図書館の魔女 by 高田大介 - 基本読書 という読書家垂涎の図書館小説の続編。続編というか、内容的には外伝的なものだけれども。著者の高田大介さんは専門が印欧語比較文法・対照言語学とプロ中のプロの研究者でもある。偏執的に言葉とは何なのか、それが人に意味を伝え、与える作用について、また図書館そのものについて描写を重ねていった前作とはうってかわって、本作はまたトーンが異なる。というのも本作で描かれていくのは裏切りに次ぐ裏切り、あらゆる人間が自分の利益の為に裏を書き続けようとする人間関係の中で「実」はどこにあるのかと問いかけていくような内容だ。常に知的な雰囲気で進行していた前作とは違い図書館も出てこないし、出てくるのは近衛兵や山賊のような荒くれモノに子供の犯罪団とキャストからしてガラっと入れ変わっている。
世界観をグッと広げ、深める一冊
だがそれだけに『図書館の魔女』でちらりとしか見えてこなかった「図書館の魔女世界」が本作でグッと広がった感がある。いくつもの国の動きと陰謀が描かれ、また同時に「上流階級」から「下流階級」までを描くことで前作の主軸であるマツリカ達の活躍が世間でどのように広がっているのかが多角的に把握できるようになっている。前作読者からすれば読んでいる時はマツリカ様大活躍! スゲー! といったとこで終わった話だが、下々の者に伝わる頃には化け物みたいな魔女が魔法ですべてを解決した! と大きく変質していて情報の伝わり方が面白い。マツリカやキリヒトに当っていたカメラがぐいっと一歩ひいて世界の全体を写しだした感じ。
本書で起こる騒動も元を正せば前作が与えた国家群におけるインパクトが波及していって起こったことばかりであり、「世界全体に前回の行動が波及していく」のを全く別の視点、距離、角度から観ることのできる楽しさがある。
言葉の持つ多義的な意味
図書館も出てこないし荒くれ者ばかりだといったが、やっぱり「言葉の持つ多義的な意味」については本書でも中心となっている。たとえば本書で中心的に描かれている人物の一人に、人間の言葉は喋れないがカラスの動きを注意深く観察し、傍から見るとまるで意思疎通を行えているような鳥飼エゴンがいる。人間の言葉こそ喋れないものの、観察眼は非常に優れておりいろいろなことに良く気がつく。言葉の扱い方の優劣によって知性を判定されることの多い人間社会だが、エゴンの在り方は言葉によらない知性と伝達手段があるのだということを教えてくれる。
「エゴン、あなたがカラスの言うことが判るというばかりじゃない、カラスがあなたの言うことをよく理解出来るということのほうが問題なんだ。それはあなたの方もカラスの観察眼に訴えているからでしょう。カラスならば決して見逃さない、小さな符牒を全身に纏って、声とは、言葉とは、またちがう形で、カラスに言いたいことを伝えるんでしょう。言葉以外のあらゆる手段を使って……そしてカラスにはそっちの方がよく伝わるんだ……」
図書館、本、言葉の持つ意味と著者の専門領域の描写が多かったから誤魔化されていた部分があるが、著者の知識領域が広くて描写に追いついていくのに苦労する部分がある。たとえば図書館を離れた本書においても著者の語りは精緻を極めておりカラスの個体ごとの特性、細かい特徴の観察、山歩きの専門家の知識を披露する場面、多様な人種が混合し異なる文化がひしめき合っている描写などディティールが半端ないレベルで書き込まれていて「やっぱこの人ちょっとおかしいなぁ……」と思わされた。
あらすじとか
物語はこのエゴンら山賤の一党が、最初は事情こそよくわからないもののニザマという国のお偉いお姫様を山を通って港まで護衛している場面から始まる。だがいざ目的地にたどり着かんといっても、なかなかその報酬が払われる気配がない。それどころかひとかたまりにして山賤をハメ殺そうと画策されている事が明らかになる。また既に似たような状況でたどり着いた過去のニザマ近衛兵まで出てきて、俺は裏切られて殺されかけて命からがら逃げ出してきたと証言する有り様。しかもこいつはこいつでどこかしら胡散臭い。裏切りにつぐ裏切りというか、どいつもこいつも自己利益の為に相手を出し抜いてやろうという魂胆が透けて見える環境だ。
この港自体、前作描かれてきたニザマの政変を受けて勢力図が変わり続けており、誰が誰を後ろ盾として自分たちがどこにつけばいいのかが難しい変動状況下にある。どこが有力な勢力となりえるのかわからないから嘘をつきまくって全方位外交を行って落ち目となればハメ殺すのが当たり前のような環境なのだろう。そこに加えて勢力図が3つも4つも重なってきて、しかもそいつらの目的や利益から嘘をついている可能性も高いのでざっと読んでしまうとこのあたりの力関係の把握が困難かもしれない。
一応簡単にまとめておくと山賤の一党⇒港までお姫様と近衛兵を送り届けて金をもらって帰れれば良かったのだが陰謀に巻き込まれ生き延びるのに必死。 ニザマ⇒お姫様を護衛して送り届けるのが任務だったが、仲介業者に裏切りを受け全員殺されかねない事態に。 鼠⇒港町で火事場泥棒をメインとするこそ泥子供軍団。基本金で動く。港町には詳しいので山賤の一党やニザマ一党に手を貸すことになる。このあとも目的はそれぞれ移り変わっていくがだいたいこのあたりをざっと把握しておくだけでだいぶ読みやすいはず。
物語が進む度に「こいつも怪しい」「こいつも裏がありそうだ」と不可侵な行動をとる人間や容易には解釈しえない不可解な事態が重なってきて、その背後に何があるのか、どのような陰謀が動いているのかがわからなくなっていく。ミステリといっていいのかどうかは微妙だが、最後の方に訪れる「もつれ合った糸をほぐしていく展開」は探偵が現れてすべてを解決してくれる解決編のような爽快さを伴っている。ミステリでいえばトリックにあたる部分にもまた言葉の奥深さが絡まってくるのだが……それはまあ解決編まで辿り着いてからのお楽しみといったところ。だいたい「嘘をつく」「嘘を見抜こうと判断する」「真実を語る」といったこと全てが言葉に関わってくる詭弁合戦だ。一貫して「言葉」を書いてきた本シリーズが二作目にして陰謀渦巻く騙くらかし合いを持ってきたのもわかろうというもの。
「エゴンは言葉には騙されねぇ、もっと別の処を見てる、それが野郎の性分だ。それに……あの餓鬼どもは……さんざ大人に騙されて、いいようにされてきた餓鬼どもだ……カロイはあの餓鬼どもを騙せるもんだろうか?」
騙し騙され言葉に翻弄されるのが人間というものだ。しかしその中から完璧ではないにせよ「実」を選びとり判断をすることができるようになるのもまた人間である。エゴンや山賤の一党、鼠の一党、ニザマの近衛兵とみなそれぞれの立場で「騙くらかし合い」にアプローチしていく多角的な描き方はさすがの一言。ただ前作ファンの人間が大いに気になるところであるところの、マツリカやキリヒトがその後どうなったのか、あの二人の関係性は今後どう変化していくのかといったところについてはあまり期待しない方が良さそうだけど……。
ただ、今後も続いていく図書館の魔女シリーズで相当デカイことをやろうとしているんだろうなという構想が伝わってくる一冊だ。
- 作者: 高田大介
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2015/01/28
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