基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

ドラゴンカーセックス奇譚から人が死んだら電柱になる世界の話まで揃った奇想短篇集──『流れよわが涙、と孔明は言った』

流れよわが涙、と孔明は言った (ハヤカワ文庫JA)

流れよわが涙、と孔明は言った (ハヤカワ文庫JA)

シンデレラや竹取物語といった童話が、もし人間が科学技術によってその姿を変質させたトランスヒューマン時代という設定で語り直されたら──さらには、その話の最後に、”ガンマ線バースト”が世界に降り注いで無茶苦茶になったら──、というぱっと見完全に意味不明な状況を描きあげていく奇作『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』の著者である三方行成の最新作、『流れよわが涙、と孔明は言った』はそれに負けず劣らず無茶苦茶な状況が連続する奇想5篇の短篇集である。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
SFコンテストの優秀賞を受賞したトランス〜が刊行されたのが2018年11月のことだから、それから僅か半年ばかりの間で次作が出ているのはペース的には早い。とはいえ、本作収録のうち4篇が過去に同人誌に収録されたものであったり、小説投稿サイト「カクヨム」に投稿されたものであるので(書き下ろし1篇)、まったく不思議なことではない。その出自のばらばらさ故に、質に担保がされているのかちと疑問視していたところもあったのだけれども、これがきちんとどれもおもしろい!

それも、トランス〜が元ネタをひねってひねってネット大喜利的なノリでひねり倒していく部分でのおもしろさだったので、いったいそれ以外のものを書いた時にどれほどのおもしろさを発揮できるものやら……と疑っていたところもあるのだけれども、本書収録の短篇でその高い実力を証明してみせたといえるのではないか。特に最後に収録されている、とある特殊な同人アンソロジーに寄稿された「竜とダイヤモンド」が飛び抜けた逸品なので、せめて本記事の紹介ぐらいは読んでいってもらいたい。

全篇ざっと紹介する。

というわけで全5編をざっと紹介していこう。まずは表題作である「流れよわが涙、と孔明は言った」。全体の中でも特にハイテンポなギャグで、『孔明は泣いたが、馬謖のことは斬れなかった。』『硬かったのである。』から始まる冒頭のスピード感が半端ない。ちなみにこの孔明が馬謖を斬るという歴史的な元ネタは三国志。優秀な武将である馬謖が諸葛亮の指示に背いたことで戦況が悪化したことをうけ、師であった孔明は馬謖を泣きながら斬った……という逸話だが、斬れないんじゃしょうがない。

なぜ斬れないのか……? というのは硬いからだが、なぜ硬いのか……? ということにはなかなか理由がもたらされない。ノコギリを使っても斬れないし酸でも投石機でも万力でもきれない。そんだけやったら何か馬謖も言ってきそうなものだがしゃべらないのが不気味である。埋めても駄目で、半年後に掘り出すと普通にそのまま。しかも次第に馬謖が増え、孔明は馬謖を刈る必要に迫られる。はてはこうである。

「チー」
孔明は鳴いて馬謖を切った。
「ロン」
下家が牌を倒した。
「馬謖のみ。十兆点」
「な、何ィー!?」

な、何ィー!? じゃないが。馬謖を切っとるやろがい! とまあ非常にバカげた、短篇というよりかはコント集みたいになっているがそれはそれでおもしろい。いちおうなんか並行世界だなんだが出てきて馬謖が斬れない理由もSF的に解決される。凄い。スタート地点は野崎まど的であるが、ネタの転がし方の方向性が全然異なっている(野崎まどがスケールさせるのに対して、三方行成は横にゴロゴロ転がっていく的な……うまい表現が難しいが)点が、作家の個性的にはおもしろいところか。

続いて「折り紙食堂」。食堂なのだが折り紙しか出てこない。折り紙なので食べれないから食堂じゃないだろと思うのだが食堂なのである。いちおう料理人がおり、折り紙をフライパンの上で焼いて料理してくれるのだが、料理したところで紙は紙なので食べられるわけもない。そんな感じで完全に意味不明なのだが、3話構成になっており、続く2話にいくと〈折り紙崩壊〉と呼ばれる、すべてを取り込み分解し、再構成して折り紙に変え、最終的には千羽鶴を折り始める事象によって崩壊した世界の話になり──と、〈折り紙ワールド〉の深奥へと向かっていく(だが意味不明)。

続く「走れメデス」は孔明〜系の歴史ギャグ童話で、太宰治☓アルキメデスな奇譚である。アルキメデスの原理と呼ばれる物理法則の有名なエピソード(王冠のようなギザギザの形をした物体の体積を測るためにはどうしたらいいのかと王に依頼され、風呂でそれに対する解決を思いついた)があるのだが、基本的にはその誕生秘話のような構成になっている。だが王は狂い気味だし、なぜか出てくるセリヌンティウスは完全に狂っているし、アルキメデスもイカレ気味で、知恵が出ないと何故か手が出る男として描写される。『アルキメデスパンチ! アルキメデスキック! アルキメディアン・スクリューパイルドライバー! どうだ参ったかヒエロン王よ、殴る、蹴る、相手を固める。これがパンクラチオンです──。』け、ケイローンさん……。

と、意味不明系が続いて読んでいて正直不安になってくるのだが続く2篇はシリアス寄り。まず「人は死んだら電柱になる:電柱アンソロジー」から収録された「闇」。世界は人が踏み入ると死んでしまう闇に包まれているが、死ぬと電柱になり、闇が照らされるので移動できる範囲が増えるという。人が電柱になればなるほど遠くまでいって、別の村と遭遇できる。だが、資源は貧しく、死に瀕した人間はベッドでは死なせてもらえず、電柱になることを期待され村から追い出されることになる。

闇の中へ行くには、ただひとつ、電柱を増やすしかないのだ。「僕」は自分自身にこの世界の成り立ちについて、世界について、いろいろなことを教えてくれた「彼」の近くへと行くため、グズと読んでいる村の仲間を殺すことにする──。人が死ぬと電柱になるというそれだけ聞くと完全にギャグ的なシチュエーションを、死と光で象徴的に結びつけ、世界を解き明かすことが自分自身の過去と信念を揺るがすことへと繋がっていく、エモーショナルな短篇に仕立て上げるその豪腕に驚かされる1篇だ。

最後はドラゴンカーセックスアンソロジーに収録された「竜とダイヤモンド」。ドラゴンカーセックスアンソロジーって何……? ともっともな疑問を抱いているであろう人に説明すると、欧米の厳しい性的表現規制から性行為にまつわる描写が不可能になりドラゴンと車のセックスぐらいしか許されないのではないか……的に冗談のようにイラスト化されたりしたのが、ウケにウケてネットミームとして広まったもの。無論ギャグなわけだが「竜とダイヤモンド」は大真面目にそこに取り組んでいる。

三文新聞から仕事を請け負うひとりの鹿人が、とある落ちぶれた貴族の少年と出会う。彼は、警察には届けられないと語るヤバそうなダイヤを持っていて……とおいしいネタを嗅ぎつけて潜り込もうとするのだが、その少年の家には性交時にダイヤを生み出す竜がいるのであった。「みょんみー」と鳴く竜の描写はめちゃくちゃ可愛いし、どのように生殖するのか、竜のオスとメスはどのように決まっているのかなど生物学的な描写の数々がやたらとおもしろい。だが、そんなある程度竜の生態についての理解が進んでいるこの世界であっても、よくわからないことはまだまだある。

たとえば、少年の家の竜が突然車を相手に押しかかって性交(はできないので、そのポーズ)を始めたりといったことである。物語では、はたしてなぜ、竜は突然車を性交し始めたのか? と、ギャグではなく大き真面目にその生態から考察が行われることになる。単なるアンソロジーのお題に過ぎなかったはずのものが、作品の根幹をなす問いかけと不可分に結び合うことで、単体のファンタジィとして(上橋菜穂子の『獣の奏者』的に)読んでも相当な作品に仕上がっているのだ。

おわりに

ネット大喜利的なおもしろさが(トランスヒューマン〜と同じく)全篇に含まれているのはあるのは確かだが、特に最後の2篇や「折り紙食堂」を読めば高い物語の構築能力と、テーマ部分の練り込み、演出の鋭さがあるのは明白であると思う。バラエティも豊かで、三方行成という作家のいろんな方向性を堪能できる一冊だ。

トランスヒューマンガンマ線バースト童話集

トランスヒューマンガンマ線バースト童話集