本屋のしごとは過酷だなあ。
『傷だらけの店長: 街の本屋24時 (新潮文庫)』はどこかの本屋店長であった伊達雅彦さんによる書店奮闘記。傷だらけの店長という名のタイトル通り、上がらない売上に、万引きに、いらいらさせる顧客に、ずいぶん手ひどくやられている。僕自身本屋でアルバイトしていたことがあったので本屋で正社員として働くということがどういうことなのかはある程度わかっているつもりだったけれども、そうかー思った以上に過酷だなー。
複雑怪奇で意味不明、破綻しきった流通システムに、Amazonやその他電子書籍といった外部要因からくる売上不信。どっからどうみたって、悲惨な話だがもはや本屋に未来なんてない。僕は本屋がとても好きだが(じゃなかったら最低賃金のような時給でアルバイトなんかしない。)、仕事にしようなどという楽観的な思いには結局最後までならなかった。
一アルバイトとしての立場であれば仕事はずいぶん楽しかった(もちろん人によるだろうが。)。本が読めるわけではないが、本好きからすれば毎日運ばれてくる新刊は自然と自分の好きな本、好きそうな本のチェックにつながるし本屋に日々滞在していると発見も多い。何より本に囲まれて、本を並べて、客からの問い合わせも本のことで、あらゆる場面で本と接して仕事をしているのだからなかなかに幸福な日々だ。
「売上」と「労働時間」という事実さえ絡まなければ……。大雑把にいえば前述のような理由で、正社員、特に店長はつらいだろう。そのつらさが十全に本書には練りこまれている。毎日毎日大量の新刊が運ばれてきて、それを店にだし、同時に不要な在庫を返品しなければならない。小売じゃ土日は当然休めない。必死に働いて一日の仕事をさばいても売上があがらないとなればもうどうしたらいいのだろう。
本が好きで書店員になった。本が好きな気持はいまも変わらない。しかし本が本当に好きなら、書店員になるべきではなかったのかもしれない、と思い始めている。
本書はだいたい一遍につき10ページ程度の、極々短いエッセイ集になっている。その中で万引き犯を殴ったり、アルバイト募集を出して見向きもされなかったり、近場に大型書店ができてあっという間に売上が下がったりというさまざまなエピソードが綴られる。すごいな、とおもったのが、自身の内面まで含めてどれも赤裸々に語られていくことだ。
「この人の下では絶対に働きたくないな」と思ってしまうぐらい自分のかっこよくない部分もさらけ出しているのでそこが本書の価値だとおもった。たとえば、この人、めちゃくちゃ偏屈である。アルバイト募集エピソードでは土日祝祭日全部出てもらいたい、サービス業なら当たり前だ。といって古参のアルバイトにそんなんじゃ受け入れてもらえませんよと諭されたりする。
もちろん店長は「本が好きで時給が低かろうが土日祝祭日が潰れようが関係なく働いてくれる」人間を求めているのだからそれでいいのかもしれない。「委細面談」でだまくらかして入れてしまえばいい、という話に騙し討ちするようでできない、とする誠実さと、その思考の頑なさの相反する感じが実にいい。
また、滅茶苦茶気が短い。無料求人誌にだしたら「時給も低いし他の条件もいいとこないし……」と文句をいわれ、「うちはさ、おたくが言うような、そういう、広告にも載せられないような条件でやってんだよ。」と掲載を逆に拒否してしまう。「そんなん、どうだっていいじゃねえか」と思うがやけにプライドが高い。万引き犯も殴っちゃうしね。恐ろしいなあ。
そうやって必死に店を維持していても、売上が上がらなければ存続などできない。世知辛い世の中である。僕もこの前学生時代に毎日うろうろして巡回していた本屋が閉店するというので、その前に最後に買っていこうと行ったりもした。気が付かないうちに閉店していた本屋もある。買った本、探し求めていた本をついに見つけたときのこと、金がなくて立ち読みで一冊読みきってしまったことなど(駄目だが)全部思い出として残っている。
本屋というのは、誰にとってもある程度は特別な場所なのだと思う。どこにいったって地域に1つぐらいは本屋があるものだし(東京近郊にずっと住んでいる人間の思いあがりかも知れないが)そこで買った本が素晴しかろうがつまらなかろうが、そのまま本屋の思い出につながる。ようは恋愛で言えば「出会った場所」にあたるわけだからそこが特別な場所になるのも当然か。
だからこそ本書で、著者の勤務する本屋が閉店するところも涙なしでは読めなかった(ネタバレしてしまった(事後報告))。必死に仕事をして、何もかもつぎ込んでもうまくいかないということはある。しかしなんとかしようとするその頑固一徹な進み方と(だからこそ傷だらけになっていくのだが)その誠実な対応に自然と頭が下がった。
たいへん面白かった。
- 作者: 伊達雅彦
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2013/08/28
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