たとえ手厚い支援をしたとしても厳しい状況にある。スウェーデンは数十年にわたって手厚い出産支援を行い、保育サービスの時間延長、育児休暇480日、ほぼ全期間で収入80%が補償、子供ひとりごとに手当が増える家族手当、ベビーカーを押している場合公共交通機関が無料など幅広い取り組みが行われているが、そこまでやっても出生率は1.84で、人口置換水準には及ばない。しかもそうした施策には莫大な費用がかかるので、不況に突入し手当が縮小するとあっというまに出生率も下がってしまう。
平均寿命の伸びにより高齢者も増大する。国連のリポートによれば、世界の60歳以上の人口比率は2015年の12.3%から30年の16.5%へと4%以上増加する。同じく、世界の60歳以上の高齢者人口は9億万人から14億人まで56%増加、50年には、世界人口の44%の人々が、60歳以上の高齢者が人口の20%を占める高齢化した国に住み、4人に1人は60歳以上の高齢者が30%以上を占める国に住むことになる。
世界的に少子高齢化が進行すれば、そのぶん生産者は少なくなるはずなので(あるいは、高齢者が元気なまま働くようになって、働き手の総数が変わらない可能性についても検討されていく)、経済にも大きな変化が起こるはずだ。本書『人口大逆転』は人口の観点からみた将来の世界経済の行方を分析した一冊である。
世界的な少子高齢化が進行すると、世界経済にはインフレが再来する。
いくつかの論点があるが、一つは世界的な少子高齢化のプロセスは今後数十年にわたってインフレ圧力に繋がる、というものだ。日本が長くデフレに苦しんでいるのでそんなまさか、と思うが(後に触れる)、インフレに向かう根拠はたしかにある。
ひとつは、労働者不足が労働者の立場を強くし、賃上げを要求、あるいは賃上げをしなければ雇えなくなるという単純な理由。もう一つの大きな要因は、「高齢化はインフレ圧力を生む」ことからくるインフレへの転換である。たとえば、生産をせすただ消費を行う人が多ければ、物資やサービスは減り続け希少性が増すのでインフレ圧力に繋がる。労働者の増加率が依存人口(働かない・働けない若年層・高齢層)の増加率よりも多ければ世界経済は過去数十年間と同じようにデフレ圧力を受けるが、これからの数十年間はその関係が逆転し、今度はインフレ圧力へと転じることになる。
さらには、55歳から64歳までの年代層や女性の労働参加率が先進国を中心にすでに相当な水準にまで上昇していることから、年齢にかかわらない労働者の総数が変わることも今後期待することも難しい。
逆にいえば、これまではデフレ圧力が強かった状態にある
人口大減少社会への転換に伴ってインフレに向かうということは、逆にいえばこれまではデフレ圧力が働いていたということでもある。要因のひとつは中国だ。1990年から2018年にかけては中国の台頭著しく、中国をグローバルな製造業の生産網に統合するだけで先進国の貿易財生産のための労働供給量は2倍以上に膨らんだ。
それに加えて、ソ連の崩壊に伴って東欧全体が世界貿易システムに組み入れられ、労働力に占める女性の割合の上昇、先進国における良好な人口構成などすべての要因が関係して労働者の供給量は急上昇した。それに伴って労働者の交渉力は弱体化し、多くの国はインフレターゲットを設定し大規模な金融緩和政策と財政拡大政策を行ってきたものの、それでも目標(多くは2%)を下回るほどデフレ圧力が強く働いてきた。
日本はデフレじゃん
そうした状態が、中国の少子高齢化の進行と先進国の人口構成の変化で終わりつつある。とはいっても少子高齢化先進国である日本はずっとデフレで、労働者はどんどん減っているにも関わらず賃金上昇もべつに起こってなくない? 全部間違ってるんじゃないのか? と疑問が湧いてくるが、著者らはこれに一章を割いて答えている。
たとえば、ニューヨークの一部の道路で交通渋滞を引き起こす事故があったとしよう。その場合その道を通ることはできないが、迂回して目的地につくことはできる。しかし、ラッシュアワーのように住宅地区への道路がすべて混雑している状況では、迂回してはやくつくことは不可能である。著者らによれば、第一のシナリオが日本で数十年にわたって起きていたことで、日本が一足先に労働供給が減少した時に世界は労働供給で溢れかえっており、日本企業は国内の労働力不足をグローバルな労働力供給(製造業を中心とした日本の貿易財部門は、生産拠点を海外、特に中国に移していた)で補うことができた。だが、今は第二のシナリオの状況なのだという。
また、国内の労働力が減少し続け、失業率が低い状態で推移するのであれば、通常は賃金の上昇が起こるはずだが、日本の場合は雇用者が景気後退時であっても正社員の雇用を守り、景気後退に伴う調整は労働者が労働時間の増大や賃金カットを受け入れる形で行われるという特殊な雇用慣行があったので起こらなかったのだとしている。
日本の雇用は多くの労働者を解雇することによって素早く調整できないので、労働市場の調整は雇用構造の変化と、労働時間および賃金に対する容赦のない下方圧力によって行われた。日本的慣行である長期雇用、内部労働市場、さらに年功序列に基づく賃金などは、全体としてこの傾向を強めた。(p.310).
今は中国の成長も終わり、先進国は軒並み少子高齢化社会に転換しつつあるので、かつての日本のように世界の労働供給に頼ることも難しい。欧米諸国には日本のような雇用慣行はなく、労働者の賃金が上昇することも避けられない。55〜64歳の労働参加率はすでに高い状態にあり、高齢者予備軍の労働参加率の増加にも期待できない──なので「インフレに向かうしかない」というのである。
じゃあどうしたらいいの??
世界の生産性は落ちていき、インフレになったとして、じゃあどうすればいいのか? たとえばインドやアフリカの人口はまだしばらく増加していくことが期待されている。第二の中国をそこに求めるのはだめなのか? 自動化、オートメーションの活用、あるいは移民で生産性を維持することはできないのか? 労働者の減少によって税収が減り、高齢者の割合が増加することで年金と医療と介護を提供する公的部門の支出が増大する中、国家の財政が苦しくなっていく状況をどう脱したらいいのか?
人口の構成に端を発している問題なので簡単な解決方法は存在しないのだが、本書では税や投資、政策など様々な観点からこうした問いかけに答えている。紹介しきれる分量ではないので、このあたりはぜひ読んで確かめてもらいたいところ。
おわりに
本書と著者らが提示した仮説は賛同も反論も合わせて波紋を呼んでいるので、これが経済学者らの一致した見解というわけではないのだが、世界経済の趨勢を考えるにあたって世界人口の推移は主要因としてシミュレーションに含める必要があるだろう。必ずしもすべての仮説に同意できるわけではないのだけど(そもそも日本の状況を説明するのに日本の特殊な雇用慣行を持ち出しているのもうーんと思うところだし)今後の経済の行方を考えるために、読んで損はない一冊である。