Ivo Stourtonは日本では既訳の本はあるのかな? Ivo Stourton 翻訳で調べても出てこなかったけど、まああまりメジャーな作家ではないことは確かだろう。2007年にデビューした後、これまで『The Night Climbers 』と『Book Lover's Tale 』の二冊を出していてこの『The Happier Dead』は三作目。ゾンビ物かな? となんとなく表紙のイメージから勝手に読み取って読んでみたが、完全に誤読で、サイエンス・フィクションサスペンスミステリみたいな感じ。The Great Spa というロンドンの端っこにある特殊な場所で起こった事件を、探偵役の男が追っかけていくうちに大騒動に巻き込まれていくというお話になっている。
時代が2035年で、人間は自分の身体を若返らせることが出来るようになっているが、精神までもが若返るわけではなく長く生きているうちに精神が耐え切れなく鳴って何らかの精神病が発症してしまうぞ! なんてこった! という設定がある。この設定で面白いのが、この施設はそうした精神までもが若返ることのできなかった金持ちの年寄り共が、new-youngとして自分たちがもっとも輝いていた頃を思い出して魂を癒やそうぜという施設なんだよね。ようは見た目は若いけど精神はジジババの精神的療養所なわけだ。とんでもな設定のようにも思えるが日本人だっておっさんになっても失われた青春を求めて学園モノアニメやライトノベルを摂取し続けているのでなんか納得してしまう。
しかも設定的に「魂の療養」とまで銘打たれているので、全員失われた青春を全力で取り返しにきているとしたら、ライトノベルにありがちな「なんかやたらとキラキラしている青春劇」が繰り広げられるのではないか。つまり、ジャパニーズライトノベルの設定として流用しても面白いんじゃないかと思った(ありがちな学園モノだと思ったら最後に魂の療養として行っていたジジババ達だったとオチがくるとか)。まあでも身体だけ若い精神的年寄りが青春をやり直している場所ってかなりグロテスクではあるよね。実際書いたとしてもホラー風味にしないとちぐはぐになってしまいそうだ。
どうせ不死になったんだったら若さの再演なんかしないで一度目の人生で達成できなかった更に先へ到達するような前向きさがあってほしいものだけど、実際身体が若返る方式の不死(しかも金がある)だと延々と家でごろごろしているかだらだらしかやりたいことがないかもしれない。不死になってまでやりたいことがごろごろだらだらって、それは最強のニートだよね。
簡単なあらすじ
そんなNew-Young達が療養しているところでゲストに事件が起こった、といって赴くのが主人公の警視さん。全体を通してよくわからないところではあるが、この警視さんは基本的に単独行動をとるんだよね。わりと無茶苦茶なことがこの後も起こっていくんだけど、基本的に一人で行動し続ける(そして何度も命の危険に陥る)ので、「この世界の警察は組織的行動を理解しているのか……」と疑問に思う。そうした「それはないんじゃねえの」というツッコミどころがちょくちょくあって、微妙に乗り切れないんだよなあ。あらすじじゃなかった。で、本格的な調査を始めるまでもなく一人の男が捜査線上にあがっている。管理人のAli Faroozで、もうほぼほぼこいつで決まりだろうという雰囲気が流れていく中主人公は違和感を見つけていって「こいつは犯人ではないんじゃ……」という疑惑を育て更なる調査に走ってゆく……。という感じ。
またこの違和感というのが「犯人は右利きなのにこいつ(Ali)は左で文字を書いている!!」みたいな物凄く微妙なもので「いや……文字を書くほうが利き腕とは限らんじゃろ……僕も文字はどっちだって書けるし……」となんか微妙な気分になるんだけど。というか正直に言っちゃうとこの作品、主人公周りの描写がどうにも面白くはないんだよなあ。正義感あふれる警察というよりかは、捜査の為に脅しもするわ襲われた時に相手を撃ち殺すわ、ほとんど問答無用で無実の人間を殴りつけるわで無茶苦茶な人間として描写されている。これは明確に彼の中に善と悪が同居している描写なのではあるが、善の部分が家族思いとかその程度なのでなんだか全然バランスがとれていないように見える。というかめちゃくちゃ悪いやつ……悪く言えばアホにみえてしまってつらいのだよ。ステレオタイプで魅力がまったくない。
ソレ以外の部分はなかなか面白いんだけどね。たとえば事件の謎が明らかになっていくのと同時にSF的な設定が開示されていくところとか、そもそもの世界設定であるとか。ああ、そんな世界なのね、という実像が謎の解明と密接にリンクしているので、どっちも気になってしまいリーダビリティは高く、ぐんぐん先に進む。
若返ることが出来る世界の主要なテーマ
実際に若返ることができるとして、まだまだ技術が未発展で莫大な金がかかるということだといろいろなひずみが生まれてくるものだ。たとえば死にたくないからといって次の生のための金稼ぎで一生がなくなるとか。でもそれ以上に問題なのは、階層の固定化だろう。金は金のあるところに集まってくる道理なので、金持ちが死なずにいつまでも金を所有し続けると経済が回らないどころか社会の階層が変わらない可能性がある。金持ちは金があるからずっと生き続け、金持ちになれない人間は金がないから死に続けるなんて明るい未来ではない。本書では途中、ロンドンで大規模な暴動が起こる様が描写されていくが、恐らく下敷きになっているのは2011年にイギリスで発生した貧困層の黒人男性が警官に射殺された事件である。階層の固定化への反発は不死の観点以外からみてもありふれているものだということだろう。日本だとあんまり表には出てこないけど。
またテーマ設定として面白いのは「長すぎる生をどうやって生きたらいいのか」というところにもある。現代の我々は不死ではないが、ほんの数十年前とくらべても平均寿命は格段に伸びているわけで、それが何を意味しているのかといえば余暇が単純に凄く増えたってことだ。仕事を引退した後の時間がとても増えた。そうしたぽっかりと空いた、これまでの人間はそこまで体験して経験談を残してくれていない「長い人生の過ごし方」について本書のような社会設定が教えてくれるものは多いように思う。The Great Spaは過去の良き日をもう一度というコンセプトなので時代設定まで明確に決められていて(1970年代後半ぐらいだったけ)、他の場所からは完全に分離された空間として企画されているんだけど、今後はそうした施設も増えてくるんじゃなかろうか。
完璧な作品というには程遠いが、なかなかの意欲作ではなかろうか(著者は明らかにこの文章を読まないと思うと超上から目線になってしまう)次作が楽しみな作家ではある。
- 作者: Ivo Stourton
- 出版社/メーカー: Solaris
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