基本読書

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ネットワークという観点から近年の歴史を語り直す──『スクエア・アンド・タワー:ネットワークが創り変えた世界』

スクエア・アンド・タワー(上): ネットワークが創り変えた世界

スクエア・アンド・タワー(上): ネットワークが創り変えた世界

スクエア・アンド・タワー(下): 権力と革命 500年の興亡史

スクエア・アンド・タワー(下): 権力と革命 500年の興亡史

「スクエア・アンド・タワー」、直訳すると「広場と塔」というのは不思議な書名だが、これはそれぞれネットワーク型と階層型の社会や人間関係全般をさしている。

たとえば、人間の暮らしはこれまで多くの場面において階層型の構造が支配的であった。上に立つ人間が下の人間に情報や命令を伝え、それが下の人間へと広がっていく「塔」の構造。一方近年はネットワーク優位な時代といわれる。単純に階級に応じて力の強さが決まる階層型に対して、水平に広がった集団の中での力関係は、複数の社会集団の中で占める位置に応じて力の強さが決まる。これが本書の言う「広場」だ。

とはいえ、その二つは明確に分かれているものではない。階層型の集団の中にも無論ネットワークはあるし、ネットワーク型の集団の中にも階層構造は存在している。たとえば、ほとんど誰もが一つの国の国民であるし、多くの場合は一つの企業に雇われている(階層構造の中に組み込まれている)。同時に我々はみな何らかの水平なネットワークの中にいる。友人たち、親戚ら、何らかのファンコミュニティなど。

本書は、そのあたりを注意深くおさえながら、階層制とネットワーク制が歴史の中でどう機能してきたのか、どのような力を持ってきたのかを丹念に解き明かしていく。『すでに述べたとおり、従来、歴史家は過去のネットワークを復元するのがあまり得意ではなかった。ネットワークが顧みられなかったのは、1つには伝統的な歴史研究が、原資料として、国家のような階層制の組織が生み出した文書に大きく依存していたからだ。ネットワークも記録を残すが、その記録を見つけるのは容易ではない。』

本書は、そのような手落ちの罪を贖う試みだ。これから、古代以来ごく近年に至る、ネットワークと階層制との相互作用の物語を語る。そして、経済学から社会学まで、神経科学から組織行動学まで、という具合に、じつに多様な分野の理論的見識を1つにまとめ上げる。中心テーマは社会的ネットワークであり、社会的ネットワークはこれまでの歴史でずっと、国家のような階層制の組織に執着してきた大方の歴史家が認めているよりもはるかに重要だったというのが私の見方だ。

著者によれば最初のネットワーク化時代は15世紀の後期、ヨーロッパで印刷機が使われ始めてからのことである。それ以後ずっとネットワーク化の時代だったわけではなく、18世紀の後期から20世紀の半ばまでは全体主義体制と総力戦の時代──階層構造の制度や組織が再び主導権をとり、その後は、著者がいうところでは、”階層構造の制度や組織の危機の原因というよりもむしろ結果として”、ネットワーク化時代がやってきたとする。もちろん、そこにはインターネットが関わってくる。

本書は階層構造が弱く、ネットワークが強い、素晴らしいと単純な主張をする本ではない。いうまでもなく現代はネットワーク社会ではある。通貨が国家の階層的な支配から逃れつつあり(仮想通貨)、グーグルやフェイスブック、ツイッターなどのグローバル企業はネットワークを駆使することで国家を揺るがしつつある。本書は、はたしてそれは世界を良い方向へ向かわせるのか? それとも悪い方向へ? これから先、階層構造の制度や組織が猛威をふるうことはあるのか? と問いながら、広場と塔、それぞれの利益と不利益を挙げながら近年の歴史を語り直す本である。

正直ネットワークと階層は先にも書いたように明確に分かれているものでもないし、良い面も悪い面もあるよね、という話にならざるをえないので、いまいち歯切れが悪いといえば悪い本だ。とはいえ、それは誠実な研究と、歴史の描き方をしている証であるともいえる。たとえば、歴史の主要なポイントをネットワーク分析──雑な印象論ではまったくなく、書簡や情報の交流を地道にあぶりだし、定量化できる形で関係性を描き出している──で捉え直してくれるので、大変に読み応えがある。

アメリカのキッシンジャーがその(最高位というわけではない)地位に対して、なぜあれだけの力を持っていたのか、というのもこのネットワーク分析からある程度客観的に理解できるようになるのもおもしろかった。他にも、病気の感染からイギリスの東インド会社の交易ネットワーク、宗教布教のネットワークがどのように広がっていくのか。ボストンの革命における人間関係のネットワーク、科学の実践が「どこで」行われていたのかという場所のネットワーク、スターリンやヒトラーがどのような人的ネットワークを築いていたのか──と大小様々な分析がなされている。

おわりに

これ一冊でとてもネットワークの観点から歴史を捉え直した決定版といえるほどの密度ではないけれども、示唆にとむ本である。奇しくもというか順当というか同じ訳者によるハラリの『サピエンス全史』以後、新しい観点から人類史を捉え直す! 的な本が増えたような気がする。そして、申し訳ないけど何の面白みもなくただ情報密度の低い人類史になっている本が多いなか、(本書がハラリ以後のラインナップに連なるかどうかはともかくとして)きちんと独自性が出ていて、ちゃんとおもしろい。