基本読書

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死者の能力を借用する死霊見師(英国諜報部)vs死者から情報を引き出す死骸検師(ソ連諜報部)の諜報戦!──『ネクロスコープ 死霊見師ハリー・キーオウ』

ネクロスコープ 上 (創元推理文庫)

ネクロスコープ 上 (創元推理文庫)

ネクロスコープというのは何がなんだかよくわからないがそそる書名である。その上、内容をみたら、時代は冷戦下、ソ連の諜報占術開発局に所属する死骸を扱う能力者と英国の諜報機関の霊的諜報戦を描く一大伝奇ホラー! とか書いてあり、そりゃ読まないわけないよね、ってことで読んだわけだけれども、まあおもしろい。

正直展開はかなり冗長で、各種演出もそこまで洗練されているわけではないのだけれども(というか描写と相まってかなり野暮ったい)、それはそれとして死霊見師というアイディア、それが冷戦下の諜報に活かされるシチュエーション、終盤にいたって凄まじい勢いでスケールしていく能力とその魅せ方のおもしろさなど、プラス点もわんさかある作品で、総合的にいえば大満足な上下巻である。

ちなみに、展開が冗長に感じられたのは、これが単体で完結している作品ではなくて最終的には全16巻(5巻で終わった後、派生シリーズが始まった)の大河シリーズになるせいで、後の展開への布石が随所に散りばめられていることも関係していたようだ。この上下巻で完結すると思い込んでいたからやけに余計な情報が入ってくるなと思っていたのだった。

二人の主人公

では内容をざっくり紹介してみよう。舞台は冷戦下の1970年代前半。物語は主に二人の視点からのものになる。ひとりは、ソビエト連邦で超常諜報戦術開発局に所属するボリス・ドラゴサニ。彼は極秘施設で死体に対して自身の死骸検師(ネクロマンサー)としての能力を用いて絶対確実な情報を収集する任務についている。

ドラゴサニは今はソ連にいるものの、かつてルーマニアのワラキアに生まれた男であり、第一にワラキア人であるというところに自身のアイデンティティを置いている。で、ワラキアといえば思い出されるのは15世紀のワラキア公国の君主ヴラド3世、串刺し公と呼ばれゔラム・ストーカーの小説『ドラキュラ』に登場する吸血鬼のモデルになった男でもあるから、当然物語には不死の吸血鬼が絡んでくることになる。

大きな仕事をひとつ終え、3週間ほどの休暇をもらうことができたドラゴサニは、とある目的から故郷へと戻ることを決意する。かつて彼はそこで自分の祖先でもある不死者/吸血鬼と出会い、ネクロマンサーとしての力を覚醒させられたのだ。彼はそこに再度おもむくことで、吸血鬼の秘密と歴史をさぐろうと試みる──。この吸血鬼の歴史語りや、そのオリジナルあ設定的な部分にはそう突飛なところはないんだけれども、”しっかり吸血鬼ものをやるぞ”という気概の感じられる描写の詰め方で好印象。

で、もう一方の主人公は英国で育った少年ハリー・キーオウで、ひ弱で普通の少年なのだが、ある時から数式を用いない形で、次々と難問を解く凄まじい数学の才能を発揮し、周囲の教師から一目置かれる存在に。それは死者の声を聞くことができる能力のおかげで──とその日々が綴られていくのだが、正直ネクロマンサーと比べてこっちの能力の強力さは半端ないものがある。この世界では人は死んでも精神が残り、死んでからも生前に打ち込んでいたことと同じことをやり続けるという。つまり優れた小説家は優れた小説を書き続け、数学者はむずかしい理論に磨きをかけ、そうやって『生きていたときにもまさる成果をあげる。かぎりなく完璧に近いまでに才能を開花させ、生前には解決する時間の足りなかった問題までもすべて解きおおせる。』

そうして死後も自身の能力を発揮し続ける死者とハリー少年は交流することが可能で、それはつまり情報を取り入れることができるわけだから、実質的には何にだってなれる。若くして円熟した小説を発表し、優れた数式、理論を発表し、ほぼ童貞の状態からセックスの奥義を極めきった状態にレベルアップし──と戦闘しないシャーマンキングのように死者とのコラボレーションを果たすわけである。で、彼はそうこうするうちに、事故で死んだ自身の母親(の霊)と会話をし、母が実は殺されていたことを知り、仇討ちをするためにネクロスコープとしての能力を使い始めるのだ。

死者大戦

諜報機関関係ないやんけ! と思うかもしれないが、母の仇討ちをしようと行動を開始したハリーはその過程で英国の諜報部と遭遇し、一方殺すべき仇はKGBのターゲットでもあり──と英国の超能力部隊vsKGBの超能力部隊の火蓋が切って落とされることになる。わりとガンガン人が死ぬのだが、ハリーは死んだ誰とでも話ができるので、味方がどんだけ死んでもハリーは情報面では不利になることはなく(その上、能力までとれる)ドラゴサニは死骸がないと情報が抜き取れないうえに完全な情報が抜き取れるわけでもないから、能力がほぼ上位互換になってるんだよなあ……。

ちなみに超能力部隊がいるぐらいなので、死者を利用した能力以外にもいろんな能力者がいる。たとえば核兵器の動向を感じ取れる感応能力者、それよりも能力が高くもっとより多くの範囲のものを感じ取れる感応能力者、未来予知能力者などなど。ソ連側が核探知能力者を使ってサーチしているのに、イギリス軍の核ミサイル潜水艦だけが一隻も映し出されないのは、イギリスの超常諜報機関に、精神波を曇らせる力を持つ能力者がいるのではないか──? と推測するなど、そうした細かな描写の数々から国家間の能力推理バトル感が立ち上がってくるのでたいへんに素晴らしい。

そうして物語が後半に向かうにつれ、ドラゴサニは彼が対話していた先祖の吸血鬼から多くの力を得、ハリーは「死者と対話し、その能力を借りる」という自身の能力をさらに発展させ──とどんどん能力バトルがスケールしていくことになる。最初こそ超能力者同士の諜報戦&暗殺合戦という趣の強かった本作だが、そこまでいくともはや死者大戦とでもいうべき壮大さにまで発展していて──と、さすがにそのへんの詳細は省くが、「そうそう、そういうのでいいんだよ!」としかいいようがない。

おわりに

最初の方で少し書いたように本作は全16巻もある壮大なシリーズの最初の巻らしいが、いちおういったんは話が落ちているので単品の作品として読んでも問題ない。売れないと続きがでなそうな予感があるのでぜひ売れてほしいところである。