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プロフェッショナルvsプロフェッショナルなアラスカ・サバイバル──『アラスカ戦線』

アラスカ戦線〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV)

アラスカ戦線〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV)

世の中にはいろんなおもしろい物語があるわけだが、その一つに「あらすじを読んだだけでおもしろいことがわかる」タイプの作品がある。あらすじを読むと、「その設定、そのあらすじでつまらないわけがないだろ!!」と盛り上がってきてしまう作品だ。実際、つまらないことはほとんどない。『アラスカ戦線』は1964年に書かれ、日本では1970年にハヤカワ・ノヴェルズから発刊されたものだが今回解説が付いて新版として出し直され、今回はじめて読んだのだけどこれがまさにその「あらすじだけでめちゃくちゃおもしろい」し実際に中身もおもしろい作品なのだ。

何はともあれそのあらすじを

何はともあれそのあらすじを紹介させてもらおう。

時代は1944年、第二次世界大戦も佳境の年に日本軍では自身らが占領したアッツ島を軸にして展開する作戦を考えていた。決定されたのは、そこに飛行場を建設し、爆撃機を飛び立たせ米本土を攻撃する大規模な攻撃作戦だ。しかし飛行ルートにあたるアラスカ上空は非常に天候が不安定で満足な観測もままならなず、このままではせっかく飛行場をつくったところで悪天候により攻撃が不可能になる可能性がある。

そのために、日本軍はアラスカにこもって長期間にわたって天候の観測をする特殊部隊を送りこむことを決定する。無線通信を必要とすることからその存在は必ず敵にバレる。必要とされるのは極寒の地でサバイバルをしながら、敵の追撃を受けて尚任務を続行できる強靭な精神力と体力と技術を持った男共だ。特にリーダーは、若すぎても、年をとりすぎていてもいけない。ゲリラ戦ができて、慎重な行動と決断が可能で、彼のために部下が命を賭けることも辞さない鉄壁の男が求められている。

そのリーダーとして選ばれたのは、日高遠三という、かつてオリンピックの十種競技で銀メダルをさらい、スポーツマンとして世界に知られていた男である。彼はそうした栄光を捨て去って軍人生活に身を捧げ、大きな活躍を見せてきたたのであり、それは個人の名誉を断念して国に尽くすことを決めた男の証拠である。

「(……)大事なのはできるだけ長期にわたって活動することだ。アラスカのただ中で。ここと似ておるが、山はさらに高く、冬はもっと長い。北部はまったく無人境のはず。敵もありきたりの情報しか持っていない。きみはどうしても無線で位置を暴露してしまうことになる。敵は全力をあげてきみを発見し殲滅しようと図るだろう。それをできうる限り阻止するのだ。まず位置を常に変えて。交戦はいかん。敵をまくのだ。裁量の武器はいつも計略だな。」

とまあ、ここまででもう、非常に盛り上がるわけですよ。いかにアラスカという地が過酷なのか、いかに重要でかつ危険なミッションなのかが同時に描かれ、日高がすさまじい人間であることが丹念に描写されていく。日高は10人の精鋭を率いてアラスカ入りするわけだけれども、もう気分は単独潜入でこそないものの、メタルギアか何かをプレイしているかのようだ。凄いやつらが、武力だけではなく計略でもって、過酷なミッションに挑む!! いったいどうなってしまうのかぁ!!

で、この作品を傑作にしているのはそうした下準備だけではなく、この日高たちの存在に気がついた米軍側にもプロフェッショナルを配置してきたところになる。米軍はアラスカから同時刻に発される無線通信に気が付き、そこに何者かがいることを知って探索隊を組織することになる。だがアラスカはやさしい土地ではない。そのうえ追跡など……ということで呼び寄せられるのが、軍人でもなんでもない野獣監視員!

ミスタ・マックルイアはただの野獣監視員だが山と一体化するように日々を過ごし、第六感に加え思考は千の目を持つと言われる男であり、このたび軍人として登用され謎の無線発信者らを追う部隊を任されることになる。彼は軍人でこそなかったが、いわばアラスカの専門家だ。日高は日高ですさまじい男だが、このミスタ・マックルイアも同様に並外れた技量を持っていることがだんだんと明かされていく。

「匂いや足音、煙、狩りの跡などすべての痕跡を探し追い詰めていく」「痕跡を残さぬよう行動し、時にはわざと残して敵を誘導する」戦いであったり、「罠を仕掛け、損害を与える」戦いであったり、少ない痕跡を頼りにお互いの姿を狙うプロフェッショナルvsプロフェッショナルの戦いがアラスカの地を舞台に展開されていくのだ。

「義、われわれはな、幽霊になるのだ。目に見えない幽霊に。大地にも感じられず、鳥にも見えぬような。この生き方を隊員にたたきこまねばならん。足音を立てず、足跡を残さない、義、われわれには眠りと食事よりもそれが必要になるぞ。いいか。たのむ、このことを忘れんでくれ!」

僕はアラスカといえば水曜どうでしょうのユーコン川下りとかでしか知らないが、その時のガイドも「クマがいっぱいいるからマジで気をつけろよな」と言っていた。アラスカの地は追跡など受けておらずとも、それ自体が過酷なものである。

両者ともに補給など受けられないからなんとかして狩りをしながら食いつないで、時にはクマと闘いながら敵兵に見つからないように暖もとらねば──と「アラスカでどうやって生き延びるのか」のサバイバル描写も、プロフェッショナル同士の戦いにあわさってたいへんおもしろいのだ。

死力を尽くして闘う両者だが、勝利はどちらの陣営にもたらされるのか──? わりと意外というか、「そんなことになるんかい!」みたいなラストだけどこれはこれでじゅうぶん満足できる内容なので楽しみに読んでもらいたい。

おわりに

それにしても日本軍の描写が非常に濃厚で的確でもあり、怪我をおって捕虜になるよりも真っ先に名誉ある切腹を選ぼうとする日本人とか、当時の異常な精神性をよくもまあきちんと描いている。著者は日本人でもないのに(ドイツ人)凄いなと思っていたら、3年とはいえ日本のドイツ大使館で勤務していた人のようだ。

あと、かなり硬派な作品でひたすらに血と泥にまみれた作品かとおもいきや途中からアラスカ少数民族のかわいいアラトナという女の子(女性?)が出てきて、これで作品の雰囲気を残しつつも空気がやわらぐのが個人的にはよかった。少数部族出身ゆえに特殊な価値観と文化を持って、献身的に旅(というか仕えている相手)をサポートし覚悟・完了みたいな状態になっているカタコト娘でめっちゃかわいーのだ。

新・冒険スパイ小説ハンドブック (ハヤカワ文庫NV)

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