- 作者: マザー・テレサ,ルシンダ・カーディ,沖守弘,猪熊弘子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/02/24
- メディア: 文庫
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本書はそんなマザー・テレサについて書かれた無数にある本の一冊で、1997年に単行本で出版されたのち今年になってから(聖人認定に合わせて?)文庫化されることにあいなった。マザー・テレサにたいする世間一般的な認知度というのがどの程度のものなのかはわからないが、簡単にまとめてしまえば、貧しい人々への支援を行うためカルカッタで〈神の愛の宣教者会・女子修道会〉を設立し、その後活動は世界中へと広がっていく。ずっと極端に貧しい人々への支援活動に従事してきた人である。
そんな経歴はともかくとして──彼女はいったい何を考え、どうしてそんな生き方をするのか、という部分について語られたのが本書である。長い時間をかけてマザー・テレサの言葉とその行動を拾い集め、同時に彼女と一緒に働いている同僚(ボランティアのシスターやブラザーら)からみた実像を描き出している。
『私たちが必要としているのは、祈ること、そして他人をもっと愛しはじめることだけである、と彼女は言った。』とマザー・テレサ自身は自分の言っていることは極端にシンプルなことなので本を書く意味などないのではと消極的な通りに、やっていることも言っていることも確かにシンプル極まりないので、難しいところは一切ない。だがその言葉の多くは、カトリック系の信仰者でなかったとしても響くものが多く、まるで詩を読むようにして楽しむことができる。
私たちは愛のなかで成長するべきです。そのためにはひたすら愛しつづけ、与えつづけるべきなのです。──イエスがそうなさったように。普通のことを、普通でないほど大きな愛をもってしなさい。
普通のことをやるというのが実際は難しい。「世界平和のために私たちはどんなことをしたらいいですか」という問いかけに対して「家に帰って家族を愛してあげてください」と答えたマザー・テレサの有名な発言があるが、これも近くにいる家族であるほど、なかなか近すぎて感謝を伝えること一つとっても見えにくい/やりづらいものだ。端的にいって気恥ずかしい。痩せたかったら運動して食べる量を減らせというのと同じである。それが簡単にできれば苦労しない。
マザー・テレサの凄さは、『普通のことを、普通でないほど大きな愛をもってしなさい。』を極端なレベルで実践し続けてきたところにあるのだろう。カルカッタで始まった活動は、純粋な支援である。そのとき求めているものを、無条件に与えようと努めること。〈孤児の家〉では栄養失調や行き場のない子どもたちの世話をし、養子縁組に努め、育ったら仕事につくために教育を受けさせてきた。
これはマザー・テレサの同僚の発言だが、絶えずされる質問の「その人に魚をあげる代わりに、魚をとる方法を教えてはどうだろうか?」に対して『貧しい人々には、釣り竿を持つ力さえないに違いない』と答えているのも興味深いところである。合理的というか、自立支援をするような組織は組織であり、それとは別に今まさに死にかけているという人たちには、(場合によってはそのまま死ぬしかない人たち)ただ横に座って手をにぎるというやり方で精神的な充足を与えることが必要なこともある。
祈りの働きは愛であり、愛の働きは奉仕です。だれかがそのとき求めているものを、無条件に与えようと努めなさい。大切なのは何かをすることなのです(どんなに小さなことだっていいのです)。そして、あなたが相手を心配しているのだということを、あなたの時間を捧げることで示しなさい。
ただ、これは一例であり、エイズ救済活動など医療的な行動も数多く起こしている。信仰との兼ね合いもあろうから、すべてにおいて合理的であったなどといえるはずもないが、彼女らが何を目的として、それをいかにして達成しようとしてきたのかは本書を読むことでよくわかるだろう。
解説の沖守弘さんはマザー・テレサと何度も会って話をしている写真家の方で、本書のマザー・テレサ像を裏付けるような話とともに「カステラ」が好きだったこぼれ話などもあっておもしろい。マザー・テレサにたいしてはホスピスの衛生環境が悪かったとか、医療的な質が極端に悪かったという批判も一時期出ていて、すべてが間違いだとは思わないけれども(どちらにせよ僕には判断不可能である)本書のような実際に会っている人たちの話をみるとそう単純な話じゃないよなあと思うのであった。
Criticism of Mother Teresa - Wikipedia, the free encyclopedia