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加速的に進歩を遂げた仮想世界──『セルフ・クラフト・ワールド』

セルフ・クラフト・ワールド 1 (ハヤカワ文庫JA)

セルフ・クラフト・ワールド 1 (ハヤカワ文庫JA)

今更仮想世界ゲーム物、それも異世界ファンタジーですかー? と普通だったら思うところだが著者が芝村裕吏ともなれば話は別だ。『高機動幻想ガンパレード・マーチ』他いくつものゲーム、それもAIを中心とした高度な技術を組み込んだゲームに関わってきたゲームデザイナーであり、(どこまで芝村氏が関わっているのかはわからないが)未来世界を舞台にし、AIが遥かな進化を遂げた仮想世界を描くとなればその分野のプロがガチで殴りこみにきた的な面白さが企画段階で既にある。

もちろんあまりにも現実的な縛りを作中に入れすぎた結果話がまったくつまらなくなってしまえば本末転倒であるし、本作も現実的に設定を組み上げられているためにたとえばソードアート・オンラインやアクセル・ワールドのような燃えるバトルは存在しない、割合地味な世界だ。しかしそれは「現実を仮想世界でシュミレートし」「その先を描く」ことに忠実に従った結果であり、このあまりにも現実的な世界でしか描きえないものを描くことに成功しているように思う。それは後述する。

熊本弁を話すAI

仮想世界ゲーム物というありきたりな設定とは裏腹に突飛な設定の多い本作だが、まず特徴的なのは一人称の語り手が人間ではなくノンプレイヤーキャラクター、ゲーム内AIであることが挙げられるだろう。AIが語り手? AIに意識はないでしょうと疑問に思うが、ここのAIはほとんど人間のように思考し、それでいてそこがゲーム内であることも知っており、「フラグシステム」など自身のNPCキャラクタとしての役割(村人だったら村の案内をするなど)に規定された行動をとるようになっている。

ようはほとんど人間だが、恋愛フラグが立てば自分の意志とは無関係に惚れたように行動するなど普通の行動にシステム的な干渉が加わった存在として思考しているのだ。他にも、パーティで仲間に入れられれば新たに職業を得るほか、村人に課せられている巣穴に戻らなければいけないという制限から離れられるなど幾つかのルール上の変更が起こる。NPCによる世界認識として、職場カテゴリ、職場の規模カテゴリなど世界の構成要素はだいたいカテゴリ毎に分けて構築され、距離はブロック単位ではかられと、冒頭からこの世界の設計が次から次へと明かされていくがこの時点で相当細かい部分まで描写されるのがまず面白い(なぜ砂を風で動かさないのかなど)。

特異なのは、ヒロインになるNPCキャラクタが熊本弁であることだ。

「箱をひっくり返したような気分ってことか。えーと。ぞわぞわした感じ、かな。最近のAIは抽象的だったり感覚的だったり、方言を使ったりと、良くできているなあ」
「そっは褒めことばになっとらんけんね。口説き文句にもなっとらん。人間相手には通用するかもしれんばってん、うちはそぎゃん非人間的じゃなかと」

これぐらいだったらまだ意味がわかるが、時々何を言っているのかまったくわからないことがある。ただその場合プレイヤーもわからないので質問して聞いてくれるので特に読む分には支障ない。ヒロインが熊本弁を話すことが面白さに寄与しているのかはいまいちわからないが、AIが方言を話すという状況それ自体は目新しい。

あらすじとか不可思議なところとか

熊本弁を話すAIエリスは、即死級の穴へ落ちて墜落したところを助けてくれたプレイヤと出会ったことであっという間に恋愛フラグ1(恋愛フラグも幾つかある)が立ってしまう。そのプレイヤーはこの仮想世界に存在する生態系を人間には予測がつかない形で進化を促す仕組みに関わった男であり、今は引退しとある事情からこの世界にモンスター・ウォッチングにきているなかなか凄いジジイなのであった。実質的にOld-man meets AI-Girlというなんともよくわからない恋愛物にもなっている。

AIとプレイヤが恋愛をする作品は幾つもあるが、AI視点の小説というと相当珍しいように思う(ほぼ人間と変わらない作品などがあって細かく定義するのが大変だが)。とあるきっかけによって恋愛フラグがリセットされてしまったエリスが、しかしプレイヤへの好意を持ってまた恋愛フラグを立てなおそうとするなど(フラグ条件は明らかにされていない)逆ならギャルゲを必死で攻略しようとするジジイというだけの話だがシステムに規定されたAI視点だからこその不可思議さをかもしだしている。

もちろん仮想世界でジジイとAIが恋愛ばっかりしているわけではなく、親交を深めているうちに、謎のハッカー集団が侵入してきて──という形でこの仮想世界が存在する世界がいったいどのような背景の元成立しているのか、どこの勢力がどのような意図をもってハッカー集団はやってきたのかが明らかになっていく。本作はずっと仮想世界の閉じた中で展開していくが、この仮想世界が現実世界においてどのような立ち位置なのかや世界情勢が断片的に明かされていき、広がりを感じさせるのが面白い。

加速的に進歩を遂げた仮想世界

恋愛物の部分を別にすれば、本作の読みどころはやはりその世界観構築部分にある。架空の生物を一体一体人間がつくり上げるのではなく、自然に捕食関係にある生物たちが生き残りをかけて「進化」を重ねていくシステムが存在すること。それによってこの世界における生物は現実の人間でさえも予想がつかない形態をとることになる。

さらには、ゲーム内では100倍の速度で時間が流れ、圧倒的速度で進化を続けていくことから「現実はゲーム内から技術を得る」状況にある。だからこそ国家が動く闘争の場にもなりえるし、物語はそこに焦点を当てているわけだ。人間は死後この世界でAIとして(金を払えば)存在しえることや、人間の理解を超えて進化し続ける仮想世界の状況を考えると今とはまったく異なった技術レベルを迎えた状況にある(最初シンギュラリティと書いていたけれども大野典宏さんに指摘を受けてシンギュラリティじゃないなこれ……と思ったので改変しました)。

僕が随分と楽しんだのは、この世界の成り立ち、その構造が実に現実的に描かれていくその点にある。冒頭、エリスとの会話の中でプレイヤは「なんでプレイヤーは砂を風で動かさないのか」と質問を受ける。プレイヤはそれに対して、『風やそれに伴う砂の動きはちゃんと再現しようとすると膨大な計算リソースがいる』と計算リソースを上げて答えてみせる。百のAIを走らせるほうがずっと簡単なのだと。

僕も自然な葉っぱの着き方をした「木」オブジェクトをどのように自動生成するのかのコードや、物体が重力にひかれた時の動きを演算するコードなんかをみていて、当たり前に享受している「現実」の情報量の多さ、その複雑さに感動したことがある。演算で達成しようとするとこんなに大変なことを現実は当たり前にやっているんだと。本作はそうした、現実の複雑さを仮想世界を通して描こうとしているように思う。そしてもちろん、現実では不可能な「その先」の可能性を。

そこにあるのは、人間が全てを設計・設定できるなどという思いあがりではなくただただ複雑で自立的に進化を重ねていくシステムの凄さだ。ゲームが現実では不可能な進化速度を生み出し、その結果として進化がゲームシステムを出し抜き、人間までもを出し抜いていく。こうした「自分が意図しないことが起こる面白さ」は、芝村さんがゲーム製作を通して楽しんでいたものと同調しているのではなかろうか。

本シリーズは最初から三部作であるとあとがきで明言されており、次回は現実がゲームに侵略されて変わってしまった回ということだから、第1部(本作)が仮想世界編で、第2部が現実世界編、第3部がそれが入り混じった新世界編となるのかもしれない。何にせよ今後もっと面白くなっていきそうな気配で続きが楽しみだ。