オービタル・クラウド by 藤井太洋 - 基本読書 は本当に凄い作品だった。複雑かつ世界を巻き込んだ壮大なプロット、それがほとんど苦をさせずにするりと入り込んでくる練り込み。最新の知見をテクノロジーと社会両面で取り込みながら宇宙開発時代の希望と恐怖を同時に描き切ってみせた。読み終えた時に思わずガッツポーズをしそうになるほどの完成度の高さで、SF大賞はこれでもう約束されたようなもんだと思ったらやはり受賞(My Humanityと同時)して、SFが読みたいで2014年の日本編ベストSFに選ばれている。研ぎ澄まされた作品というのは、伝わるもののようだ。
ここまでが前置きだが、その藤井太洋さんがオービタル・クラウドでもろもろの賞やらなんやらを受賞した後の第一作目がこの『アンダーグラウンド・マーケット』である。Kindle版で最初に連載がはじまって、それが2013年の事だったから藤井太洋作品としては『Gene Mapper』に続く実質的な二作目にあたる。一つの長編の中できっちりと大きな事件を終わらせた『オービタル・クラウド』と比べるとこの『アンダーグラウンド・マーケット』は世界観の一端を開陳してみせたというか、最初の事件を解決してこの世界への入り口のような作品だ。単純比較はできないのだが、本作も期待通りの面白さでグッとくる。
世界観とか──仮想通貨物
そのシンプルな書名通り地下経済の存在している近未来日本(2018年)を舞台にしている。地下経済? なんじゃそら? といえば、それが構築されていく過程も見事なもの。安価な労働力を期待されての移民政策の導入。東京の移民が1000万人を超え、目論見通りにいかないことがわかってきている。日本人と同等のチャンスを夢見て、高度なスキルを持ってやってきても扱いは底辺労働者(言い方は悪いが)となればそりゃあ納得もいかない。この頃にはおそらくは社会保障費の増大やオリンピックへ向けた投資への必要性から消費税も所得税も法人税もひっくるめて15%になり、とにかく税金がかかる。
ただでさえ底辺労働者扱いを受けてるのに、なおかつそんなにたくさんの税金をとられちゃあたまらねえぜとばかりに彼らは消費税から逃れるため取引としてデジタル仮想通貨を使うようになった──と「仮想通貨が日常的に使われるようになった日本」を構築する為にはこれ以上ない導入じゃあなかろうか。「労働力不足(地方消滅 - 東京一極集中が招く人口急減 (中公新書) by 増田寛也 - 基本読書)」及び「社会保障費が増大しすぎて税金でまったく賄われていない社会保障亡国論 (講談社現代新書) by 鈴木亘 - 基本読書」ことに対して、日本政府は現状のところ(もちろんぽつぽつと手は打っているものの)、大掛かりな仕掛けを打てていない。当然その解決手段の一つとして移民も想定されるところだろうし、社会保障費を賄う為に(というか国の借金を減らすために)税金を上げれば国家に管理された円から逃れるために自由な通貨を使う可能性も出てくる。
もっとも移民受け入れについては、その可能性はあんまりないんじゃないかなと思っているけど(コラム:人口減少経済と移民等に関する一考察(経済学の視点から) : 財務総合政策研究所などを参照)。仮想通貨物の導入としては最適な、という話。
Webプログラマの物語
本作は二部構成になっていて、第一部『ヒステリアン・ケース』では主にこの地下経済が生まれ多国籍な移民で構成された「現代の日本とは大きく隔たった」世界とはどのような物なのかをWebプログラマを中心に描いていく、チュートリアルのような部分だ。今の日本とは違った状況で常識も一変しているので、それが説得力を持って描かれていくのを読んでいるだけで愉しい。アラビア語と中国語と英語が入り乱れて会話が展開されていく様は日本とは思えない。なかなか面白かったのは仮想通貨をやりとりする人々は、仮想通貨アカウントを介してSNSで紐付いている為に全員が顔見知りの田舎みたいになってしまうというエピソード。制裁や喧嘩などでバツの悪い思いをしてしまうとそれがずっと後まで残ることになるし、そうならないように揉め事はその場できちっと精算され、解決されなければならない。『「SNSで二十億人を繋いだモジャモジャ頭の言う”透明な世界”ってのは、こういうことだったんだ」』など、なかなかステキな皮肉ではないか。
主人公らは依頼を受けてサイトを仮想通貨での支払い対応ができるようにしていくのだけど、物語の導入としてWebプログラマはどんなジャンルも今ではWebとつながってるから使いやすいもんだなと思った(オービタル・クラウドもWebプログラマが物語の起点となる)。僕も本業がWebプログラマなので贔屓目も入っているが、アダルトビデオのWebページをつくっている横でソーシャルゲームで継続率をあげる仕組みについて話し合う人々がいてその隣あたりに建築関連のシステムを作っている人間がいて──以下延々と続くというような場所で働いているので、どこに繋がっていてもおかしくない感覚はよくわかる。
仮想通貨(virtual currency)の物語
仮想通貨は日本でも一時期大きく話題になったけれども、最近では下火に向かっているのかもしれない。少なくとも1年ぐらい前までは僕の周りでも投機だ記念だとばかすか買っていた人がいたが、ここ数ヶ月はめっきり見なくなった。投機目的で買っていた人達はどうなったんだろう。だが、仮想通貨という仕組みはそんなマネーゲームのうちの単なる一つの道具という以上に、国家のような主体を必要としない独自の通貨として大きな可能性に満ちている。国家としては自分たちのコントロールできない(税金もとれないし通貨量をコントロールすることもできない)仮想通貨を野放しにしておくわけにはいかない。一方で仮想通貨主義者は貨幣を貨幣たらしめる「信用」を得るためにその勢力の拡大と整備をはかってゆく──「管理」と「自主独立」この仮想通貨をめぐる両者の思惑、動きが物語に大きなうねりを与えていくのだ。
「仮想通貨」を単なるよくわからない変な物として遠ざけるのではなく、こうした技術の一つ一つが我々の住んでいる世界を一変させかねない力を持っていることをまざまざと実感させてくれる、「仮想通貨の物語」だ。本作は『アンダーグラウンド・マーケット』シリーズ第一弾といったほうがいいような内容で、今後より大きな物語の流れに巻き込まれていくような予感がある。実際にこの次が書かれるのかどうかはわからないが、来月には警察小説であるという『ビッグデータ・コネクト』も出るし、作家・藤井太洋の幅がグングンと広がっていってわくわくするぞ。しかし『オービタル・クラウド』『アンダーグラウンド・マーケット』『ビッグデータ・コネクト』とこの並々ならぬ中黒へのこだわりはなんなんだろう。
- 作者: 藤井太洋
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