方法論をよく考えろ」ってことなんだよね。自分探しとかじゃなくてさ。

そういう「いかにして幸せに生きるのか」という本当に本質的な部分をこの「勝つために戦え」シリーズからは言語化してもらった。このシリーズだとやっぱり、監督編は押井守さんの専門領域だけあっていちばんおもしろいと思う。おすすめの文庫だ。

監督稼業めった斬り―勝つために戦え! (徳間文庫カレッジ)

監督稼業めった斬り―勝つために戦え! (徳間文庫カレッジ)