基本読書

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国家はなぜ衰退するのか:権力・繁栄・貧困の起源 by ダロン アセモグル,ジェイムズ A ロビンソン

制度の違いが国家の繁栄と衰退の道筋をわける。

著名人、ノーベル経済学賞受賞者などから絶賛の言葉が帯に載せられていてひたすらに目立つし上下巻ということもあって大著の印象を受けるが、実際中身も相当すごい。著者らが十年以上時間をかけて進めてきたというだけあって非常にシンプルな結論を幅広い時代、国に適応してシンプルな結論が生み出した結果を細かく検証していく。問いかけはこの世界の裕福な国々と、貧しい国々とを隔てる格差は何からきているのか、ということ。

本書の結論は非常にシンプルで、収奪的な政治・経済制度では経済は後退し、包括的な政治・経済制度では経済は成長可能になるというものだ。収奪的、包括的な政治制度とは何かというとこれがけっこうあやふやなのだけど一応こんな感じで把握している。⇒包括的な政治・経済制度とはまず第一に民主主義であること、所有権を強化し、平等な機会を与えられ、新たなテクノロジーやスキルへの投資を促される。また政治権力は幅広く多元的に配分され、法は確実に遵守され政治的中央集権化が達成されたものだ。

一方収奪的制度とは多数の持つ資源を、少数が搾り取る構造だ。所有権を保護しない、不正は横行し多くの場合配分は平等になされない。一部の権力者が富を強制的に牛耳ってしまうため経済活動へのインセンティブは起こらない。収奪的政治制度は権力を少数の手に集中させるため、その少数の手のものは自分たちの力をさらに伸ばし、自分たちの権力を確かなものにしようとする悪循環に陥る。

本書が示すのは、ある国が貧しいか裕福かを決めるのに重要な役割を果たすのは経済制度だが、国がどんな経済制度を持つかを決めるのは政治と政治制度だということだ。

勘違いしそうだけど包括的制度=民主主義というわけではない。民主主義は包括的制度の十分条件のようなかんじなのかな。ようは数多ある包括的制度のひとつでしかない。民主主義制度を敷いている国であっても、他の制度がすべて収奪的であれば発展はないと考えていいだろう。正直言ってわりとあやふやな言葉で、何でも良さげな制度を取り込んでしまうような懐の深さがある。

こうした考え方を実際の歴史に応用していくと次のようなことが明らかになっていく。イギリスや合衆国のような国が豊かになったのは、権力を握っていたエリートを国民が打倒し、包括的制度に則った社会を構築したからだ。エジプトよりイギリスが豊かなのは、イギリスが政治・経済を変える革命を起こしたからだ。エジプトに産業革命とテクノロジーが広がらなかったのは、その国がオスマン帝国の支配下にあり、収奪的政治制度の中にあったからだ。

地理的にほぼ同じ場所を占めているメキシコとアメリカで貧富の差があまりに大きいのは、二つの国を隔てる制度の違いである。日本が急成長しGDP世界第二位になったのにその間中国が沈んでいたのは、ペリー来航によって日本では明治維新が起こって、より包括的な制度へと全面的な改革が行われたからだ。その後中国は発展したじゃないか、今もしているじゃないかと思うが、本書では「収奪的制度下での成長はありえるが、それは持続可能なものではない」として繰り返し中国の成長はこれから止まることを強調している。

中国は衰退するのか

権力者が固定化され制度をそうした上流の人間が支配している場合、創造的破壊の進行は抑えられる。印刷技術やインターネット技術が下々の人間にまで平等な情報をもたらしたように、新たなテクノロジーは既存の体制を破壊するから、規制しようとするのだ。ここ数十年の中国の繁栄は、それでも経済制度については包括性を増す方向に舵を切ったことと、取り戻すべき遅れ、国民一人あたりの収入が今まであまりにも低かったために達成されたのだという。

そうはいっても中国では未だにメディア規制が激しいし、国営企業と競合してしまった民間企業にはさまざまな問題がふりかかり、国営企業のトップの机には必ず赤い電話がおかれていてその電話がなるのは党が企業に指令をだすときだなどというエピソードもある。ようはまったく自由ではない。発展の役に立っているのは技術の輸入、低価格工業製品の輸出にもどついたプロセスでありイノベーションは付随していない。

収奪的制度から包括的制度への移行はどのようにして可能なのか

そして中国が衰退していくだろうと結論付けるのは、そうした収奪的制度をいつまでも中国が捨て去らないからだ。しかしどうすれば、収奪的制度から包括的制度に移行して繁栄することができるんだろう。本書はそこについて明確な答えを与えてくれるわけではない。『だが、そうした移行をたやすく達成する処方はないことも、私たちの理論では最初から明らかだ。』

第一に収奪的制度には悪循環がある。一部のモノが力をにぎると、一部のモノはその力をつかって自分たちの基盤をさらに強固にできるので、さらに崩されにくくなる。トランプゲームの大富豪みたいに。さらにはそうした状況が変わるのは──たとえば日本で明治維新が起こったように、ペストが起こってイギリスの人口が半分になってしまって制度の変革が迫られたように、歴史の偶然的な要素が必要になってくる。

つまり政策提言としては役に立たないが政策分析としては役に立つ。誤った方向へ舵をきらないように。問題はそうした包括的制度下にある国でも別に順風満帆なわけでもないことだけど──まあ収奪的制度化にある国と比較して考えれば何倍かは豊かだ。南朝鮮北朝鮮の発展の違いを見比べるまでもなく。

疑問点

本書では最初の方でジャレド・ダイアモンドなどが提唱している地理による条件の違い(農耕のしやすさ、厄介な病気の発生率など)は現代の格差を説明する根拠にはならないと批判している。北米が南米より繁栄するようになったのは、産業革命の技術や成果を熱心に取り入れたから出会って、地理的特質を指摘しても無駄である。なぜならどちらかといえば南米の方が有利だったからだ。

うーんでも僕が思うのは、この本でいうところの歴史的な偶然の要因はそうした地理的な要素や資源の問題が深く関わってくるよねってこと。そこを否定してもしょうがないでしょう、というのがまず一つある。たとえば天然資源があまりに豊富にあるとその呪いにかかってしまって工業化や発展が遅れる……本書でいえば制度がうまく育たないってのは、資源の有無がその分岐点になっているのは確かだと思うし。

一方で本書はあくまでも問題をそこまで広くは捉えていないだけで、この疑問点は今回は取り上げられていないだけということはあると思う。収奪的制度下にある社会と、包括的制度下にある社会の違いといったシンプルな比較を通して、細かいところを取り落としたとしても客観的な筋道を歴史に打ち立てようとしている。

だからといって明らかに相互補完しあっているはずの資源説や地理説をぶった切ってしまうのはどう考えてもいいやり方ではないけれど。⇒What Makes Countries Rich or Poor? by Jared Diamond | The New York Review of Books その批判された当人であるジャレド・ダイアモンドreview。正しい部分は正しいと認めながらも、地理的資源的な差異を強調している。

制度説もだいたい50%は説明できてるんじゃないかな、みたいな。

Perhaps they provide 50 percent of the explanation for national differences in prosperity.That’s enough to establish such institutions as one of the major forces in the modern world.

おわりに

そうはいっても重要で示唆に富んでいて非常に面白いのはいうまでもない。僕なんかジャレド・ダイアモンドの本を読んだ時も「うわーすごいなー」と思うぐらいしかなかったものな。あと貧乏人の経済学 - もういちど貧困問題を根っこから考える - 基本読書 の話のような、地道な小さな市場の失敗要因をひとつずつつぶしていこうとする話を批判的に書く。『だが、問題は、それらの小さな市場の失敗は氷山の一角であって、収奪的制度下で機能する社会のもっと根深い問題の症状にすぎないかもしれないことだ。』

ようは根っこにある問題を解決しないと表出的な問題を解決したってしょうがないよねって話。また開発援助関連でも実際に援助対象に届くのは援助金の10パーセントからせいぜい20パーセントにすぎないといわれ援助金流用容疑は何十件にもおよび、そもそも資金がちゃんと届いたとしても制度がダメだったらさっきも言ったけどほぼ意味ないよね、みたいな身も蓋もない話も出てくる。

 ここに大切な教訓が二つある。第一に、対外援助は、こんにち世界各地で起こっている国家の破綻を処理する効果的な方法ではないということだ。効果的とはとても言えない。国家が貧困のサイクルから抜け出すには、包括的な政治・経済制度が必要だ。 (中略)第二に、包括的な政治・経済制度の整備がカギとなるため、現在提供されている対外援助の少なくとも一部をそうした整備に使うのは有用だろう。

対外援助が効果的でないのはさっき書いたとおり。10パーセントか20パーセントしか届かない上に給料の高い先進国の職員が関わらなくちゃいけなくて無駄が多すぎる。そして制度が変わらないと末端に金がいったところで終わりのない泥沼のまま。制度の整備としては、権力をできるかぎり分散させて意思決定プロセスに参加できるようなことがあげられるが、これもまたさっき書いたようになかなか難しい。

わりと悲観的ではあるものの、制度さえまっとうに変われば繁栄するという理論を提示したわけでもあり、とても楽観的であるともいえる。あとはそれをどう活用し、あるいは検証していくのかといったところか。良い本であるのは間違いなし。

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源