基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

社会科学者らが立ち向かう困難──『歴史は実験できるのか 自然実験が解き明かす人類史』

歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史

歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史

  • 作者: ジャレド・ダイアモンド,Jared Diamond,ジェイムズ・A・ロビンソン,James A. Robinson,小坂恵理
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2018/06/06
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログ (2件) を見る
科学において実験というのは重要な手順だが、そうはいっても実験できない領域というのもまた存在する。進化生物学、古生物学、地史学、歴史など、すでに起こってしまって大規模な再現が不可能である場合があるからだ。また、現代の歴史学者は経済発展について知りたければパソコンで調べればGDPなどのデータが手に入るが、18世紀の経済発展について知りたくてもデータがないのでそうはいかない。

そのような学問領域では、現実に発生していた、多くの部分が似通っているが一部が異なったシステム同士を量的に比較・分析する研究手法が用いられている。それが本書の書名にも入っている「自然実験」と呼ばれるものだが、本書はそうした比較研究法の紹介として11人の執筆者による8つの研究がまとめている。専門的な内容ではあるものの、こうした比較研究手法でいったい何がわかるのか。そして検証する上で落とし穴はどこにあるのかを丹念に拾い上げており、一般読者としてもなかなかおもしろい内容。編著は『銃・病原菌・鉄』のジャレド・ダイアモンドと『国家はなぜ衰退するのか』のジェイムズ A ロビンソンの両名で、それぞれ一章を担当している。

分子生物学者、物理学者、化学者、天文学者と比べ、社会科学者は残念ながら曖昧な概念を研究しなければならない。(……)しかし、私たち社会科学者が関心を抱くのは、人間の幸福、動機、成功、安定性、繁栄、経済の発展などだ。幸せを測定するための計測器をどのようにして作ればよいだろうか。人間の幸せは、モリブデン〔高融点金属のひとつ〕の原子のように明確に定義できず、重量を測定するのも難しいが、それでも理解して説明することの重要性は勝るとも劣らない。

社会科学者らはあの手この手を駆使して、「人間の幸せの操作化(概念を定量的に測定可能な変数として定義すること)」のような困難な作業に立ち向かわなければならない。

自然実験ってたとえばどういう感じなの?

「自然実験ってたとえばどういう感じなの?」と疑問に思うかもしれないのでわかりやすい例として、ジャレド・ダイアモンドの研究を紹介してみよう。ひとつはハイチとドミニカ共和国の比較である。この二国はイスパニョーラという島を分割して統治としており、西側3分の1がハイチ、東側3分の2がドミニカ共和国のものである。

要するにこの二国は地理的・環境的・民族的に同じ場所を占めるが国家体制や制度が異なる理想的な「境界に関する自然実験」環境になっている。それも両国の発展段階に特に差がなければ意味がないが、おあつらえ向きにハイチは世界の極貧国のひとつに数えられるほど貧しく、逆にドミニカ共和国は一人あたりの平均収入はハイチの6倍に達しており、ようは発展段階に大きな差がある。つまりこの両国の差を詳しく比較検討していけば、繁栄に関わる条件、制度などがわかってくる可能性がある。

両国の間で異なる条件ついて軽くまとめると1.島内の環境の違い(ハイチ側は乾燥しており、森林破壊の進行が速い)。2.植民地の違い。島の東側はスペインが植民地化し、西側はフランスやイギリスやオランダの海賊に支配され、人口の85%が奴隷になった。逆に東側のスペインは他所で大きな利益を生み出す植民地を確保したので、人口の10%程しか奴隷の割合は増えなかった。3.奴隷を大量に運んでくるフランス船は帰りに森林を伐採して持って帰ったせいでハイチの森林破壊が進行した。

また、4.連れられてくる奴隷はさまざまな言語を話したせいでハイチの人々はコミュニケーション手段として独自のクレオール言語を発達させたが、そのおかげでハイチは言語的にほかの場所から孤立した。対するドミニカ共和国では奴隷が増えなかったため限定された言語は生まれず、圧倒的多数の国民がスペイン語を話す。さらには、独裁者として統治した人間の違いも発展の大きな違いとして比較検討されていく。

これは両国の違いのうちのほんの一部に過ぎないが、それでもハイチがなぜドミニカ共和国と比較した時に突出して貧しいのかという理由がみえてくる。

おわりに

他の実験・研究についてもざっと紹介しようと思ったがかなり説明が入り組んでいて大変になってきたのでここらでやめておこう……。古代ポリネシア人らが入植した太平洋諸島がそれぞれ大きく異なる歴史を辿ったのはなぜなのかを解き明かす第一章「ポリネシアの島々を文化実験する」とかおもしろい実験ばかりなので、ぜひ読んで確かめてみてね。ある島では権力闘争が絶えなかったが、ある島ではそれが起こらなかった、それはなぜなのか──とかミステリィの出だしみたいでおもしろいし。