基本読書

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海賊と資本主義 国家の周縁から絶えず世界を刷新してきたものたち by ジャン=フィリップ・ベルニュ,ロドルフ・デュラン

これは海賊の概念を我々が普段想定するような「海で船を襲って身代金をとったり荷物を奪ったりする、海の盗賊」的なところからさらに抽象化し、資本主義や国家のルールから不可避的に発生する海賊システムが存在するという「組織論」で、真新しくて考え方が面白かったな。思いもよらぬ指摘だが的を射ていると思うし。国家論でもなければ、個人の伝記でもない、海賊という組織がいかにして発生し、そしてそれが社会においてどのような影響をあたえるのかについて、今まで考えたこともなかった概念を提示してくれる。

本書でいうところの「海賊」は、海の盗賊ではないという話を最初にした。たとえば正規品ではない、まがいものだったりインターネットではファイルをコピーしてばらまいたりすることを「海賊版」と呼ぶことがあるが、これもまた海賊の一種である。逆に、海上で不法行為を行ったからといって、それだけで即座に海賊になるわけでもない。銀行強盗も海賊行為ではない。定義するのは難しい部分もあるのだが、資本主義が技術の拡大によって陸、海、空、ネット、電波、月などに進出し、自分たちのルールをそこに敷衍させようとするときにルールからあぶれ、抵抗する組織のことを本書では海賊という概念の説明にあてている。

この定義にのっとっていえば、我々の頭のなかでいるノーマルな海賊(NOTワンピース)である武力でもって人質をとって身代金をとるソマリアの海賊よりも、ハッカー達のほうが海賊と呼ばれるに相応しいことになる。本来の海賊が海賊でなくなるぐらいだったらそんな新たな定義に意味はあるのかと思う面もあるけれど、「国家(資本主義)の拡大=ルールの普遍化」⇒「ルールからあぶれた者達、ルールへの抵抗を示す者達の組織化=海賊化」という資本主義が存在することの本質的な事象としてこの指摘は面白いものではないだろうか。

古代、北アフリカにあったバーバリ諸国は正式な国家として認められていなかったため、海で悪事を働く彼らの船は海賊とみなされた。近代、国家がそれぞれの国境を定め、権力の範囲を確定させたため、もはや、領土問題は騙しあいや小競り合いでかいけつできるものではなくなった。正当な理由なく隣国の領域を犯せば、対立が避けられないからである。国家はもはや報復件(復習の権利、sulan)を主張することができなくなり、報復はある種、海賊たちの「特権」になったのである。当然のことながら、資本主義は、境界の曖昧な部分、規格化がまだ進んでいない部分に新しい領域を開拓することで拡大を続け、国家を飲み込んでいく。そして、国家を飲み込むことで、ついには国家からはみ出したものを組織化するのだ。海賊は、国家によって認知されないから海賊になるのではない。国家が自国のテリトリー化、規格化の意志を示すために、海賊という存在をつくりあげるのだ。

資本主義的な投機家たちは、新天地にテリトリー化されていない資源、正式な所有権が確定される前の状態にある資源を見出して、そこを自分たちの領土に加えることで発展を加速させてきたといえるだろう。たとえば新大陸の発見時。たとえば月に人類が到達し、誰も月の所有権を主張できない時。インターネットのように新たな技術が発展した時。海上の交通が整備され領海という概念が産まれた時。資本主義は資本による利潤の追求という性質そのままに、境界を外へ外へとずらし続け、国家が完全なルールの敷設と取り締まりを開始する前に海賊が暗躍するのである。この境界とは、先に書いたように陸海空のような地理的なものにとどまらずラジオやインターネットのように新しい領域にも適用される。

電波という新しいメディアが規格化されると、ここから排除された非正規の放送、いわゆる海賊放送が現れる。海賊放送は、政府の介入を避けるため、国際水域にある船舶や使用されなくなった採油用プラットフォームなど、テリトリーの周縁部から国内に向けて発信されるものである。一九六三年、北海に浮かぶプラットフォームから発信された「ラジオ・ノーデジー」がオランダのラジオ放送を妨害するようになった。翌一九六四年、オランダ政府は、プラットフォームの下部にある船舶上の建物は、オランダ国に貴族するものであり、そこに存在するラジオ局もまたオランダ政府の定めた法令に従うべきだと主張。その数日後には、オランダ海軍と空軍の協力のもと、このプラットフォームを攻撃、海賊放送を完全に停止させた。

最先端の海賊

現代最先端の海賊行為がどこで行われているのかといえば、一つはクローンだろう。倫理的な問題からクローン人間の生成は禁止されている国が多いが、本書によるとクローン人間の作成を禁止していない国、クローン人間に関する法律が制定されていない国が少なくとも50カ国あるという。自国では許されなくても、許される国で依頼を受けてクローン人間をつくれば問題はなくなってしまう。実際クローンエイドというという会社は、クローン作成依頼を受けて、活動を続けているようだ。

もう一つ、先ほどちょろっと離しに出したが、宇宙もまた今後領域拡大の有望な空間となるだろう。宇宙条約によると、月はどこの国の領土でもないことになっているが、この協定に書名したのはたったの16カ国で、それ以外の国がもし先に土地を占有してしまったら、今度はそこでも領域の一時的な不確定性を狙って海賊組織が横行するだろう。中国なんかいまめっちゃ金かけて、技術的にも日本を大きく突き放して月面へ向けて執念をもやしているし。がっつり根を下ろしてここはワシらの領土じゃあ! と警戒されてしまったら手に負えないが、逆にいえばがっつり警戒されない最初期や、コストに見合わないと思わせる活動を続ければ海賊は繁栄するということでもある。

海賊組織が与えてきた影響

国家の力が海賊を取り締まるほどにはなく、かといって放置もできないとなった時に私掠船のような制度が使われることもあった。一言でいえば公認の海賊免許みたいなもので、もちろん敵国のみに限るけど略奪していいよと条件があるものの、制圧できない厄介者どもを完全に取り込むことはできずともなんとかして抑える為の策だ。これも海の盗賊だけではなく、たとえば著作権などの権利契約をある程度自由にするルールを決めるクリエイティブ・コモンズもそうした私掠船免状の一種といえる。

海賊とは何も利益追求の為だけ(利益追求の盗賊も、当然存在する)の組織ではなく、不平等な現状や現実に不満を持つことからグレーゾーンに移行し、中央とは別の価値観を示すことで技術の発展や社会的、政治的な変化をもたらしてきた組織だ。『海賊という現象を、主権国家体制と関連づけ、資本主義的なグローバリズムの根底に働きかけるものとして、新しい角度から検討することが必要になっている。』こうして捉え直してみると海賊の重要性って思っていたよりもずっと大きいなあと実感させられる。

一方でこの枠組はずっと続くものなのだろうか? という問いかけも当然なされる。たとえばこれまではテリトリーを拡大させる物は、基本的には国家と決まっていた。国家がテリトリーを拡大し、ここからがワシのシマじゃけえのおといって決めていたわけだが、今は一企業の力が異常に大きくなり、また国家横断的な組織もその勢力を増している。国連は最大手としても、欧州共同体のような権力を持つ組織、GoogleやAppleのような企業はもはやそこらの小国以上の力を持っているのはいうまでもない。インターネットは国家という枠組みを打ち崩しつつある。

だがルールを敷設し押し付けるものと、そのルールからあぶれ、別の道を模索するものの対立は今後もなくなることはないだろう。そういう意味で、たとえ国家そのものが消滅した社会にあっても通用する概念として、本書の指摘はたいへん面白いものだと思った。

海賊と資本主義 国家の周縁から絶えず世界を刷新してきたものたち

海賊と資本主義 国家の周縁から絶えず世界を刷新してきたものたち

  • 作者: ジャン=フィリップ・ベルニュ,ロドルフ・デュラン,谷口功一,永田千奈
  • 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
  • 発売日: 2014/08/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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