天冥の標? 青葉よ、豊かなれ PART1 (ハヤカワ文庫JA)
- 作者: 小川一水
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2018/12/27
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログを見る
ちなみにこの記事では未読者向けの紹介など全然なく、完全にPART1の内容はネタバレしていくのでそんなかんじで……。9巻まで読んで僕の頭を支配していたのは「人間、ちっぽけすぎワロタ」で、次々と明かされる宇宙に存在する究極存在たちと比べて人間はあまりにも端役にすぎ、もうどのように行動しようとも幸せな未来は訪れないだろ……と思わせる状況だった。何百年も続き、ヒト自体が多様化していった世界での一旦の”共闘”がなった。さらにはイサリが、何百光年も離れた場所まで惑星一個を動かした《救世群》の底意地と行動力に希望を見出したとしても、いかんせん戦力という戦力があまりにもかけているではないかと、そう思っていたのだが……。
この10巻PART1を読み終えてみれば、エンルエンラ族とコルホーネン勢力の途方もない大戦を勝利で終え、しかも意外なことに彼らが恒星間を舞台にしたグレート・ゲームの様相と技術力をかなりの部分しっかりを把握していることが明らかとなり、ノルルスカインとカルミアンがメニー・メニー・シープ人として正式に覚醒し、生命の最適増殖相である〝覇権戦略〟を握られた上でそれにどう対抗すべきなのかという〝思想〟の一端が明らかになり──と、これは本当に本当に人類は──人類という枠組みをとっくに超えた何かは──新しい形での生存ルートを導き出してしまうのではないかと、ようやく信じられるようになる下準備が整った巻だったといえる。
あとはざっくり感想
各章それぞれ怒涛の展開をするので取り上げきれないのだけれども、とにかくディティールが楽しい巻だった。謎めいた存在だった硫黄種族炎竜炎螺、全長500メートルやら2キロを超える超巨体な竜についての描写の数々。『全質量が竜となった硫黄天体の暴走。それは、超銀河団諸族がこの種族を最初に認めてから、何度となく目撃してきた、この種族特有の第一接触手順の発動だった。』『全身を駆動させて進む五百メートルの金色の竜を、八百メートルの竜が追い越し、一千メートルの竜がさらに追い越す。中には二千メートルを超える巨体を悠然と滑らせていく個体もある。』
そんな特殊な〝竜〟の生体から思考、戦型の描写までを凄まじい密度で凝縮しながら、宇宙を舞台にした人類軍との艦隊戦に一気呵成に雪崩込み、相手の情報能力の測定とそれでもなお殺すだけの超火力を叩き込む流れにはもう発狂しそうなぐらい興奮する羽目になった。しかもそんな変態じみた描写をやってのけながら、同時に高次元への干渉を計算に組み入れたもっともらしい宇宙理論をリリーの考察を通して語ってみせ、宇宙に住まう全生命の危機とそれに関連した恒星間スケールの技術を語りながら、様々な年代を行き来し、何十人規模の人間のドラマも同時に描き出してみせるのだから、そんなことはもとより知っていたことではあるが、尋常な筆力ではない。
全体像がみえてきた
しかし太陽系人類の300年やリリーらの正式参戦によって勢力図がわかりやすくなってみると、超複雑な勢力図に見えていたのが思ったよりもシンプルな流れだったことがよくわかる。そもそもこの銀河系を襲いつつある脅威勢力がおり、人類は太陽系の端っこでその影響を受け争いが勃発し、操作された結果ではあるものの内輪揉めの結果としてほぼ人類滅亡状態に。《救世群》+MMS人は移動惑星と化したセレスでカルミアンらの母星へ向かいつつあり、カルミアンらが戦っていた脅威とカルミアンらに真正面から向き合うことになる──と、比較的簡単に要約できる状況だ。
そうしてこれまでの流れを振り返ってみると、とにかく人類のしぶとさ、その強さ──単純な力の強さではなく、差別から逃れられずとも、そこからしなやかに復帰し幾度も結合と分離を繰り返ししながら、憎しみや悲しみに耐え、自分より明白に強い敵へと向かっていくことができる強さ──がとりわけ印象深く浮かび上がってくる。昨年刊行されたニール・スティーヴンスン『七人のイヴ』の二巻に、小川一水さんの帯コメントとして「人類、生き抜きすぎにもほどがある」と載っているのだけれども、その言葉は天冥世界の人類にもふさわしいものだろう。どれほど追い詰められたとしても生き延び、どれほど悲惨な状態に陥っても、それでも尚希望を見捨てない。
非染者と《救世群》、ほかさまざまな名前を名乗り、さまざまな名前で呼ばれ、さまざまな勢力に分かれては合一する、小さな小さな人間たち。
これは、こちら側の最大の弱点だ。風が吹くたびに押しひしがれ、あちらへこちらへとなびく、気まぐれで、か弱く、柔らかな、考える葦の群れ。
これがわからない。
これがなにかの役に立つのか? この熾烈で無慈悲な、百億ジュールの熱量が小石みたいに飛び交う宇宙の戦場で、誰かに一矢を報いられるのか──それ以前に、ここに我らありと、存在を示してのけられるのか?
わからない。
わからないが──そのボテンシャルだけは、無視しえない。彼らはとにかく、生き延びた。半年にわたる、絶望にしか満ちていなかった夜を耐え抜き、その手に光を取り戻して……今また、手を繋ぎ合わせようとしている。それまで考えもしなかった相手と。
今巻ではラバーズらの出番はほとんどなかったが、恐らくは覇権戦略を覆すものとしてその繁殖についての思想が重要になってくるのだろう。今月と来月、とにかくなんとか死なないように日々を過ごすしかない。リリーのメニー・メニー・シープ人としての覚醒、これまで隠密に徹してきたノルルスカインが突如フル回転して情報戦に突入していく興奮、宇宙空間での竜との戦闘、その戦争が所詮小競り合いであると判断せざるを得ない、さらに強大な恒星間大戦の判明──と、とにかく好きなシーンがありすぎて読んでて頭がおかしくなりそうだった。待とうぜ次巻!!!!!!!!