宇宙探偵マグナス・リドルフ (ジャック・ヴァンス・トレジャリー)
- 作者: ジャックヴァンス,Jack Vance,浅倉久志,酒井昭伸
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2016/06/24
- メディア: 単行本
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まず短篇の一篇一篇においてミステリとしての切れ味とSFとしてのおもしろさを両立している。それも、「異種間コミュニケーションSF」とか「生物系SF」とか「宇宙SF」とか、サブジャンルの要素を、短篇ごとに非常に幅広く描いてみせるのだ。極めて精密な論理機構と、人間的に抜けたところを両立している偉大なキャラクター=マグナス・リドルフの行動は愉快/痛快/爽快であり、シリアスとコメディの配分も絶妙で(3/7ぐらいか)気楽に読めるのも良い。
表紙イラストを『それでも町は廻っている』などで知られる石黒正数さんが描いている。違和感はおぼえなかったが(読んだことがないんだから当たり前だが)、読み始めてみればまったく印象その通りでその人選に深くうなずいた。『それでも町は廻っている』と一部のキャラクタが似ているのもあるし、以下の紹介を読んでもらえればマンガの既読者はわかると思うが何より作風が似ているのだ。なので『それでも町は廻っている』ファンにはまず文句無しにオススメである。
世界観とか
宇宙探偵マグナス・リドルフは宇宙の探偵、白髪の老人、哲学者にして数学者、問題解決人──などである。定職は持っておらず、金をばんばか使い、しょっちゅうよくわからないものに投資しては失敗しているのでお金を持っていないことが多い。とはいえ、それは彼が無能であるということではない。
身体能力が特別高いわけではないが、キレ者なのでごくごく簡単に大金を稼ぎだしてみせる。ところが好奇心が異常に旺盛であり、無数の事件や事象にチャレンジしてみせるので、大量に稼ぐものの大量に失ってもいくという仕組みなのだ。短篇の多くは事業の失敗で金を失ってしまい、さてどうしたものかというところで怪しげな依頼を受け、「宇宙の揉め事」に巻き込まれていく形で進行する。
全10作収録されている中でも、特徴的な短篇をいくつかピックアップしてみよう。
ココドの戦士
最初に収録されている「ココドの戦士」で舞台になるのは小型惑星ココドである。ここにある観光客向けの宿泊施設では、好戦的でしょっちゅう合戦を行っているココドの先住民らを見学し、戦っているどちらの勢力が勝つのか「賭け」を日々開催し盛況を博している。マグナス・リドルフは〈道徳的価値観保存機構〉からの依頼によって、この法的には特に問題のない不道徳な状況を廃止させ、主催者を告発し、ココドの合戦そのものを終息させることを引き受けることになる。
いわばそれをどう行うのかが「謎」にあたる部分だが、これはなかなか厄介な依頼だ。賭けを廃止させるだけなら爆弾を仕掛けたり疫病を流行らせればいいが(これを言っているのはマグナス・リドルフ本人であることから、彼が他人のことをどう考えているのかがわかる)、主催者を告発するには存在していない法を破った旨を証明しなくてはならない。最後の条件にいたっては、ココドの先住民に古来より存在する習慣や価値観そのものを変える必要がある──。
この奇妙な異文化の描写も念入りでおもしろいのだが、マグナス・リドルフの情け容赦のない解決法──しかもその上莫大な金までぶん捕ってみせる──は鮮やかであり暴力的である。酒井昭伸さんの訳者あとがきによれば『この中篇にはヴァンスのすべてが詰まっている。』ということだが、非常に完成度の高い作品。
とどめの一撃
〈中心〉と呼ばれる、無数の異星生物がひしめく気密ドームの中で殺人事件が起こる! 果たして誰がやったのか!? タイトルからしてミステリっぽいが、その通り、本書収録の中でも特にミステリっぽい一作。アリバイを探ったり容疑者を洗い出したりしていくが容疑者は人間ではないのでその特殊な推理過程がおもしろい。『彼はほかのだれよりも、殺人者と考えにくい。その理由は三つあります。第一に、彼は人間でなく、激怒や復讐欲の経験がない。』とか。「そら殺人者じゃないわな」感がすごい。というか一つ目以降の理由いらんやろ。
暗黒神降臨
「暗黒神降臨」は一転、本書収録の中でも特にSFっぽい一作。舞台は空気もなければ生命もいないジェクスジェカという惑星。事業者のサイファーは、資源採掘のため、良水の泉が湧いている近くにいくつかの拠点を構えているが、そのうちの1つ、通称オアシスCにいた作業員が、ある時ひとり残らず消えてしまったという。その消失から84日後、今度はオアシスDの作業員が同じようにして消失してしまう、いったい全体この岩だらけの惑星で、なにが起こっているのだろうか?
マグナス・リドルフはちょうど経営していた異星生物の動物園が破綻して負債を抱え込んでおり、オアシスC、もしくはDに住み込んで命がけの調査をすることになる。すべての作業員がクレパスに落ちた可能性もあれば、誰かが作業員たちを皆殺しにした可能性など、可能性だけであればいくらでも考えつくが──、マグナス・リドルフはそうした無数の可能性を前にして下記のように言ってのける。
これはわたしの流儀の基本でしてね。考えられるすべての仮説を検討するのです。事件の概要をまとめ、可能なかぎり広く可能性を拡大していく。各仮説を徹底的に検証し、可能性のない要素を逐次消去していけば、あとに残ったものこそ真実にほかなりません。
「お前はシャーロック・ホームズかよ」みたいなことを自信満々に言っているが、最後に残った可能性は、SFならではの──というよりかは、架空の惑星を舞台にした世界ならではのオチが素晴らしい。
おわりに
マグナス・リドルフは自分をハメようとしたものを基本的に許さない。表面的には怒りを出さず、抗議もせず、むしろ相手のことをよく考えて好意的に振る舞う体をとっている。しかし、その脳裏では普通に殴り倒すよりも何倍もひどい悪逆非道な作戦が渦巻いているのだ。マグナス・リドルフの何が魅力的って、そのいかにして相手を回りくどく破滅させてやろうかとする、圧倒的底意地の悪さである。
ちなみに〈ジャック・ヴァンス・トレジャリー〉としてこの後『天界の眼──切れ者キューゲルの冒険』という連作短篇集と、『スペース・オペラ』という長篇が出るようだ。遅れてきた読者だが本書がおもしろかったので、こっちもすごく楽しみ。
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/06/25
- メディア: 雑誌
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