『ねずみに支配された島』というタイトルだけ見て意味不明だったのでスルーしようと思ったのだが、著者が『捕食者なき世界』のウィリアムソウルゼンバーグだったので読んだ。レビュー書いてないけれどそっちも面白いのでぜひ。原題は『Rat Island: Predators in Paradise and the World's Greatest Wildlife Rescue』。ねずみに支配された島もちょっとどうかと思うけど、副題を消されちゃうと何の話だか全然わからなくなってしまうんだが……。
どんな本かといえば、捕食者とそれによる希少な種の絶滅、その救助を扱っている。生物というのは人間が関与しようがしまいが勝手に絶滅していくもので、適応できないものは死んでいくのがこれまでの生態系のメカニズムだったわけだが、人間の関与によって今、歴史上まれな速度でガシガシ生物が絶滅しているのは多くの人が耳にしたことがあるだろう。
狩りすぎて殺したり、環境を破壊して殺したり、食い過ぎて殺したり、ラットやネコを本来存在しなかったところへ持ち込んで島の生態系を無茶苦茶にしたりする。生物の進化はさっき書いたように「生き残ったやつが勝ち」理論で発生していくので、それまで捕食者が存在しないパラダイスでのうのうと暮らしていたところに狩る能力を持った捕食者が現れると、意外なほどあっけなく絶滅する。防御機構がそなわっていないヤツラなのだから当然のことだ。ネコやネズミの侵入によってこの世に存在していた飛べないにぶちんの鳥たちはあっけなく絶滅してしまった。
オオカミと野ウサギは太古の昔から死のダンスを踊りつづけてきたが、ネズミとニュージーランドの島は互いを知らずに進化し、最後の一瞬で、ひとつのところに投げ込まれたのだ。しかもその舞台は、大陸の見晴らしのよい広大な草原ではなく、閉ざされた小さな島々である。
原題のRat Islandは、ネズミしかいない島の俗称というわけではない。ただ単に島の名前がRat Islandなのだ。その島で行われた、生態系を守るための大規模なネズミ掃討作戦のお話が本書のメインストーリー。ただそこに至るまでの過程として、ニュージーランドの生態系が破壊されてきた過程とか、いかにあっけなく生態系が破壊されるのかを描写していく。これが、面白い。生態系がいかに微妙なバランスの上に成り立っていて、横合いから別の生態系で殴りつけるといかに脆いのかがよくわかるようになっている。ほんと、笑っちゃうぐらい簡単に絶滅するんだよね。
ニュージーランドのある島で、船で紛れ込んで大量に増殖してしまったネズミの駆除に大量の猫を導入したら野生化、ウサギを連れて行ったらこれも増えすぎ牧草を食べ尽くしヒツジが大量に餓死。それならばとウサギを駆除するためにイタチを導入したらウサギよりも狙いやすい、飛べない小さい鳥を襲い始め軒並み絶滅させ、ウサギは生き延び、ヒツジは死に続けた。結局人間が生態系をなんとかしようなどという考えはおこがましいものだ──なんてことはなく、「あいつを根絶やしにするためにあいつの天敵を導入しよう!」という安易な考えで実行してうまくいくほど生態系はシンプルではないということだ。
たかだかネズミでしょ? 鳥を殺せるわけ? と思っていたのだがネズミ、強い。二十匹以上のネズミが自分より何倍もデカイアホウドリにとりついて肉を食いながら殺したりする。恐ろしい。飛べる鳥ですらガシガシ殺されるのだから、飛べない小さなにぶちんの鳥なんかあっという間だろう。しかもデカイネズミは本当にデカイ。殺すのも骨が折れる。薬剤をつくろうにも保存性を高めるために防腐剤を入れたら絶対に食べない。アリやゴキブリに食べられないように殺虫剤を加えても食べない。
添加物が十億分の一……五万三〇〇〇リットルのプールに一滴の塩素を加えるのに等しいが、それで気づく。即効性の毒だと、気づかないで食べた仲間のネズミが死ぬのをみて食べちゃダメだと学習する。弱者として過ごして期間が長く、それでも生き残ってきたのは伊達ではないということだろうか。様々な危機管理スキルと、増殖速度で生き残ってきた。攻撃力だけでなく防御力までしぶとい奴らだ。
人間の仕業で様々な箇所にネズミやネコが広がった世界で、ネズミに殺されてしまう生物の居場所は多くはない。だからこそニュージーランドの島々でネズミの大規模な「根絶」作戦が結構されるまでになっているのだ。数十匹も残っていたらあっという間に繁殖を繰り返し増えてしまうので文字通り「根っこから絶やす」必要がある。ヘリからのネズミ殲滅用に特別に考えられた毒餌散布、その後人員を大規模投入して島の隅々まで薬剤を散布するという徹底した焦土作戦によりRat Islandはネズミを根絶することに成功する。 しかし問題はネズミだけではない。ネコもヤバイ。
地上に営巣する鳥の群れでは、ネコによる大虐殺が延々とつづいた。ニュージーランドのラウル島では、一八〇〇年代には数十羽いたセグロアジサシが、ネコが侵入したせいで一九九〇年代までに消えた。ペンギン、ウミツバメ、アホウドリが生息する亜南極の野生地区、ケルゲレン諸島では、ネコによる殺戮のピーク時には一年に約百二五万話の海鳥が犠牲になった。大西洋中央にあるアセンション島では、ヨーロッパからの入植者が持ち込んだネコのせいで、二〇〇〇万羽ほどいた海鳥が二〇世紀までに二パーセント以下になり、生き延びたものは険しい崖や沖合の離れの岩にしがみつくしかなかった。
ネコがいない世界で暮らしていた生物たちはネコがきて驚愕しただろう。どうやっても逃げられない捕食者と同じカゴの中に入れられるなんてイヤだ。恐ろしい歯、飛び出す鋭利な爪、飢えていなくても遊びで攻撃してくる残虐性、広い動作範囲、運動神経。こちらはさすがに毒餌で殺すわけにもいかず、一流のネコハンターと夜通し打ち続ける狩猟者、優秀で高価な狩猟犬でネコを狩りまくることになる。だがそうした対策がとられるのも一部の地域だけだ。ネコはかわいいしね、テキサス州では希少な鳥をおいかけている野良ネコを撃ち殺した男が捕らえられ、全米各地に野良猫に餌をやる組織が存在する。当然日本にだって。
希少だから守って、害悪だからネコやネズミは殲滅するのかという反論もある。大絶滅が起こる? 過去にも大絶滅は何度もあった。その原因が人間になっただけで、人間は好き勝手に生きればいいという考えもあるだろう。じゃあ、希少な種がガンガン絶滅していくのを放っておきましょうか? とかんがえるとそれもどうかなあ。結局人間なんて物事に介入しないなんてことは不可能で、存在するだけで生態系に影響を与えるのだから、開き直って自分たちの信じる道に殉じるしかないとは思う、問題はそのバランスだ。
楽園に捕食者が突然あらわれたときのさまざまなケーススタディといったかんじで、まとまりにかける。が、生態系のもろさとか、ネズミやネコといったプレデター側の能力、希少種のエピソードなど読んでいて純粋におもしろいものが揃っている。
- 作者: ウィリアムソウルゼンバーグ,William Stolzenburg,野中香方子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2014/06/13
- メディア: 単行本
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