知の逆転 (NHK出版新書 395) - 基本読書 の続編? といっていいものかどうかわからないが版元もインタビュアーも同じ。知の最先端というハイパー二番煎じもあったがあっちは知の最先端でなぜかカズオ・イシグロに話をききにいくなど、人選がよくわからなかった。本作も続編といっても人選はまったく別種になる。
あなたはエルダーズ(年配者たち)なる組織を知っているだろうか。この組織のメンバーが今回のインタビュー対象だ。エルダーズは南アフリカマンデラ前大統領を筆頭に各国の元大統領クラスの人間や、一流の起業家を集めてつくられた国際的な人道グループで、その名前とスゴすぎるメンバー達はそのままアニメや漫画に出てきそうな組織だ。
The Elders is an independent group of global leaders who work together for peace and human rights.──About The Elders | The Elders
知の逆転と比べるとまあ、扱うジャンルは政治や国際問題に偏っているし、核問題なんかは誰にきいたって「まあ、そう返すよなあ普通に考えて……」としかいいようがない答えばかりなので答えについての多様性的な面白さには欠ける。日本が現在抱えている大きな課題の一つである領土問題についても当事者でない彼ら彼女らにきいたって「まあよく知らないけど一般論としては……」という答えになるのもあたりまえで、聞く意味のある良い質問とはいえない。
と、いろいろよくないところもあるのだが世界には問題がたくさんあって、正直日本で暮らしているとあまりコミットする機会もない世界に存在する問題に触れられるのはいいことだ。テレビで流れるのも今だったらウクライナだったり、エジプトだったりが局所的にとりあげられるが、実際はウクライナだろうがエジプトだろうが問題は報道されなくなった後も続いているのであり、一貫して尽力している人達がいる。
本書に出てくる人達は現場の人間ではないが、上の方から意志決定をする指導者層だ。今ではエルダーズとしてみなそれぞれの立場からそれぞれの問題に取り組んでいるが、かつては(今も、の人もいるが)自国のトップ層に立っていた人達であり、実際に国を左右する決断をしてきた人達でもある。「英断」とはよくつけたもので、英断を重ねてきた人達だ。決断一つに国の命運がかかっているのだから、その発言にも重みがある。
第一章 戦争をしなかった唯一のアメリカ大統領―ジミー・カーター
第二章 五〇年続いたハイパーインフレを、数か月で解消した大統領―フェルナンド・カルドーゾ
第三章 「持続可能な開発」と「少女結婚の終焉」―グロ・ハーレム・ブルントラント
第四章 「人権のチャンピオン」と「世界一の外交官」―メアリー・ロビンソン&マルッティ・アハティサーリ
第五章 ビジネスの目的は、世の中に“違い"をもたらすこと―リチャード・ブランソン
中でもアメリカ元大統領のジミー・カーター、ブラジルの元大統領フェルナンド・カルドーゾ、冒険家であり起業家であるリチャード・ブランソンの話は面白かった。カーターは言っていることは当たり前のことばかりだが戦争しまくりのアメリカを批判しているのが面白いし、フェルナンド・カルドーゾはハイパーインフレをあっという間に解消させてしまったその手法とドラッグ問題の「非刑事罰問題化」についてが面白かった。
ブラジルのハイパーインフレ
ブラジルの50年続いたというハイパーインフレはもともとブラジリアという首都を建設するにあたって、大量の紙幣を印刷したことに始まる。毎日値段が変わっていき軍事政権が倒れてからのインフレ率は93年で年2500%以上という途方も無い数字まで跳ね上がっていた。いったいそんな状態からどうやってインフレ率をおさえたんじゃいと疑問に思うところだがカルドーゾが「レアルプラン」と呼ばれる政策を通したことで解消されたと簡単に説明されてしまうことが多い。
で、実際にレアルプランがなんなんかというと元々はヴァーチャル通貨なんだと。ヴァーチャル通貨単位であるURV、1URVが1USドルに設定されていて、すべての値段は元々の通貨単位であるクルゼイロとURVの両方で提示される。そしてクルゼイロの値段は毎日変わるが、URVの値段は一定に保たれた。つまり変わるのはURVとクルゼイロの交換レートのみになる。
「なんだそれ、何も変わらないじゃないか」と思うかもしれないが物価が月40%という異常な速度で上がっていく国家に住んでいる人々からすれば「変わらない値段が表示されている」は認識の転換と値段は上がり続けるわけではないのだという安心をもたらしたようだ。そして数ヶ月たった後にこのバーチャル通貨をレアルと呼び、国家通貨とすることを宣言し、一気にインフレ率は10%未満まで落ち着くことになる。
USドルとほぼ連動しているにも関わらずドルを使わずにURVという独自通貨にこだわり、それまでのインフレ原因となっていた国家予算の大幅な無駄遣いをなんと「半分に」抑えた、というあたりが肝だろうか。それにしても少なくともヴァーチャル通貨についていえば、その程度のことで悪夢のようなインフレ状態ががらっと切り替わるのだから面白いものだ。
ブラジル経済はその後も順風満帆というわけではないがそれなりにうまくやっているように見える。
ドラッグ問題について
面白かったのがドラッグを「刑事問題」から「健康問題」に変えていくという考え方だった。カルドーゾと最後のリチャード・ブランソンがともに関わっている「薬物政策国際委員会」で二人共同意見のようだ。アメリカが今までとってきたような「禁止することが解決策だ」というのはとっくにうまくいかないことがわかっているのになぜまだ続けるのか、需要を減らさない限り解決しないのだから、タバコの消費量が激減しているようにこれからは危険性をアピールし、宣伝し、需要自体を減らすべきだという主張。
もっともアメリカは州レベルで合法化が始まっているからさすがに何も学ばないというわけではないのだけど。ただこの二人がいっているのは「合法化」ではなく「脱犯罪化」だ。取り締まって牢屋に打ち込むのではなく、積極的なケアを展開し健康を取り戻すような処方を提供すること。より社会復帰しやすく、対処すべき「健康問題」として取り扱うこと。こうした視点ははじめて読んだので興味深いものがあった。合法化と対して変わらないようにも思うが、タバコという前例もあることだし、健康被害を訴えていったほうが長い目でみれば良い方向へいくのは確かにそのとおりだ。
みなそれぞれ関わってきた分野が違い、政治系であれば自国でもトップをはってきた凄い人ばかり、ビジネスマンであれば世界トップクラスの起業家なのでそれぞれのリーダー論から専門分野での解答はさすがに面白いものがある。さらっと読めて得られるものは大きい。

- 作者: ジミー・カーター,フェルナンド・カルドーゾ,グロ・ハーレム・ブルントラント,メアリー・ロビンソン,マルッティ・アハティサーリ,リチャード・ブランソン,吉成真由美
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2014/04/09
- メディア: 新書
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