何かとどうでもいい話題で最近盛り上がっていた日本SF作家クラブですがこれは多分そのクラブの何十年目だかのお祝い本みたいですね。まえがきもあとがきもないのでよくわかりませんけど。新井 素子,上田 早夕里,冲方 丁,今野 敏,堀 晃,山田 正紀,夢枕 獏,吉川 良太郎,山本 弘,宮部 みゆき,瀬名 秀明,小林 泰三 らがSF短編を寄せあっていまして、SF短篇集としてはけっこういい出来。粒ぞろいです。
ざっと総評的に感想を述べると、「これからの未来社会」を書いた作品が多かった印象。まあ「それがSFだろ」といわれるとまったくもってその通りなんですけど。「今と地続きの、ちょっと未来を書いたもの」といった方が意図が伝わりやすいかな。たとえば新井素子さんの話は未来の人類は第六感としてみな自分の五感の延長線上としてネットに接続するのが当たり前になった世界で、それを持たないで生まれてきてしまった人の話。
上田早夕里さんの短編はけっこう面白いけど意識についてのノンフィクション的な挿話がうまくなくて満足度は低い。
山本弘さんの短編『リアリストたち』はほとんどの人間が肉体的接触をやめ仮想空間上で自分の好きなように生活している未来を書いた作品で、状況設定がおもしろい。そしてその中で作品を発表している女の人に向かって、作品について仮想空間上の生をどちらかといえば否定する「リアリスト」の人間に現実での接触を求められて──というあらすじ。
これなんかは未来に確実に起こりうる話だと思う。仮想空間で現実より楽しく、しかも充実して過ごせるんだったら現実にいる必要なんて無い。こどもだってなんだってリスクをとらずにうみだすことができる。本作がどのような答えを出すのか(あるいは出さないのか)はお楽しみとして、状況は面白い。
宮部みゆき『さよならの儀式』はロボットを中心に扱った短編で、ロボットと人間の関係の変化は長谷敏司『BEATLESS』にも通じるものがある。ロボットと人間の違いはなんなのか、ロボットに心があるのか、といった今までずっと語られてきたテーマだけど、演出がうまくてさすがだなあと読みながら唸る。
とこの辺が「今と地続きの、ちょっと未来を書いたもの」テーマ群だろうか。あまり多くないな。その他は今野敏は空手を中心に据えたシンプルな時間物短編、瀬名秀明はなんとも不思議な神話を中心にしたSF、夢枕獏は相変わらずで──といったところだけど、個人的に大熱狂したのが冲方丁の短編『神星伝』
世界観はまったくの未来世紀、宇宙を舞台にしているのに使われる言葉は時代小説をアレンジしたような独自の漢字の組み合わせで、かつ英語も導入されていて言語とテクノロジーがごちゃごちゃ。刀に陰陽道が未来世紀木星で展開され巨大ロボットまで出てくる。一言で言うならば巨大ロボット陰陽スペース・オペラ&サイバーパンク時代小説といったところだろうか。
天地明察、光圀伝、ファフナー、マルドゥック・シリーズに女の子の萌えキャラクタ的な配置は明らかにライトノベル的文脈の女の子流用でライトノベルからの経験まで援用して「冲方丁の意味不明な経歴すべてをぶち込んだ結果カオスになった短編」としかいいようがないのだが、これがハイレベルに融合しているのでアッパレ=ナリ!
しかもこれ、明らかに「壮大な物語のうちの一端を見せましたよ」という内容になっていて、いずれ長編として発表されるのではないかと思ってわくわくしている。なにしろこの物語の終わりは、長い戦乱の時代が幕を開けるところで終わっているからね。
これは読まねばその凄まじさがわからないたぐいの、設定ではなく「文体の力」がすごい作品なので興味がでたら読んで貰いたい。※すべてをぶち込んだと言ったが、でも考えてみると予想以上に冲方丁の幅は広く、ばいばい、アース、カオスレギオンなんかのファンタジー要素はあまり入ってない。言い過ぎた。
それとは別に、個人的に大好きなのが小林泰三の『草食の楽園』。作品の系統としては同著者の『天獄と地国』に連なる物だと思う。とにかくバカバカしくテンポの良い会話劇と、ぶっ飛んだ宇宙世界の設定が相変わらずキレキレ。本作では主人公は宇宙を不本意にも漂流してしまっているのだが、なんとか小惑星帯にある謎の居住惑星に不時着。しかしそこはなんと「悪人のいない世界をつくるために新しい世界をつくる、その実験惑星」だった。
たとえば地球は既に悪人というか自分が有利になる状況だったらズルしてやろうと考える人間がいっぱいいるから善人を増やしても意味が無いが、最初から無垢な人間だけで世界を構築すればそこは誰もが幸せな楽園になるだろうという無茶苦茶な発想で、これもまたなんとも適当な話運びなのだが「無垢な理想の世界」を体現している人間と外から不時着した人間との理屈のズレっぷりが愉快だ。
これも長編化しないかなあ。あとは名前をここではじめてしった吉川良太郎さんの作品は黒猫が世界の終わりまで残っている話で(ひでえ要約だが)、その話のすっ飛ばし方とそこに至る演出が素晴らしい。あとSFといえば猫であり、そして黒猫であると考えてしまうのは僕だけだろうか。夏への扉と敵は海賊ぐらいしか該当作品が思い浮かばないけど。
とかなんとかそんな感じで、粒ぞろいの短編アンソロジーだったとおもいます。よかったよかった。SF短編を読むと生き返るなあ。