- 作者:草野 原々
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/12/19
- メディア: 文庫
また、18人の女子高生が人類の命運を賭けて異なる進化の道を歩んだ知性ネコとデスゲームを繰り広げる『大進化どうぶつデスゲーム』の続篇である。前作の内容を踏まえ意図的に破壊しにいった作品なので、前作を読んでいるにこしたことはないけれど、前巻の流れは本作でも説明されるし、後の紹介を読んでもらえればわかるようにすべてが崩壊していくので、読んでいなくても問題ない。個人的には草野作品の中でも一番好きだし、狙いがうまくエンタメとして昇華されている作品だと思う。
前作の話とか今作の流れとか特徴とか
前作では、女子高生たちが暮らす宇宙はネコが特別な進化を果たしたネコ宇宙に侵略され、そのターニングポイントとなった800万年前の地球にいってネコの先祖をぶっ殺さねばならぬという、よくわからんがそういう話なのはわかる、といった「理解できる範疇」で物語が進行し、女子高生たちの関係性もそこそこに描きこまれていくタイムトラベル百合SFだったのだが、今作ではそうした前提は通用しない。
とはいえ、冒頭は似たようなもの。前回はネコだったが今回はトリ! クジラのようなサイズをしたペンギンにフクロウみたいな上半身に長ーい足がついた絶滅種であるオルニメロガロニクス!……によく似た別の進化ルートをたどったオオオルニメロガロニクス、フラミンゴを3倍の大きさにしたやつなど多様な鳥類が跋扈する時間線に移動し、またも人類の命運を賭けたゲームに女子高生らが巻き込まれることになる。
まず特徴的なのは、その語り口だ。神視点の語り手が登場人物たちの外面を描写していくだけでなく、読み手の先導者となってメタ的な情報を付与し、時に余計な指示をとばしてくる。たとえば、『代志子と萌花は、けっこう重要な登場人物ですので、できれば名前を覚えて、努力して内面を想像して、共感して感情移入にはげんでください。鹿野はそうではありませんから、覚えなくてもいいです』といったように、感情移入を指示し、登場人物が死んだら黙祷を要求し、物語内現実では平等なはずの登場人物を、「覚えたほうが良い」や「覚えなくていいです」といってくるのである。
こうした読者に語りかけ、読者自身を小説の中に取り込もうとする小説の構造に批評家の佐々木敦氏はメタフィクションの一種として「パラフィクション」という名前をつけたが、本作はその系譜に連なる一冊であるといえるだろう。で、重要なのは本作がメタかパラかではなくそうしたスタイルを用いて何を描こうとしているかだ。
何を描こうとしているのか
「感情移入してください」と言われて感情移入できるなら苦労しない。むしろそういわれることでキャラクタは一段階離れた場所へいっていき、設定や正確が設定表のように語り手から羅列されることでどんどん無機質的な存在へと近づいていく。
キャラの無機質さの増大に伴って、作中の出来事の崩壊も加速していく。当初は小田原を舞台に別の進化を経た鳥類と殺し合っている想像しやすい光景だったのが6600万年前の白亜紀にタイムポータルを使って移動し、それだけならまだしも代志子が人間じゃなかったことが判明『ご飯を食べた代志子の体に、切込みが入ります。体のなかほどがくびれて、角が生えてきます。しばらく時間が経つと、二人の代志子が列車のようにつながっていることがわかります。代志子はこのように増えるのです。』
鳥がマイクロ波ビームを放ち、恐竜宇宙戦艦が出現し、太陽系全体の運動量の変更、時空がほどけ、中生代が切断され、分速100年とかいう無茶苦茶な速度で時間が進展し、数行の間に数万年が過ぎていて、時間塹壕を作り進化砲撃、進化ハッキングが行われ──とグレンラガンばりのスケール感・パワーワードが連続してゆくのだ。
中生代切断計画によって、時間寄生虫が解放されてしまったようだ。ペルム紀末の大絶滅と、三畳紀末の大絶滅は、絶滅時間牢獄であったのだ。時間寄生虫は、生物の遺伝情報に乗って時間を移動できるが、大絶滅がその移動を抑え込んでいた。二つの大絶滅が、鉄格子になり時間牢獄を作っていたのだ。中生代が切断され、揺り動いたことで、鉄格子がズレて、三畳紀に封印されていた時間寄生虫が覚醒した。
ここまで行くともう文面だけでは何がなんだかわからないし、キャラの崩壊も甚だしく、感情移入とかそういう次元の問題ではない。だが、こうした崩壊は意図的なものであり、それを小説としてまとめあげるために本作のメタ・パラフィクション的な指向、分析美学的な語りが投入されている。『キャラクターたちは、ただ単に行動したり、言葉を発したりするわけではありません。その背後には理由があります。理由の力があって、初めて行動や言動に生き生きとした感じが生まれるのです。』
崩壊した状況だが、そうやってメタ視点を通して「キャラクタとは何なのか」「小説とはどこまで壊れずにいけるのか」を追求し作品に一貫した流れをもたらしているからこそ、小説としての形を保っているのである。「これ、もう壊れてるでしょ」と思う人もいるのだろうけれど、それはそれ。今回に関しては成立していると思うし、僕は大好きな作品だ。時事ネタを貪欲に取り込んで、めちゃくちゃな展開をメタ記述でまとめあげる手法などSF版清涼院流水みたいなところがあるから当然かもしれないが(僕は清涼院流水の大ファンだ)。あと、本作(大絶滅〜)はミステリでもある。
- 作者:草野 原々
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/04/26
- メディア: Kindle版