「暗黒・中国」からの脱出 逃亡・逮捕・拷問・脱獄 (文春新書)
- 作者: 顔伯鈞,安田峰俊
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/06/20
- メディア: 単行本
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著者は元々中国体制内のエリートであり、北京工商大学の副教授だ。しかしある時「公盟」と呼称される、体制民主化などの実現を目指す社会改革団体に参加し、活動を続けるうちに国家から追われる身となってしまう。そこまで危険な組織活動を行っていたのかといえば少なくともはたから観ている限りはそんなことはない。公盟の主な活動は全国各地で参加者を集め、社会問題を話し合う食事会を開き、体制における自由化を目指すデモを行う法律に則った比較的に穏健な組織である。
ところが、中国ではそうした活動さえも許されない状況が本書では明かされていく。著者は討論会を開催したりするうちに当局の注意を引き、支持者たちで「党官僚の財産公開」を求めて街頭に出るようになるとついに仲間もろともしょっぴかれかけてしまう。そこから家族に別れを告げ、水滸伝か何かの如く反体制の好漢たちの間を渡り歩きながら、香港からミャンマーまでを転々とする白熱の逃亡譚がはじまるのだ。
まるで小説のような逃亡譚
本書は逃亡譚に内容を絞っているので思想的な面での語りはあまりないが、読めば現代中国においてどれほどまでに言論的/思想的な自由が妨げられているのか、中国にひそむ社会矛盾をより深く理解することができるだろう。
それとは別に、逃亡者を逃がしやすいように隠し通路で繋げられた家など時代劇のギミックのようなものが出てきたり、当局に知られた番号で探知されないためSIMカードを捨てながら逃げ続けたり、一目でいいから家族に会いたいと北京に戻ってきてみれば1年経っても家が何ら変わらず厳重に監視されていたり──という状況の一つ一つが、不謹慎ながらも現代のスパイ/武侠小説でも読んでいるようにおもしろい。
副題に逮捕、拷問とあるように家族を人質にとられるなどして実際に一度ならず捕まってしまうのだが、その時も起訴できるほどの罪状があるわけではない(何しろ、実質デモをしたぐらいだから)。それにも関わらず、冷水をぶっかけながら何日もぶっ続けで仲間の居場所などを尋問される、1ヶ月間凶悪犯とともに拘禁される、また別のある時はホテルの一室に見張りつきで監禁されるもののザル警備で隙をついて脱獄する──などなど本当に今は21世紀だよなと思うような事態が頻出する。
私たちの活動はもとより中国の現行法のもとで許された合法的なものであり、また時代の要請にもとづくものだった。わが国の憲法35条には、デモや言論の自由がちゃんと謳われているではないか。合法的な行為について「罪」を認める理由はなかった。
まるで小説のようだとはいえこれは実際に中国で起こっていることであり、現実だと思うとだいぶ気分が重くなってくる。しかしそんな状況にあっても、彼を支援し助けようとする市民ネットワークがあるのはひとつの救いなのかもしれない。危機を察知し各地を転々としていく中、彼を助けようとする人は滅多に絶えることがないのだ(著者の手腕と人柄によるところも大きいだろうが)
おわりに
本書はあくまでも個人の視点を通した逃亡記であり、この視点から見えてくるものをすべて正しいとするわけにはいかないが──『だが、中国が見せかけの繁栄の影で膨れ上がらせた空前絶後の規模の社会矛盾の存在をあぶり出すうえで、ひとつの窓口になれたのではないかと自負している』という部分については正しいだろう。ひとりの視点でしかないが、それゆえに狭く/深く状況を切り取っている一冊だ。