基本読書

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SFマガジン2016年10月号 海外ドラマ特集号

SFマガジン 2016年 10 月号 [雑誌]

SFマガジン 2016年 10 月号 [雑誌]

SFマガジン2016年の10月号が出ました。ゆるっと告知がてら紹介でも。

僕は連載で6〜7月に出た海外SFレビューを10作2pで、連載外でグレアム・ジョイスの『人生の真実』について1pレビューを書いております。今回は海外SF欄で紹介した10作中7冊がシリーズ物、もしくは3部作の途中/完結巻である。マラソンの中間地点みたいだな。完結巻としてはソローキンの『23000』が特に好き。

人生の真実 (創元海外SF叢書)

人生の真実 (創元海外SF叢書)

『人生の真実』は要約が難しい話だけれども、第二次世界大戦直後のイギリスを舞台に、コヴェントリーの町が復興していく過程と、ひとつの家族(8人の女性たちと、その女性たちの間を転々としながら育てられる少年)が変化していく過程を通して、人生に不可避的に現れる死や誕生、出会いや破局を丹念に描いていく長篇。

農家、アナキストのコミューン、神秘主義者の中で少年が生活し、成長していく過程を通して、著者のジョイスは見事に、戦後のイギリスにおける労働者階級の多様な側面と、伝統と革新が渾然一体となって「新しい物事がはじまっていく熱狂」を鮮明に描き出していく。SF要素というか幻想要素は、特別なものというよりかはマジックリアリズム的に「当たり前のもの」として挿入され、それによって死と生、過去と未来が現在の枠の中で凝縮したかのように体験できるのも見事。

まさに「人生の真実」というタイトルがふさわしい、濃密な一冊だ。

本書がおもしろかった人は同じく東京創元社の『モッキンバードの娘たち』なんかもオススメ。さて、以下では本誌をざっと読んだ感想をだらだらと。

海外ドラマ特集

今回は海外ドラマ特集 「スター・トレック」50週年記念特集号ということでAmazonプライムでも動画がはじまってしまったし、「そろそろ海外ドラマでもみるかなぁ」と思っていた僕には嬉しい特集であった。完結したやつから観るかな……とまず「最新版・海外SFドラマガイド」というガイドをみたら、2005年以後という縛りはあれど、全39本のうち、完結済みは5作品しかない……。

物語は「きっちり」終わるべきところで終わって欲しいので、人気が出る限りつづけて人気がなくなったらだらっと終わるというアメリカン・スタイルは本当に嫌いなんだけれども(だから『ブレイキング・バッド』は観た。)、とはいえシーズン制の力により、マンネリ化したら主人公さえもガンガン切り替えていくことでどの作品も(シーズン毎に)まとまっていて魅力があるんだろうなと(紹介を読んでいて)思った。堺三保さんの打ち切りドラマ総括も光あれば影もあるみたいな感じで悲哀が感じられる。

ざっと紹介を読んだ感じ、特に目を引かれたのは(特集以前からの評判もあるけど)『ドクター・フー』、『ゲーム・オブ・スローンズ』、『ストレイン 沈黙のエクリプス』、『アウトランダー』、『センス8』、『プリーチャー』あたりか(これ全部観たら何百時間かかるんだ……)。『ゲーム・オブ・スローンズ』は江波光則さんのレビューが相変わらずよい。いやー、さすがに『ゲーム・オブ・スローンズ』ぐらいは観ておかないとダメだよなあと思わされた。

浅倉ヴァンス爆誕

酒井昭伸さんによるエッセイ「浅倉ヴァンス爆誕」が素晴らしい。7ページにわたり浅倉久志翻訳がいかに凄いのか、その基礎が語られる。浅倉訳に存在するボサノバ的なリズム、『そもそもが名文なので読みだしたらたちまち批評的な見かたは消えてしまう、という要素を差っ引いても、原文と浅倉訳とをつきあわせた人間は、「うん、たしかに原文にはこう書いてある」と納得するはずだ。』というように、ものっすごく読みやすく、それでいて原文との意味的誤差が小さいのだと。

エッセイの後半ではそうした基礎的な部分をとらえたあとに、ヴァンスの『竜を駆る種族』を題材として、原文に存在する訳的な跳躍が必要とされる単語の、日本語訳との対応表を作って、そこでいかなる翻訳的創造が行われたのかを検証しており、読み終えた時にはいやあ、これは本当に良いものを読ませてもらったなと思った(特にこのエッセイが良かったから記事まで書こうと思ったのだ。)

ケリー・リンク以降 不思議を描く作家たち

ケリー・リンク以降として、ジャンル越境的に活躍している作家の紹介と、4作品の短篇が翻訳されている。チャールズ・ユウの掌編「OPEN」は男が家へ帰ると部屋に「door」が浮いていて(ドアが浮いているんじゃなくて、doorという単語が浮いている)──と、思わず「あれ、これは円城塔作品じゃなくて翻訳だよな??(訳は円城塔)」と考えてしまうぐらいに冒頭は円城作品で、不思議な味わいのある作品だ。

他はユーン・ハ・リー「弓弦をひらいて」、メガン・マキャロン「魔法使いの家」、ジュリア・エリオット「ワイルド家の人たち」と詩的な幻想譚から胡散臭い魔法使いと弟子とのラブストーリーまで俄には捉えがたい作品が並んでいる。個人的にはユーン・ハ・リーの作品は4ページながらも世界の特異性を打ち出していて作家として興味深かったなあ。下記は作中に出てくる迷路語というものの説明分。

世界が聞く、語られた言葉にはどれも一つずつ、一つだけ真逆があり、それは反対語であることはめったになく、同一言語である必要もない。正逆の言葉の組み合わせは完全無欠な静謐のときをもたらし、それは宇宙を誕生せしめた虚空への回帰となる。われらの聖域の外で一つの言葉が語られると、迷路はその逆を吐き、それは書き留められるまで谺しつづけるのだ。

なんかこうぐっとくる描写ではなかろうか? 著者は2016年にデビュー長篇「Ninefox Gambit」を出しており、数学を愛する人のためのミリタリSFみたいな興味深い評もネットのレビューに上がっていてので気になっている。

おわりに

というわけでSFマガジン2016年10月号をよろしくおねがいします。僕はスター・トレック未見なので触れられなかったけどスター・トレック50周年特集もあるよ。あ、ついでにSFドラマでなくてもいいので「この海外ドラマがおもしろい!」と一押しがあったら教えて下さい。実在した麻薬王を描いたという『ナルコス』っていうのはおもしろそうなんで大変期待している。時間はない。