基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

折り紙衛星の伝説 (年刊日本SF傑作選)

折り紙衛星の伝説 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

折り紙衛星の伝説 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

2007年の『虚構機関』から続く年刊傑作選も2014年版の本書『折り紙衛星の伝説』をもって8冊。毎度その選定の幅の広さには驚かされるが、今回も「そんなものよく見つけてきたな」という超限定の同人誌(矢部嵩「教室」)からの収録もあったりして驚かされる。いまさらだけど同人誌まで網羅しているのが凄いよね。

もちろんこの世に日本語で発表されたすべてのSF小説を見ているわけではなかろうが、ほとんどそれに近いことを成し遂げているのでは。というわけで、全18作家18短篇が揃い踏みした年刊傑作選である。毎年出るので今年は良いねえ、とか今年は例年よりはちと劣るか、という年もあるわけだが、今年は良い方(だ、と言い切れないのは僕の記憶があやふやだから)。かなり楽しませてもらった。内訳は以下の通り。

長谷敏司「10万人のテリー」、下永聖高「猿が出る」、星野之宣「雷鳴」、理山貞二「折り紙衛星の伝説」、草上仁「スピアボーイ」、円城塔「∅」、堀晃「再生」、田丸雅智「ホーム列車」、宮内悠介「薄ければ薄いほど」、矢部嵩「教室」、伴名練「一蓮托掌(R・×・ラ×ァ×ィ)」、三崎亜記「緊急自爆装置」、諸星大二郎「加奈の失踪」、遠藤慎一「『恐怖の谷』から『恍惚の峰』へ~その政策的応用」、高島雄哉「わたしを数える」、オキシタケヒコ「イージー・エスケープ」、酉島伝法「環刑錮」、宮澤伊織「神々の歩法」(第6回創元SF短編賞受賞作)

収録作は単純に作品の質だけを見て決めた──というよりかは、もちろん作品の質は重要項目として、たとえばある短篇アンソロジー全10篇から8篇とる、といったことはほぼありえないわけだから、日本の短篇SF発表媒体それぞれから傑作をチョイスしてきた、というのが正確。その代わり日本SFのさまざまなシーン、登場人物(作家)をかいま見えることができるだろう。18篇もあるから、中にはとんでもない実験作や飛び道具みたいな短篇もありそうした作品を読むのも楽しみの一つだ。

実験作とか

実験作としては、諸星大二郎さんの『加奈の失踪』は謎の台詞回しに違和感を覚えながら読んでいたらラストで仰天したし、科学論文の形式でSFを書いた遠藤慎一さん「『恐怖の谷』から『恍惚の峰』へ~その政策的応用」は単に「ヘンテコで面白いね」というだけじゃなくきちんとSFとして面白く、「まさかそんなやり方があるとは」と「まさかそれが面白いとは」で二重に驚いた。円城塔さんの『φ』は実験作なのだが、実験作が常態化しつつあるので実験作という気がしない。でも面白いよ(シャッフル航法の記事でも書いたので割愛)

宮内悠介『薄ければ薄いほど』

全部は無理なので幾つか好きなものをピックアップすると、宮内悠介さんの『薄ければ薄いほど』が凄い。薄ければ薄いほどというタイトルを聞いた時に7割ぐらいの人が「コンドームの話かな?」と思ったのではないかと想像するが終末医療を目的とするホスピスを舞台にした死を巡る短篇である。今のところ誰しも死ぬわけだから、死との向き合い方、死の受け入れ方は誰にもテーマとなって立ちはだかるものだが──そうそう簡単に割り切れるものではないんだよね。ホスピスに蔓延する謎の妙薬、何故か発生した自殺などを通して死と対面した人々の、「割り切れない」対抗を描き出していく。この短篇、ラストの一行が素晴らしい。

酉島伝法『環刑錮』

著者いわく『「シャーシャンクの空に」とカフカの「巣穴」を、興味の尽きない生物、蚯蚓で結んだ。』とのことで、とある理由から蚯蚓(のような何か)と化した1300人(元人間)の虜囚が地中を蠢き、過去の記憶をひたすらに反芻しながら脱獄を目指す「いったいどこから蚯蚓が出てきたんだ」としか言い様がない作品だがイメージまで含めて素晴らしい。環刑錮(蚯蚓のような何か)が地中をはい進んでく描写はあいも変わらず感覚がそのままダイレクトに伝わってくる。

赳志は、体表をまばらに覆う針毛を起き上がらせると、全身をなす環状筋の並びを順繰りに膨縮させ、その蠕動によって土壌の中を水平方向に進みだした。土砂降りの雹に打たれるような痛みに晒される。外皮から分泌する粘液で粗密な土を湿らせて押しのけつつ、前端の中心で喇叭状に窪む円口から、複合汚染された土塊を絶え間なく呑み込んでいく。口腔の粘膜にめり込む硬い小石の数々に、抜け落ちていった歯を想う。ぐらつく歯や歯茎の穴をしきにり弄っていた舌も萎縮していまは跡形もない。

何よりも素晴らしいのは短篇の後半、脱獄へ向けて蠕進する赳志の過去の記憶と現在が絶妙に入り混じりあいながら、意識が、身体がだんだんとその形を崩壊させていくまでの一連の描写で、文章のリズムだけでなく並びを通して視覚レベルまで含めて楽しませてくれる圧巻の出来。本書の中ではこれがベストだなあ。

理山貞二『折り紙衛星の伝説』

表題作になっている理山貞二さん『折り紙衛星の伝説』は、過去の記憶と現在が長い年月を経て尚直結し、「堕ちない機体を作ろう」と清々しく夢を語ってみせる、短いながらも研ぎ澄まされた金星飛行機SFでもーたまらん。子供の頃に夢見たものを、おとなになってもそれが色褪せることないまま追い続ける、洗練された「かっこうよさ」が光る短篇だ。

そのたもろもろ

毎度おなじみ創元SF短編賞の受賞作は今回はプロ作家として既に何作も発表している(ライトノベル・レーベルから)宮澤伊織さんの『神々の歩法』。かつて農夫だったが今は化け物じみた力を持って北京を簡単に滅ぼしちゃうヤバイ奴を戦争サイボーグたる12名の兵士がジョークを言いながら倒しにいくぞーおーという「モンスターハンターかな」「ていうかオンラインゲームのボス討伐かな」みたいな作品で個人的にはシリアスにもコメディにも振りきれない作風に乗り切れないが客観的には描写も演出もいいしネタのブッコミ具合もなかなか。

長谷敏司さん『10万人のテリー』は脳情報を完全にデータ化した通称オーバーマンがソシャゲのカードに自己を分割して隠れ潜んでおり──という無茶な存在と国際人工知性機構=人間の社会を守る組織との戦いを描いた短篇。振り切れた設定(オーバーマンの設定自体は実に重い)だがアナログハックオープンリソースという長谷敏司さんが中心となって行っている世界設定を無償で提供する企画の「作例」であり、これぐらいやってもOK!と枠を拡張してみせた一作といえるだろう。

個人で持つには少々割高な緊急自爆装置が存在し、その気になれば自爆して果てることができる世界で、市に据置型の自爆装置を設置したら──という仮定をおいたところから始まる三崎亜記さんの『緊急自爆装置』。スピアと呼ばれるジェット推進で飛ぶ架空の生物に乗った男共で西部劇をやった草上仁さんの『スピアボーイ』などなど他短篇群、どれもがバリエーション豊かで楽しませてくれる。

おわりに

一通り読み終えて思うのは……「へんなものを書く人たち、へんなことをやっている人たち、挑戦し続けている人たち、いろいろいるなあ」という愚にもつかない感想だが、何しろ多様な出自を持った多様な作品が内包しているので、「これが好き」「これは好きじゃない」と自分なりに判定を下していくうちに自分の好みが浮かび上がってくるのではないかとも思う。本書でも読書会ができればいいけど、どうかな。一応次回は10〜11月のどこかで、『伊藤計劃トリビュート』でできればと思っているので今年は難しいかも。