『BEATLESS』を読んだ。円環少女やあなたのための物語といった、ライトノベルとSF、ジャンルを超えて活躍している長谷敏司さんの最新作だ。僕が長谷敏司さんの作品で読んだことがあるのは例にあげた2作品のみだが、どちらも技巧的かつ、エンターテイメントであり、テーマとしておもしろいものを問いかけ、その世界観の構築は思考の枠組み同士の争いといった形で行われてきた(難しく書いたけどようは「いろんな世界の捉え方をする人がいるよね」っていうのを意識的に強調して書いているということがいいたい)。
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コメントアウト。正直な、理屈っぽく書かない感想を言えば、傑作だった!! 感動した!! 最後は風呂で読んでいたのだがそのおかげでぼろぼろ泣きながら読んだ。感動して泣いたのだ! 読んでいる途中で頭がクラッシュしたかのように興奮して昨日こんな恥ずかしい記事も書いた! ⇒物語を体験して、心が震える瞬間がある。 - 基本読書 とにかく、良かったんだよ!! っていうのを下に書いていくからね!!
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本作ではその総決算ともいえる内容だ。扱うネタはド直球なものばかり。ボーイ・ミーツ・ガール物であり、扱うテーマは「人間型ロボットが一般化した世界で何が起こるのか」といったところであり、そしてプロットは完全にライトノベルだ。題材としてボーイ・ミーツ・ガールは直球中の直球であり、人型ロボット(本作ではhIEと呼称されるので以降踏襲)のテーマもSF的には直球でありながらその骨組みはライトノベル的・漫画的プロットで組まれている。
総ページ数が650ページにも及び、しかも二段組なもので、一冊に見えるのだが内実としては文庫3冊分ぐらいある。ひとつの物語としては長く、ド直球の具材がぐつぐつとよく煮込まれ、効果的に混ぜ合わされている。ボーイ・ミーツ・ガール要素はアンドロイドとの恋愛というギミックによって魅力的なジレンマを生み出し、そして「人間とhIEとの新たな関係」というSF的に魅力のあるテーマを引き出し、ライトノベル的なプロットはそれらを重苦しくさせず、あくまでも娯楽として面白いものにしてくれた。
というわけで以下では1.ボーイ・ミーツ・ガールとしてのBEATLESS 2.SF的なテーマとしてのBEATLESS 3.ライトノベル的なプロットとしてのBEATLESS の3点に魅力をしぼってご紹介していこうと思う。まあノリに乗ってついついネタバレしちゃうかもしれないけどごめんよ。
1.ボーイ・ミーツ・ガールとしてのBEATLESS
そういえばあらすじをまったく書いていなかった。ここで少しあらすじを紹介しておこう。約100年後、22世紀になった未来ではヒューマノイドインタフェースエレメンツ通称hIEが人間社会に広がり馴染んでいた。この世界ではこのhIEが人の手助けをし、人間の考えを吸い上げる政治家として運用をテストされたりといったことが一般的になっている。
また「コンピュータが人類全体をあわせたよりも速い処理能力を得たポイント」を一般的に特異点と呼ぶ(とかそんなかんじだったとおもう)が、この特異点が起き、「AIの方が人類より進んでしまった」世界でもある。この「人類を超えた」AIは当然人類を超えた速度で真価を続けるので、人類には理解できないことをやったり、理解できないものを作ったりするがこういうやつが40機近くいる。
hIEが一般化し、人間以上の超高度AIがいる世界では、人間の役割というのはどんどん置き換えられてしまっている。人は人にとって便利な道具を常につくってきた。今では何よりシステムが自動化を行い、人間の仕事はどんどん機械に置き換わっている。そうやってどんどん機械に人間の能力を置き換えていった時に、人間はお払い箱になってしまうのだろうか?
とここまでいくとSF的なテーマと具体的なプロットの話になってしまうのでここではとりあえずここまでにしておくが、そういう世界観である。
というわけでここからようやく本筋にもどろう。ボーイ・ミーツ・ガールとしてのBEATLESSについて。むかしから恋愛物において重要なのは「いかにしてジレンマを生み出すか」と相場は決まっている。「俺はお前が好きだ」「私もあなたが好き」という、お互いの気持ちが通じ合うものの、しかし一緒になれないという価値観の相克が、ドラマを形作る。
hIEと人間の恋愛はジレンマそのものだ。hIEには「こころ」はない。hIEはシステムによって動く。だからhIEがいくらこっちに気がある態度をとろうが、かわいい笑顔をみせようが、それは「システムとしてそう組まれているから」そういう行動をとるに過ぎない。あるいは「好意をもってもらおう」というそもそもの企みがあるからこそ、笑顔を見せるのである。
主人公であるアラトは、しかし自分の元に転がり込んできた超綺麗なhIEに恋をする。かたちが綺麗だったからだ。そして彼はその気持を肯定していくのだが、その道程は当然楽なものではない。繰り返しになるのだがそもそも相手にこころはないのだから、「どれだけ相手がかわいくみえたとしても」それは相手にとって望ましい結果を呼び寄せるための布石でしかない。
この物語ではそれはアナログハックとして説明される。hIEにこころはないので、何かhIEにたいしてしてやりたくなったり、あるいはほとんど意識しないにしても「気づかない内に誘導させられている」ことをアナログハックと呼ぶ。だからアラトは常に「自分は騙されているのではないか」と疑いながら彼女との関係を構築せざるを得ない。
たとえ「こころ」がなかったとしても、人間は人間の形をしたものが人間と同じ動きをしていたら、引き寄せられるものだ。それ以前の問題で、人間は自分以外の人間に本当にこころがあるのかといったことも、実際にはわからないのである。人間を徹底的に分解してもこころは出てこないのだから。
かたちが好きだから、相手が笑顔を見せていれば好きだと思う。当然ながら好きだとは言い切れない。しかし好きだと思ってしまう気持ちは本当なのだ。ぼくらは相手のこころを直接感じているわけではなく、相手の人間らしい仕草、表情をみてそこにこころがあると考えているだけだ。でもそこに人間と寸分違わない動きをするロボットがいたら──。
その時生まれる好きだという気持ちをどうしたらいいのか。その葛藤は、今の僕らには無縁のものだが、でもいずれくる未来であると僕は思う。これは未来の恋愛小説なのだ。
2.ライトノベル的なプロット(設定)としてのBEATLESS
このプロットがまた素敵なのだ。ちょっと書くから黙って読んで欲しい。
物語の冒頭、東京湾第二埋め立て島群の一角で事件が起こる。5体のhIEが逃走したのだ。本来hIEは行動制御をクラウド上で行っており、そこに存在している振る舞い以外の行動はとれないので逃走するなどあり得ない。しかし逃走が起こった。ということはこの5体はその「あり得ない機体」なのだ。
ほどなくしてその機体の設定が明かされる。Type-001からType-005まで、それぞれの機体は特殊能力と戦闘能力、そして独自の思考の枠組みを与えられている。Type-001紅霞は「人が争いに勝利するための道具」としての役割を、Type-002スノウドロップは進化の嘱託先である道具としての役割を、Type-003マリアージュは環境を構築する道具としての役割を、Type-004メトーデは人間の拡張としての道具としての役割を。
そして主人公の元にやってくるType-005レイシア(000だったっけ??)は……が明かされるのは物語のクライマックスなので読んでもらうとして。この5体がそれぞれオーナーを見つけ(ないのもいるんだけど。)、オーナーの思惑に沿ったり沿わなかったりして世界を巻き込んだ戦いをはじめるわけで、なんていうか、燃えるんだよ!! 中二病だから燃えるんだよ!!
もうねーこういう「特殊能力持ちのAI5体とそのオーナー」とかさー、出されたらもうどうしようもないっていうか。しかもそこに人類を超えた超高度AIの思惑が絡んでくるわけで、燃えないわけがない。前エントリでここに関してはその興奮を書いたが、「人間を超えたAIが人間社会に対してどんな影響力を行使できるのか」っていう描写には、こっちの想像力を拡張させられた。
あと主人公がちょろかったり、なんかやたらとなついている妹がいるのとかはライトノベルっぽかった(ただの感想)。でも緊張続きのこの物語で、どこか非現実的な人間関係というか、キャラクタ設定は息抜きになって良かったよ。
3.SF的なテーマとしてのBEATLESS
続いてはSF的なテーマとしてのBEATLESS。さっきhIEによって人間の機能がどんどん置き換えられていった時、人間はお払い箱になってしまうのだろうか? と書いた。最後に人間に残るのはなにか? と。上記を読んでもらえればわかるかと思うが、最後に残るのは恋である。本作では人間の役割がなくなっていくのを危機感として捉える向きが強いが、僕は人間の役割なんかなくなってしまえばいいとおもう。
最終的に人間の機能がみんな置き換えられる時がきたなら、あとはそいつらに任せて人間はみんな毎日引きこもって好きな事をして過ごせばいい。しかしこれは僕個人の意見だ。本作はもう少し人間には役に立ってもらおうとしている。これはAIが進化しきった未来の話ではなく、「AIと人間が手をとりはじめた」時代の話なのだから当然だ。
なんだかこの項で言おうとしたことをほとんど前項で書いてしまったような気がするなあ。SF的なテーマとしておもしろいとおもったのは「hIEが一般化した世界のリアルな姿」を描いている世界観なんだよね。そこでは人はアナログハック──常に誘導を受け、あるいは意識して過ごさざるをえない。
その葛藤が広く行き渡っている世界で、そんな世界は長続きしない、と結論したくなる。だって疑い続けながら生きていくのってつかれるもんね。だからこそ本作ではSF的なテーマとして「物と人の新たな関係性」が提案され、実行に向けられることになるが、その為に必要なのが「hIEを信じることが出来る人間」つまりアラトだったわけだ。
そもそも人間の脳は常に多様な錯覚の中にいる。脳に転写される映像は、現実のそのままの映像ではないし、アナログハックなんて大層な名前をつけるまでもなく僕らの日常は自分の意志にそわない「誘導」でいっぱいなわけで、アナログハックがなんぼのもんじゃいと読んでいて思ったりもした。アラトの気持ちに近かったわけだ。
人間の身体自体は、もうここ何千年も(たしか)進化していない。しかしそうはいっても人間は昔とは似ても似つかない生活をしているわけで、なぜそれが可能なのかといえば「伝達が可能になったこと」と「道具を進化させ、環境を変化させること」の二点が主な要因だった。いわば道具と人間は相互作用で進化してきたわけだが、道具の側が顧みられることはなかった。その関係性が、道具が人型を持ったことで崩れていく。そして新たな関係性の構築。そのあたりが、本作のSF的テーマとしての読みどころだろう。
おわりに
という上の3つの要素が幸福につながって傑作になっていると思う。しかしもっといえば、「その先」が見たかったという気持ちもある。ボーイミーツガール、大きな葛藤を乗り越えて成就されるかその恋は。結末から、此の世界では道具と人間の新たな関係性としての世界が始まる。人間と物の関係が変化すると次に起こるのは人間と人間の関係の変化だろう。その先に待っているのは何かといえば、情報が独立し、分散した社会だ。
人間に最後に残ったものが恋で──、恋が物と行われるんだったら、人間は個々に独立した生を過ごすことになるのかもしれない。あるいは超高度AIたちが、あらたに「創造」をはじめ人間から独立した存在になるのかもしれない(膚の下/神林長平)。何にせよこの傑作を読んで思ったのは「早く長谷敏司さんの次回作が読みたい」だった。次はどんな爆弾を持ってくるのか、待っています。
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