基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

天冥の標6 宿怨 PART 2:小川一水は人間が想像したことのない世界へ走り出してしまった

今、滅茶苦茶に広い宇宙のどこかで、人間が死んだり生きたりしている間もまるで関係をもたず、予想もつかない形で展開を続ける意識体が存在していたら──そしてそれが我々の太陽系にやってきて全く異なるそれぞれの目的を果たし始めたら、それに人間が巻き込まれたら──どんなに面白いのだろうか。とそんなことを真面目に考えてしまうのは僕の頭が湧いているからなのかもしれないが、しかしSFの面白さとはこのように現実を拡張したところにある。ありもしないことを考えること。文字列によってディティールを積み上げまるで本当のことのように思わせて興奮させること。

これは小川一水による『天冥の標』シリーズの、第六弾(第六冊ではない)なのでもはや新規に紹介をするつもりはないのだが、いちおう段取りとして。本シリーズは小川一水による十巻本として幕を開けた。小川一水が持てる力の全てを注ぎ込んだSFを創ったらどうなるのか、という問いかけから始まった本作は、「全ての力」がまったく誇張ではないことを、驚きとして一巻ごとに思い知らせてくれる。

その物語も今や第六弾の、PART2だ。PART1を読んだ人はそれが500年に渡って虐げられてきた救世群の革命の狼煙だったことを既に知っているだろう。本作はつまり、待ち望んだ革命そのものである。それもちゃちな革命ではない。地面に張り付いて、銃声が響くようなありふれた戦争ではない。想像力を使って綿密に構築された宇宙空間上の戦争だ。それも小勢力の小競り合いなどではなく(地球と月の戦い、のような)、全人類への宣戦布告という破滅的なスケールでの戦争なのだ。

戦争を宇宙に持ちだした時に、何が問題になってどういう解決法があるのかっていう細部の詰め方が凄くて感動して泣ける。たとえば戦場が地上から宇宙へうつって問題になるのは敵の探し方だ。探知が必要な距離は地上であればせいぜい1千キロのところが、1万キロ、10万キロに跳ね上がる。『レーダーの反射信号は対象までの距離の四乗に反比例して弱まるので、原理的に、一万キロ用のレーダーは百キロレーダーの百万倍のパワーを必要とする。』燃える。産まれてきたことに感謝するレベルで面白い。

宇宙は広く勢力はバラバラになっているが、宇宙のどこにも僕らが一冊ないしかけて読んできた主人公たちが、もしくはその子孫たちがいる。そして未来も。本書で書かれている2500年の時代から300年先の未来も知っているが、そこに至るまでの過程はわからない。

『どんな星も結局みんなブラックホールになる』、しかし本当に重要なのはその過程。一巻で明かされた2800年に向かって、欠けていたピースが今、次々とハマりつつある。そしてこの革命、戦争だ! 宇宙世紀を書くというアイデア、そして各陣営に焦点を当てて一作ごとにまったく別々の時代、人々を書く本作を追いながら、実はずっとこれを待っていたのだ。

様々な人種が入り乱れて、500年にも渡る「歴史」を断片的にとは言え、細部まで含めて書いてきたこの物語が、真に面白くなるのは戦争なのだ。

なぜか? 僕たちは今このシリーズをここまで追いかけてきて、ラヴァーズたちの思惑、救世群の救われなさ、アンチオックスの未開拓な地を求める精神性、そして作中のほとんどが気付いていないその起原の物語、人間が気付いていない「被展開体たち」のそれぞれの思惑を、全て知っている。これらはばらばらに展開していただけだったが、太陽系全てを巻き込んだ戦争が起こることですべてが「関係者」になるのだ。

誰に感情移入すればいいのかわからない。あっちにもこっちにも思い入れのある子孫かもしくはその人がいるのだ。そして、未来にも。かつてありとあらゆる宇宙戦争ものが書かれてきた。しかしこのような形で多面的に、先行のSF史を踏まえた上、それらがごちゃまぜにした形で歴史に放り込まれた一大SF史実は存在しなかった。何千年もの歴史を細部までディティールを詰めていくこの根気はすごすぎる。

凄く面白いシリーズを小川一水は書いていると思っていたが、とんでもない思い違いだった。凄く面白いどころじゃない、かつて比肩するものがないぐらい面白い作品を書いている。小川一水は誰も想像したことのない世界へ走り出してしまった。もう絶叫すればいいのか、驚けばいいのか、呆れるべきなのかもわからない。*1

全人類への宣戦布告、何千艦といった規模での艦隊戦、宇宙要塞がある時代の戦闘方法、陰ながら支援し、人間の技術レベルを引き上げる異性知識体、500年にも渡る怨念、そして未曾有の危機に出現する、ずっとむかしから存在した謎の超兵器・ドロテア・ワットの存在──。ただのキーワードが、どれひとつとっても胸が騒ぎ出すのが本シリーズの凄さだが今巻のそれは異常だ。

ワンピースぐらい売れればいい。
小川一水のワンピース!!(全力を注ぎこんだ的な意味で)──天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ - 基本読書
天冥の標 2 救世群 - 基本読書
歴史を目撃せよ──天冥の標 3 アウレーリア一統/小川一水 - 基本読書
天冥の標Ⅳ: 機械じかけの子息たち - 基本読書
天冥の標Ⅴ: 羊と猿と百掬(ひゃっきく)の銀河 - 基本読書
天冥の標6 宿怨 PART1 - 基本読書

天冥の標6 宿怨 PART 2 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標6 宿怨 PART 2 (ハヤカワ文庫JA)

*1:本文をネタバレにならないよう改変しています