基本読書

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囚人だって本を読む──『プリズン・ブック・クラブ コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』

プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年

プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年

本書『プリズン・ブック・クラブ--コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』は、読書会を"男子刑務所で"一年間行ってきた著者のアン・ウォームズリーによる体験を綴った一冊になる。欧米では気軽に、さまざまな形で読書会が行われているせいか、読書会の体験記本は無数に出ているが、「刑務所」で行われているのは初めて読んだ。

「会」とついていると身構えてしまうかもしれないが、親子で課題本を決めて集まって語り合うのもいわば読書会だし、気の知れた友人たちと月に1回ぐらい集まって本について語り合うのも読書会だ。各地でそうした「ブッククラブ」がある状況が羨ましいなと思って僕も読書会を自分で運営していた時期がある(大学生の時だが)。

本は読むのは朗読などの場合を除けばどうしたってひとりだが、3人いれば3通りの読み方があり、「この作品がおもしろい/つまらないのはなぜなのか?」という単純な問いかけであったとしても突き詰めて話し合うことで読みの違いが明確になる。登場人物の行動は善か悪か? 自分だったらどうしているのか? と普段と違う、読書会でなければ話さないであろうテーマを語り合うのは楽しいものだ。

刑務所ならではの読書会

「刑務所」で行われる読書会が本書の特異性だとはいえ、刑務所の中にいる人間が本を読めないなんてことはないのだから、最初は普通の読書会とどこが違うんだと疑問を持っていた。しかし孤独で、逃避できる場所が少ない刑務所だからこそ、人が本を求める気持ちは外よりも強いのか、多くの人が"切実に"読んでいる。また、カナダの刑務所という場所柄か、人種や出身地が多様なので黒人と白人についてのテーマなど一触即発の空気になるのも刑務所ならではか(荒くれ者ばっかりだしね)。

収監され「自由を奪われたもの達」だからこその視点も生まれてくる。たとえば『ありふれた嵐』を題材にした会では、受刑者らが冤罪によって警察に追われる主人公に対して「まずは弁護士に相談すべきだったな」とか、「ムショにいたことのあるやつなら、殺人現場の凶器に触れちゃいけないことくらい誰でも知っている」といって先輩風吹かせながら刑務所あるあるネタを話していくのも独特でおもしろいところだ。

読書会は、小説やノンフィクションが課題図書として取り上げられ、自主的に集まった受刑者らがその本についてどう考えたかを語り合っていくオーソドックスなスタイルで進行する。本書では、「それがどんな本なのか」が提示されたあと、受刑者らの議論がまとめられていくので取り上げられている本を一切読んだことがなくとも安心だ。読み終えた時には読みたい本が増えていることだろう。

取り上げられている本も日本語に翻訳のあるメジャーな物が多いのも良い。記事末尾に本のリスト代わりに目次を載せておく。*1

まるで一緒に参加しているような

著者の手によってうまく議論の過程がすくい上げ、再構成されていくので、まるで自分が読書会に参加しているような感覚になるのも本書のおもしろさである。たとえば、『ニグロたちの名簿』という本を取り上げた会で奴隷制度へと話題がうつれば、「白人としての集団的責任を感じた」という人もいれば、「白人というだけでほかのやつらの責任を負わされたらたまらねえぜ」という人も現れる。

イスラーム教の女性抑圧を糾弾したヒルシ・アリの回想録『もう、服従しない』を課題図書にした読書会では次のような議題が持ち上がる。

 話し合いの時間が残り十五分になったとき、どんな読書会でも意見が百出しそうな質問をフィービーが投げかけた。ヒルシ・アリがイスラーム教に背を向けることになったのは、少女時代に読んだ西洋の小説に影響を受けたからではないだろうか、と。

こうした具体的な疑問にたいして、「著者にとって西洋の小説が重要な役割を果たしたとわかる描写が2ヶ所ある」といってページを挙げる参加者があらわれるかとおもえば、また別の参加者は「こんなことを言っている箇所もある」とその説を支持するか、「違うんじゃないかな?」と新説を提起するために新たなページを指定する。

そうした議論を続けていくうちに、「同じ学校にいたほかの少女たちは、なぜ彼女のような行動に出なかったのだろう?」と新たな疑問につながって──と、議論が議論をよび、多様な価値観が一同に介し話題が次々とつながっていく読書会ではよくある(これがまた楽しい)光景が、本書では生き生きと描かれていくのだ。

読書会にありがちな課題

読書会あるあるでおもしろいのはそうした「まるで一緒に参加しているような」生き生きとしたおもしろさだけではなく、マイナス側面の方も綿密に描かれていくところだ。たとえば課題本を渡され、持ってはいくものの会には現れない者、読み終えずに手ぶらで参加する者、他人に構わずひとりで喋り続ける者、宗教や人種などのセンシティブな話題になった時のコントロール方法、誰も本をおもしろいと思わなくていまいち盛り上がらない時などなど、読書会にはありがちな無数の課題に直面していく。

これについて著者やボランティアの人々は、受刑者のうちに特別な読書大使を数人任命することで、参加者へと読んでくるように促しをかけたり、参加者をそもそも絞ったりという案を無数に考えだしていく。課題図書は論点が多くなりそうな本の方が良いだろうか、など「課題本の選定」まで含めて描かれていくので、本書を読むと読書会がどのようなプロセスの積み重ねで成り立っているのかもよくわかるだろう。

おわりに

本書で読書会に参加した受刑者らメンバーたちの中には、その後読書の習慣ができたひともいれば釈放されたのちにまた同じように罪をおかして再収監されるようなひともいる。ま、読書会は人間矯正システムでもなんでもないのだからそれは当然だ。というわけで、読書会は何もかもを善い方向に変える魔法のシステムではないが──少なくとも「とってもおもしろいものだよ」というのを本書は十全に伝えている。

読了後はたぶん誰しも読書会を主催/参加してみたくなるだろう。日本でも近年は無数の読書会が開催しているから、地名+読書会で検索してみるか、いきなりそれはハードルが高いと思うのであればまずは友人や家族を誘って、カフェなんかに陣取って「身内」読書会をやってみるのもよいだろう。このブログの「読書会」タグをたどってもらえれば、レポも上げているので小規模な会の雰囲気はわかると思う。

*1:約束は守られた『スリー・カップス・オブ・ティー』 ,あなたは正常ですか?『月で暮らす少年』『夜中に犬に起こった奇妙な事件』 ,Nで始まる差別語『ニグロたちの名簿』 ,きれいな朝焼けは看守への警告『かくも長き旅』 ,夏に読んだ本 ,読書会という隠れ蓑『ガーンジー島の読書会』 ,グレアムとフランクの読書会『サラエボのチェリスト』 ,この環境に慣らされてしまったのさ『戦争』 ,虐待かネグレクトか『ガラスの城の子どもたち』 ,今日一日を生きなさい。『怒りの葡萄』 ,刑務所のクリスマス『賢者の贈り物』『警察と賛美歌』『賢者の旅』 ,三人の読書会『第三帝国の愛人』『天才! 成功する人々の法則』 ,島の暮らし『スモール・アイランド』 ,もうひとりの囚われびと『もう、服従しない』 ,傷を負った者『ポーラ──ドアを開けた女』 ,容疑者たち『ありふれた嵐』『6人の容疑者』 ,善は悪より伝染しやすい『ユダヤ人を救った動物園』 ,史実を再構成する『またの名をグレイス』 ,最後の読書会『またの名をグレイス』ふたたび ,巣立っていったメンバーたち