なんかほんとに良い映画だったんですよ。さっき観てきたんですけど。サマーウォーズや、時をかける少女をつくった細田守監督の最新作です。見終わった時にチンケな表現なんだけど、心が洗われるような気分になった。よく花粉症の時とかに、眼を取り出して洗いたい〜みたいに言うけれど、心だけ取り出して洗ったらこんな感じになるだろうなっていう爽快感。
お話は予告編を見ていたぐらいで、どうやら家族の話らしい、狼男と普通の女の子が結婚して子どもが生まれたら、二人共半人半狼だった、どうやって人間社会で生きていこうっていう話のようだってこと程度の情報しか知らなかった。なので「なんか暗そうだなあ」とか「うじうじしてそうだなあ」と、どうにもストーリー的には乗り気じゃなかったんですよね。
でも映画館で映画「おおかみこどもの雨と雪」予告3 - YouTube⇐予告編をみたら、人間の子どもの形から狼の形に一瞬で切り替わって、それで雪山を走り抜けていく映像があまりにも気持ちが良くて、いてもたってもいられなくなって見に行ってきたら、これがもう大当たり!。
主軸としては子育ての話なのです。主人公の花が、19歳で狼男の彼と出会い、子どもを産み、彼は残念ながらなくなってしまうんですけど、花は女の手ひとつで子どもたちを育てていきます。だからこれは19歳から、32歳までの、13年間を書いた「母親の物語」です。
13年間を2時間程度の映画で描くっていうのは随分手間で、結構段取りがめんどくさかったりするんですよね。あんまり物語的にもわかりやすい盛り上がるどころがある作品でもありませんから。たとえばサマーウォーズみたいに「危機が迫っている!」っていう作劇では、全然ない。でも非常に淡々と割と日常的に大変なことがあるし、面白いことや喜びもあるんだ。
そして段取り──本作で言えば、これは子育ての物語だから、基本的には花と狼男の彼が出会い、子どもを産みまくるところまでは段取りなのだが、そこが結構めんどくさい。その後も当然彼が亡くなってめんどくさいことが次々と起こり、結構フラストレーションがたまる。僕の恐れていた「うじうじしたつまんねー映画」になるのかと思った。
でもそのあと、田舎に引っ越すんですよね。都会じゃあ何もかも高いし、金がないし、そもそも子どもたちがちょっと感情が高ぶったりするとすぐ狼になっちゃうから自由にさせてやれない。だからほとんど何もない田舎に引っ越して人とかかわらずに過ごそうとするんだけど、ここからの解放が凄いんだ。
狼が山の中をかけまわり、雪が降ったら全身でダイブしてかけずりまわる。最初に紹介した予告編に出てくる雪山を駆けまわるシーンがこれで、僕はこの場面が見れただけで何千円でも払っていいとおもった。素晴らしいシーンだ。でもこの解放感も、そこまでの溜めと鬱屈した状況があったからこそ映えてくるのだ。
あといやらしいぐらいに自然を書き込んでくるのでちょっとひいたんだけど、でもそれもまた良いのかなと思った。例えば最初、花と子どもたちが住むことになる家を紹介される。その時点では、家はまるで廃屋のようなのだ。「どう考えても住めっこない」と思うのだが、花はそれを手を傷だらけにしながら修復していく。みるみる直っていく家をみると普通に感動した。
そういうさ、「なんてことないんだけど日常で生きていくために必要な作業」の場面が当然全部は描けないんだけど、がんばって描いてある。「自然回帰っぽくてひくなあ」と思うのと同時にでも「いいなあ」って思った。どうなんだろう。この辺のバランスって難しいな。「もう今になって田舎暮らしで農業とかもないでしょ」っていう思いもある。
でも僕も実家の岐阜に帰ったりするとと少し農作業を手伝うんだけど、あれって結構楽しい。自分の身体と地面が直結している感じがある。すくすくと育っているのもきもちいし。だからどうにも微妙なんだよなあ。でもこの映画で瓦屋をがんばって直したり、踏み外した家を必死に板を打ち付けて直したり、トマトをがんばって実らせようとするのには映像的に共感した。
花っていう主人公が良いところは、自分が泥だらけになったり傷だらけになったり、つまり身体をつかって自然を感じることを厭わないキャラクターなんだってところなんですよ。だって予告編をみるとわかるんだけど、雪山を走り回っているのは二人のおおかみこどもだけじゃない。母親である花もまた走っているんだ。元気に走り回る女の人ってみてて気持ちがいいよ。
ここで花がおおかみじゃないし〜わたしにんげんだし〜といって家で待っているんだったら、全然おもしろくないってことはないだろうけど、爽快感がだいぶ減っちゃったと思う。花も一緒に走り回って、雪山を全身で転げまわっているからこその解放感ですよ。ここは何度書いても足りないぐらい素晴らしかったもの。
細かい表情とか演出もいちいち素敵でした。特に表情はねえ、最高。「悲しい時でも笑う」っていうキャラクターなんですよ、主人公の花は。だから最初の方はとても悲しい場面でも、無理して笑ってるんだ。考えてみれば悲しい時でも笑い続けるっていう彼女はだいぶ人間として歪んでいるんだよね。でも途中から、本当の意味で楽しくて笑えるようになってくる。この表情の深化っていうか、機微が、みていてとても気持ちがいいんだ。
サマーウォーズとか時をかける少女は、僕はどっちも観てるんですけど、観終わった後に「あ〜おもしろかった、さて今日の夜ご飯は何かな」ってすぐ忘れちゃうような話なんですよね、僕的には。面白いしよく出来ていると思うけど思い返して「あそこはああだったなあ」とか「世界を思い返して浸る」みたいなことはない作品だった。
本作は観終わった後どうも残るんだよね。要所要所の表情とか、時間経過の演出とかが。演出は言葉で説明するわけにはいかないんですけど、圧巻でした。雪山を走るシーンがすごいって書きましたけど、演出はまた別の意味ですごい。演出とはちょっと違うかもしれないけど、一点。子どもは本作では比喩ではなく普通に狼と人間なのだが、実際の小さい子供も動物のような傾向があって、そういう比喩的な意味でも成功していたと思った。
概して素晴らしい作品で傑作出会ったと思うが、花はやはり理想的すぎるなあ。家事全般が完璧で、苦学生でアルバイトを二つ掛け持ちしながら奨学金で大学に通う。本が好きなおとなしい性格で友達もほとんどいないにもかかわらず、授業でみかけたイケメンに自分から猛アタックしてあっという間に付き合って子どもを二人も大学在学中につくっちゃう(笑
もうこの時点で「どういうことだよ!!!」ってツッコミをいれたくなったのだがまあいい。しかもそのあと健気に子育てして、必死に狼のことも勉強して、子どもには無限の愛を捧げつつ身体中傷だらけにして農業やったり雪山でかけずりまわったりするんだから、狼男がいることよりこっちのほうが何倍もファンタジーにみえる。男の方もなんかやたらクールでかっこいいし、なんなんだこいつ(笑)
圧倒的なストレス耐性および超前向き精神構造を持つファンタジーな花のおかげで彼女等が暮らす田舎暮らしまでも超絶バラ色の世界のように見えてくる。それがさっき「うーんいいようなだめなような……でもとりあえずぼくはいい」というような微妙な感じになってしまった自然のところだ。もっとも別に本作は「自然に帰れ」といっているわけではないんだから考え過ぎなのだが。
でもきっと、理想として描いたんだろうなあ。理想の母親として。僕は良い子育てとは何かについてはあまり難しいことを考えていない。ただ自分の実体験として、たとえ手段としての子育てが間違っていても、「子どものしあわせをねがっている」っていう圧倒的なひとつのメタ・メッセージが子どもに届けば、勝手に良い方向に育つんじゃないかなあと思っている。
そういうなんていうのかな。気持ちの積み重ね。小さい描写の積み重ね。表情の変化の積み重ね。溜めと、解放、優れた細部が集積して、とても豊かな作品になっていると思いました。時をかける少女や、サマーウォーズとはまったく別のタイプの物語。話は気にくわないっていう人がいるかもしれないけど、絵の素晴らしさとしては万人に勧められます。傑作でした。
※1日後追記 い、いかん……夜が明けても考え続けていたらどうもこの理想家族にあてられた……。「こいつらはこんなにがんばって身体を使って人生に喜びを見出しているのに僕ときたら……」という負の思考回路が……。あまりにも理想が高すぎて死にたくなってきた。でもなあ、こういうのを観て死にたくなるんだったら、どちらかといえば問題があるのは死にたくなる人間の方なのだろうな。
だって人間その気になればどこにだって住めるし、生きていけるんだから。まあ戦地とか未開の地とかにいったら死ぬが。この映画で書かれていることは、おおかみこどもを産むっていうことを除けば、がんばれば実現できることだし。どんなことでも「こうしたい」っていう望み、思想がなかったら何も始まらないし、出来ないってことを考えれば、「てっぺんを描いた」ことの意義はあるのかもしれない。
でも随分つらくなったよ。