基本読書

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温暖化に動植物はどう対応してきたのか?──『温暖化に負けない生き物たち:気候変動を生き抜くしたたかな戦略』

気候変動で地球がヤバいとは近年しきりに言われるところである。温暖化で人類の生活が苦しくなるだけならまだしも、それ意外の動植物たちは環境に翻弄されなすすべもなく絶滅してしまう──かといえばそうともいえず、意外と移動したり適応したり避難したり進化したり、様々な形で「生き延びる」動植物がいる。

本書『温暖化に負けない生き物たち』は、気候変動によって「絶滅していく動物」ではなく、むしろ急速に変化していく環境に、現在の動植物が「いかに適応してきたのか」を解き明かしていく一冊だ。現在の推定によればい驚くべきことに”すべての”生物種の25〜85%が、その分布を移動させているという。

それだけの数の生物が一斉に移動すると生態系にはどのような変化が起こり得るのか? 生態系は一種のみで成り立っているわけではないから、その変化を推定するのは一筋縄ではいかない。本書はその複雑な糸の絡みを、丁寧に解きほぐしていく内容になっている。どの動植物の適応の事例にもミステリーの解決編のような意外性があり、最近読んだ中では群を抜いておもしろいノンフィクションだった。

 本書を通して、気候変動は憂慮すべき問題であると同時に、好奇心をかきたてる事象でもある、という私の考えに同意していただけたらうれしい。問題解決の第一歩は、みなが関心を持つことだ。(p16)

著者は保全生物学者にして『羽』や『種子』、『ハナバチがつくった美味しい食卓』など自然・生物系ノンフィクションの書き手の名手として知られるソーア・ハンソンであり、その筆致は愉快で安定感がある。気候変動に興味がある人にはもちろん、生物系ノンフィクションが好きな人にもよく刺さるだろう。超おすすめだ。

どのように対応しているのか?──移動

さて、では具体的にどのように動植物は気候変動に対応しているのか? といえば、そのもっともわかりやすい例といえるのは「移動」といえる。植物はともかく、動物は何らかの手段で動くことができるのだから、自分たちにとって最適な場所に移動すればいい。より暑くなったのなら北へ、寒くなったのなら南へ。山に住んでいて暑くなったのなら、シンプルに山頂の方に移動すればいいのである。

たとえばニューギニアの中央高地にあるカリムイ山で行われた鳥類の分布域の調査では、最初に調査が行われてから50年も経たないうちに平均気温が0.39℃上昇した。これは人間的には大差はない数字だ。しかし、鳥の分布域をもう一度調査すると、上限も加減も平均で100数十m上昇していたという。周辺が開発されたからじゃない? と思うかもしれないが、その地域の環境は50年前とたいして変わっていない。

最初に全生物種の25〜85%がその分布を移動させていると書いたことからもわかるように、こうした事例は無数にあげることができるし、移動するのは鳥だけじゃない。オーストラリアアスナロガンガゼ(ウニ)は海洋温暖化が南下するにしたがって、オーストラリア大陸から240km以上も移動してタスマニアの東海岸へとたどりついた。

一般的に、生物の移動にはシンプルな傾向がある。気温が上昇すると生物は北半球では北へ。南半球では南へと移動する。また、山地のような傾斜地に暮らす生き物は、標高が高いところへと向かう。しかしこの法則でおもしろいのは、いくらでも例外であったり、別の法則を見つけられるところにある。たとえば米国の森林局によって行われた森林資源調査では、特定の地域では温暖化に伴って樹木が「北」ではなく標高が変わらないか、むしろ低い「西」へ向かっていることがわかった。

理由としては、単純に動植物にとって快適な環境の要因が「気温」だけではないことが挙げられる。このケースで重要なのは「水分量」だ。気温が上昇すると大気中の水分量が増え、雨や雪や干ばつの発生頻度や時期に関係してくる。分析によると、西に移動した樹木の原因として大きな影響力を持っていたのは、気温の上昇よりもその地域における利用できる水分の多さだったのである(すべての樹木に当てはまる話ではなく、研究対象となった樹種の場合)。樹木の移動速度と距離が一番大きいのはアイオワ州など中西部の州で、そこでは年間降水量が15ミリメートル以上も増加していた。

アイオワ州のレッドオークやホワイトオークは10年で17km以上も移動し、アメリカアサダはそれ以上の移動速度──10年で34km──を示している。ここからわかるのは動物だけでなく、植物も柔軟に環境に適応している事実だが、植物の移動にはその種子を運ぶ動物たちも関わってくるから、その要因を解き明かすのは簡単ではない。

ミステリーのようなおもしろさ

様々な移動・適応・進化の事例が紹介されていくが、中にはミステリーのような驚きがもたらされるものもある。本書中で最も記憶に残ったのはジョシュアツリーという樹木についての研究だ。ジョシュアツリーは気温に直接的に反応してその分布を変え、寒冷期には現在のメキシコあたりまで南下し、気温が温暖化すると北上してきた。しかし、最終氷期以後は、その移動パターンが現れなくなってしまった。

現在ジョシュアツリーは北方への拡大は行えていない。なぜジョシュアツリーはある時までは気温の変化に応じて移動できたのに突然できなくなってしまったのか? その理由を知るためには、ジョシュアツリーについてもっと知る必要がある。この樹木は背が高く、動物を惹きつけることを意図した果汁が豊富な果実をつける。しかし、それはかなり高いところに実るので、それを直接食べる動物は現在いないらしい。

では、どうしてジョシュアツリーは大量のエネルギーを費やして果実を作るのかといえば、答えとしては「かつては果実を作る意味が存在していたが、今はもうないから」というあたりになる。マンモスと同じ頃に絶滅した動物に体長が3メートルと大型のシャスタオオナマケモノがいるが、こいつは高い位置に実るジョシュアツリーの実を食べるにはうってつけの存在だった。実際に糞の山の化石から、頻繁に食べていたこともわかっている。そして、ジョシュアツリーの移動が止まった時期は、シャスタオオナマケモノが絶滅した時期とぴったり重なるのである。

つまり、かつてジョシュアツリーはシャスタオオナマケモノに果実を食べてもらって北方から南方まで広い地域を移動していたのに、シャスタオオナマケモノが絶滅したことで移動が不可能になってしまったのだ。実は落ちることでラットなどのげっ歯類に食べられるが、彼らが分散してくれるのはせいぜい年に2メートル程度に過ぎず、ジョシュアツリーは今死に向かっているという。

おわりに

気候変動に対応する手段は移動だけではない。たとえばハリケーンの発生頻度が高い地域で生息するトカゲは足の指球部が大きい(その方が葉っぱや木にくっつきやすくなるので)ことがわかっているし、フィンランドに生息するモリフクロウの体色は灰色のものが多かったが(長い冬で雪がずっとふっていると灰色は隠蔽色になる)、温暖化に伴って積雪が減り始めたことで、過去50年で褐色型の頻度が200%近くも増えた。

スコットランドのチョウも計測できるほどに翅を動かす筋肉が発達して、移動距離を延ばしていて──と数々の事例から明らかなように、動植物たちもみな、時にはその体を変化させ、環境に対応しつつあるのである。ほーん、適応できるんならいくらでも温暖化させてええやろ、となるわけではないが、本書を読むと自然というものがいかに力強いものなのかと感動を覚えることだろう。

3月にしてすでに今年ベスト級のノンフィクションであった。