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100パーセントの女の子に出会うことについて──『100%月世界少年』

100%月世界少年 (創元SF文庫)

100%月世界少年 (創元SF文庫)

100パーセント勇気〜ではなくて100%月世界少年である。歌詞ではなく、スティーヴン・タニーによる小説であるのだ。どこか気の抜けたタイトルではあるが、これがボーイ・ミーツ・ガール物として純度100%ぐらいに澄み渡っていて読みながらきゅんきゅんしてしまった(きゅんきゅんとかいい大人が使っても気持ち悪いだけだが)。素晴らしいボーイ・ミーツ・ガール物であるのと同時に、そのSF設定部分が題材的に、かつ絵面の鮮明さがとても印象的な作品でもある。後述していこう。

100%月世界人

まずは100%月世界少年とはいったい何なのかの説明から入ったほうがいいだろう。これは本書の冒頭で早々に説明される。現代から2000年後の未来、月で当たり前に生活するようになった人類の中には、月世界生まれの子供たちが存在している。彼らのうちのごく一部には、"第四の原色"と呼ばれる特殊な力を持った眼を持つものがいる。彼らのことを"百パーセント月世界人"と呼び、一般人と別け隔て、常にゴーグルをつけるなど行動に制限を加えているのだ(人の眼を観ることを禁ず、など)。

 もし見たら、正常な人間の心はショートしてしまうだろう。赤、青、緑から成る通常の三原色から外れた色を見せられると、人間の網膜の桿体細胞と円錐細胞は、無理にその色を認識しようとして激しく活動する。結果的にその人は、一時的な精神異常に陥ってしまう。幻覚を見る。生まれ落ちた直後の新生児にも似た、底なしの無力感に襲われる。それこそは、第四の原色を見ようと試みたすべての人間が、等しく体験する悲劇なのだ。

さらには、第四の原色が時間の流れを超越した次元に投影されることから彼らはその眼を使うことで事実上の未来予知を可能にするのである。

第四の原色などという不可思議な表現からも分かる通り、地球には存在しない色であると言われ、見た者も記憶を失ってしまうので誰もその色のことを知覚できない。「ある、だが誰も観ることが出来ない」幻の色。「100パーセント月世界人同士なら見れるのでは?」と当然思うかもしれないが、「あ、100パーセント月世界人同士で眼を見たらふたりとも死ぬで。よろしくな。」と通知が出ているため、100パーセントの者同士はいつだってどこかびくびくしながら日々を過ごしている。

物語は、この魅力的な設定からほとんど派生していく。主人公となるヒエロニムス少年は書名通り100%月世界少年であるし、同じく学校で彼と親しくしているとてつもない美少女であるスリューもまた100%月世界少女である。「すさまじい体験をする」「見たものは誰も覚えていない」「月にしか存在しない」と散々に煽られまくった必然として、「100%月世界人の眼」をなんとしてでも見たい、またその能力を利用する為に、襲いかかって眼球だけを摘出しようとする人々も存在することになる。

簡単なあらすじ

物語は、自制的に自身の眼を周囲から隠し(見せたら逮捕されるのだから当然だが)幼なじみのスリューともそれなりにきゃっきゃうふふしながら楽しく過ごしてきたある日、地球からきた彼にとっての「100パーセントの女の子(by 村上春樹)」と出会ってしまうことから始まる。少女は、あまりにも好奇心旺盛で、美少女で、積極的で、総合的にとてつもなく魅力的だった。彼はさんざん抵抗しながらも、ついに彼女の好奇心におしきられ、自身の眼を彼女へ見せることに同意してしまう……。

 彼女がそこにいた。美しいという形容詞だけでは、とても表現しつくせない少女だった。ひとつの象徴。降臨したビーナス。儚く、でも逞しく。まるで蘭の花のようだった。銀色の触覚を伸ばしていた。その触覚から火花が飛び散っていた。ひとりの妖精。夏の夜のホタル。絹の繭。小鬼、悪魔、女神。頭上で静かに輝く別の惑星から来た、黒い髪と黒い瞳を持つ娘。

思わず「そんな褒め言葉があるかい」と笑ってしまったが、まあそれぐらい想像を絶するぐらいの美少女だったのだろう。ボーイ・ミーツ・ガール物において、やはり一つ重要な条件は、少年にとっての少女が、「異なる文明圏からきた」ことであろう。異質な文化が触れ合った時、二人は恋に落ち、物語は大きく動き出すのだ。彼は、月世界の女の子ならどれだけ魅力的でも眼をみせなかっただろうが、「私は地球から来た。特別だから、大丈夫」というような台詞に、ついついほだされてしまったのだ。

少女は決して月世界少年のことはバラさなかったもののショック状態に陥ってしまったことから「少なくとも、彼女に何者かが眼をみせた」事実が警察にばれてしまい、追われることになったヒエロニムス少年の逃亡劇へと移行する。その過程で彼は、自身が持つ眼の謎に接近することになる。実際にその眼は、どれほどのことが可能なのだろうか。政府は裏でこの眼をどう運用しているのか。本当に月世界人同士がお互いの眼をみると死んでしまうのか。その時いったいなにが起こるのだろうか、と。

100パーセントの女の子たち

彼にとっては禁断の地(渡航も制限されている)である地球から来た少女、彼女はいうなれば「地球世界代表ヒロイン」だ。実は本作の100%の女の子は彼女だけでなく、先に説明した幼なじみで地球人の女の子にも劣らない美貌で学校中の男子を虜にするスリューの存在もある。彼女は眼が持つ力の秘密にヒエロニムス少年より詳しいことから、真実へ向けての先導者であり、かつ彼にとっては同じ眼を持つ者同士強い連帯感と感情的な繋がりを持つ「月世界代表ヒロイン」でもあるのだ。

二人ともただ状況に翻弄されているだけのヒロインではなく、主体的に行動しヒエロニムス少年を引っ張っていく能動的な存在であるのも魅力的である。さてさて、しかしそうなってくると問題はヒエロニムス少年がどちらを選ぶのか──どちらも選ばないのか、はたまたどちらも選ぶのかの選択になってくるが、これもまたなかなか思い切っていていい。結果は読んで確かめてみてもらいたい。

表現できないものを表現する

「眼」は基本的に見ることができないものなので、多くの人間にとってそれはたどり着くことの出来ない「異界」と同じようなものだ。だからこそ哲学的な思索の対象にもなりえるし、どうしても見てみたいという動機にもなりえる。もし本当に見てしまったら──その時の描写は小説の描写の真骨頂だ。本書の場合それはぼかして書くというよりかは、「見る」ことによって客観的に「身体」や周囲の風景にどんな変化が現れたのかという間接的表現として描かれていくのでその凄さが伝わりやすい。

さらに、その眼が解放されるときはだいたい意を決してとか、えいやっというように感情が高ぶっている、追い詰められているなどなど、物語的にはクライマックス場面なので感情的にもシンクロしている。美少女描写のこてこてっぷりなどかわわかる通り、かなり描写は飛ばしてくる作者だが、この作品にはよく合っている。その上、情景描写がどの場面を切り取ってもとても印象に残るように演出されているのだ。

おわりに

惜しいのは、この作品で完結してなくて続きがあることだろう。そのおかげでヒエロニムス少年の設定や、両親の設定、この世界そのものについての設定など明かされていない部分が多々ある。2000年の時を経ている間に人類一般の語彙力が過去の本に書かれた言葉をまったく理解できないレベルまで低下しているとかけっこう面白いんだけどね(それは既に物語に活かされているが、まだまだ続きがありそう)。

余談

それにしても、この話、なんと映画化権が取得されたのだという。"第四の原色"はどうやって表現するんだ……。生半可に表現するぐらいなら観た人間を全員気絶させ、あわよくば殺るぐらいの強烈な絵にして欲しいような気もするが、そんなことをしたら世界中で問題になるだろう(当たり前だ)。思い出されるポケモンショック。