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近未来における技術開発の役割と、潜在的な影響の探究を描き出すSF傑作選──『シリコンバレーのドローン海賊』

この『シリコンバレーのドローン海賊: 人新世SF傑作選』は、『近未来、そしてそれほど近くはない未来における技術開発の役割と、潜在的な影響の探究を使命としている』SFアンソロジーシリーズの一冊になる。たとえば表題作は「配達用のドローンを狩る」人々を中心にした、近未来にありえそうな情景の物語だ。

サブタイトルにある「人新世」とは何かといえば、人類はその経済活動によってあまりに地球の気候を変えてしまっており、その兆候はすでに地質にも現れるようになっている──として提唱されている「新しい地質年代」、すなわち現代のことだ。その出自の関係上、人新世は気候変動と絡めて語られることが多い。だが、過度な気候変動をもたらす要因になった資本主義システムや社会の在り方について問う文脈で使うこともあり、本作では様々な形でこの人新世の時代、その行く末を描き出している。

わたしたちがやりたかったのは、将来気候変動とともに生きる自分たちの暮らしがどのようになり得るかを、そうなる可能性がどれほど高くても、それがどれほど希望がないものであっても、垣間見せることだった。教育は、子育ては、家庭の築き方は、日々の暮らしのちょっとした物事はどんなふうになるのだろうという問いを、わたしたちは投げかけた。(p.13 編者による序文)

僕がもともと「近未来とそこで扱われるテクノロジーをリアルな未来予測的に描き出す作品」が数多あるSFジャンルの中で一番好きという前提はあれど、本書は近年のSFアンソロジーの中でももっともしっくりきた一冊だ。至近未来、近未来を現代文明にたいする批判も兼ねて文明の進展が一度スロウダウンした世界として描き出す作家もいれば、肯定も否定も抜きにシンプルに変化した世界として描き出す作家もいる。希望もあれば絶望もあり、一冊通してたいへん楽しませてもらった。

シリコンバレーのドローン海賊

最初に収録されているのはメグ・エリソンによるドローンを扱った短編「シリコンバレーのドローン海賊」。巨大な通販物流企業に勤める親を持つダニーは、父親からその会社が「ドローンによる物流配送」が始めることを知らされる。民家の空は混み合っていないし、直線で運ぶので当たり前だが速い。しかも人手がいらない。

実際、現実のAmazonも、地域は限定的ではあるがすでにドローン配送の開始を発表している。しかし──配送ドローンは無人で武器を持っていないから、物資を奪うこともできるはずだ。父親の話を聞いたダニーはドローンの飛行ルートが記載されたマップを友人にみせ、自分たちが「海賊」になることを決意する。配送物が途中で消えた場合、通販会社はいちいち探す時間が無駄なので、基本は同じものを再送するから、空飛ぶドローンを狩って荷物を奪っても警察沙汰にもならん、というわけだ。

とはいえ簡単にドローンを捕まえられるわけではない。信号妨害、別のドローンを使ってアクリル樹脂をかぶせる、棒で無理やり叩き落とすなど様々な案が出、検証するが──と、学生らが試行錯誤してドローンを相手に戦っていく様が愉快な一編だ。ただの小悪党のガキどもなのだが、かつての海賊が金持ちから盗んだ逸話から自分たちを海賊となぞらえ、疲弊した資本主義にたいする批判的な視点も含まれている。

エグザイル・パークのどん底暮らし

続くのは、ラゴス沖合にあるプラスチックのゴミでできた島、エグザイル・パークの特殊な社会を描き出すテイド・トンプソン「エグザイル・パークのどん底暮らし」。この流人(エグザイル)・パークではもともと同性愛が理由で迫害されたり、社会からのはみ出し者、無政府主義者たちが寄り集まって法律も何も無い自由な社会を構築していたのだが、近年急激に犯罪数とその悪質性が増大しているのだという。

語り手であるフランシスは旧友から誘われ、エグザイル・パークで何が起こっているのかを調査に赴く──という流れで、冒頭からは予想もつかない展開を迎える。ル・グインの「オメラスから歩み去る人々」の派生系といった感じもあるが、その結論や描き方はカラッとし、未来に希望を感じさせる作品になっている。流れ着いたゴミのプラスチックでできた島は現実にも存在するのだけど、それを「はみ出しものたちの聖地」として描き出す設定・演出もうまい。未来の梁山泊やね。

未来のある日、西部で

脳科学SF長編の『迷宮の天使』などの著作があるダリル・グレゴリイによる「未来のある日、西部で」は山火事の猛威が迫る近未来のカリフォルニアで、自動運転車をハッキングされた女性医師やある有名俳優の死体損壊映像を偶然入手して金儲けを目論む投機師など、主に三者の視点を通して近未来の社会を描き出していく一編。

三者の物語の交錯も良いが、それぞれが緊急事態に巻き込まれる中で近未来のテクノロジーが多様に描かれていくのがおもしろい。たとえば車を盗まれた女性医師は大気質指数を気にしているし、ハッキングされたことを警察官に連絡しても「現在他のお客様の対応中で、すぐ対応してほしければプレミアムカスタマー・コードをもってこい」といって相手にしてもらえない。続くカウボーイのパートでは畜産が悲惨な状態──子どもたちはもはや本物の肉を「金銭的に食べれない」のではなく、意図して食べたがらない──にあることが描かれと、常識も対応も変わってしまった世界と、かつての時代を知っている者が対比されている。けっこうおもしろい。

クライシス・アクターズ

続いてはグレッグ・イーガンがひねった形で気候変動を扱った「クライシス・アクターズ」。主人公のカールは気候変動なんて嘘っぱちで二酸化炭素を大気中から取り除いたら地球にとっては自然なフィードバック・プロセスを阻害すると考え、日夜ネットで気候変動論者とレスバする、いわばインターネット陰謀論者である。

そんな彼のもとに、ある時「デマ宣伝を暴くために潜入捜査をする気はあるか?」と非日常へと誘い込むメッセージが届き、彼はそこに飛び込むことになる。具体的には、〈サイクロン緊急事態対処ボランティア〉という活動に潜入し、こんなものは気候変動の実在を宣伝するためにでっちあげられたデマ活動だと証明しようとするのだが──。*1カールが気候変動嘘っぱち論を正当化するためにロジックを構築していく様はいたって真剣で、彼が最終的に陥る奇妙な状況も相まり皮肉な笑いをもたらしてくれる一編だ。

渡し守

近年ビッグ・テック企業や投資家らの不死関連テクノロジーへの投資が活発で、老化研究の進展も著しい。本当に30年、40年もしたら死なない人間が出てきてもおかしくないと思わせる昨今だが、サード・Z・フセイン「渡し守」はまさに人類が金さえ払えば事実上不死になった世界の物語だ。主人公のヴァルガは不死になるだけの金を払えなかった中流階級の人々の死体を回収する仕事を行っているが、実はその処理には隠された秘密があって──と、”死が駆逐されかけた世界”の実態を描き出していく。

近年のシンギュラリティが実現するのかなどの論争は神学論争じみているよなと思えることがあるが、本作も不死を追求し最終的には宗教的な世界に踏み込んでいる。

菌の歌

本書収録作の中でも個人的に気に入ったのが、『荒潮』などで知られるテクノロジーSFの名手陳楸帆による「菌の歌」。タイトルからして菌類SFっぽいが、物語は中国の奥地の篁(こう)村に、国家規模のAI情報網である超皮質ネットワークに参加してほしいと迫る女性エンジニアの場面から幕を開ける。超皮質ネットワークとは気候変動に対する必要から生まれたもので、物理世界とネット空間をマッピング技術でつなぎ、人工知能を使って資源配分やエネルギー消費、人工流動などを動的に調節する。

地域に未参加の箇所があるとネットワーク効果が最大にならないため篁村には何度も勧誘の使者がきているのだが、ここには歌や菌類を重視する文化と伝統があり、そんなものは必要ないよとつっぱねてみせる。おもしろいのが勧誘者である女性エンジニアが堅物ではないことで、自然に相手の文化に入り込み、仲の良い女性もでき、部外者でありながら次第に村の伝統・価値観に染まっていく過程にある。その果てに、開拓者と現地民の昔ながらの争いがあるのかと思いきや、物語は意外な方向へと舵をきり──と、最終的には陳楸帆らしい、実に壮大なヴィジョンへと到達してみせる。

おわりに

他にも、パンデミックの勃発などいくつもの事態で世界がゆるゆると終末に向かったあと、再建中の世界で”自分のためだけじゃなく、人のために何かをできる”人たちの温かさを描き出すジャスティナ・ロブソン「お月さまをきみに」。ノーベル平和賞を受賞したアプリ〈軍団〉の開発者へのインタビューを通して、このアプリがなぜ平和賞をとれたのか、また何が画期的だったのかが次第に明らかになっていくマルカ・オールダーに「〈軍団〉」など、みな思い思いの形で近未来を描き出している。

個人的に意外だったのが、文明のスロウダウンや破局的な展開こそあれど、文明が再起動する様や、異なる価値観の繁栄や共存が印象深く描き出されていた点で、単に人選によるのかもしれないが、これもまた時代性なのかなと思ったりもする。全10編、取り上げなかったがキム・スタンリー・ロビンスンのインタビューもあり読み応えたっぷりなので、気になったら手にとってみてね。

*1:クライシスアクターとは現実にある用語で、異なる複数の意味があるが、陰謀論界隈では「銃乱射や気候変動の被害者やその家族は実際に存在するものではなく、クライシス・アクター、つまり役者が演じているものでこうした事件は実際に起きたものではない、という主張で用いられている。」